第30話 謁見

タカハシによって教祖は殺害され、皇帝直々の依頼は4人での達成という結末になった。ベルナールの活躍によって帝都は最小限の損害で抑えることができた。

ジンの容態もすっかり良くなり、タカハシについては星見の丘に建ててある小屋に帰ってしまい散り散りに。

近々、皇帝から依頼の報酬について招集があるとのことで、その際に再び顔を合わせることになっている。


樹がまだ起きてこない早朝、日の出を背景に何者かと連絡を取り合うジン。


「もうすぐ皇帝に会う。……あぁ、準備はできている」


神妙な面持ちで数秒、短い会話を行うと、彼はすぐに通信を切った。


そして教団が崩壊してから数日後。

帝国から例の件に関する報酬の受け渡しの通達が届いた。

フウカと合流した3人は、修繕工事が進む風帝城の中へ足を踏み入れる。


帝国兵達からは蛇蝎の如く蔑みの視線を浴びせられるが、皇帝からの命令であるから仕方がない。長い石畳の階段を登りきると、上にはタカハシが気怠そうな表情で柱にもたれかかってきた。


「久しぶり~。元気してた?」


「あぁ。アンタこそな。さっさと行こうぜ……結衣が待ってる」


彼らの目的は金銭ではない。

水族館で離れてしまったあの日から、樹はずっと結衣の心配をしてきた。

風帝祭で見た皇后の顔は、結衣に違いない。

高鳴る鼓動を落ち着かせ、ゆっくり深呼吸する。

一拍置いてから、樹を先頭にした4人は皇帝が待つ部屋へと向かった。


帝がいる広間に通されると、皇帝を中心に帝国軍の兵士たちがズラリと並ぶ。

警備は厳戒態勢だ。そこにはまだ結衣の姿はない。

風帝は大仰な椅子に足を組み、頬杖をつきながら舐めるように眺める。

樹らが入室し対面すると、風帝は1人の兵士に何かを持ってくるように命じた。


皇帝が目を逸らした一瞬の間に、ジンは通信機に向かって小声で吹き込む。


「京都だ。住所は左京区下鴨……」


消え入るような呟きに、誰にも気づかれない。

そして間もなくして皇帝に命じられた兵士が、車輪のついた台に紙幣の束を積み上げて運んできた。依頼の報酬であることはすぐに分かった。


「約束の金だよ。あの教団については以前から不穏な動きがあったからね。さて、これからも善行を積むことに研鑽してくれたまえ」


皇帝は艶のある金髪を指で触りながら、やや投げやりな態度で接する。

咎人と皇帝だ。金を渡してさようなら、という割り切った関係をお互い求めているのが普通だ。お互いに深く干渉し合う必要はない。


しかし皇帝の思惑とは外れ、彼らは金を受け取ろうとはしなかった。


「皇帝陛下、報酬のお金は要りません。その代わり、皇后さまと面会させていただけませんか?」


「貴様!そんな勝手な要求が通ると思っているのか!」


樹の命知らずな提案に、帝国兵たちは当然憤慨した。

さっさと摘まみだそうと動いた兵士を、皇帝は笑顔で引き留める。


「面白いじゃないか。何故、彼女に会いたいのか理由を聞かせてもらおうか」


「新御堂 結衣……俺の妹なんです。結衣が生きていることが分かれば、俺の冤罪も証明できる。この世界から脱出して、元の生活に戻りたいんです」


「へぇ……僕の妃を妹だと言い張るのかい?それなら会って確かめてみると良い」


風帝は椅子から動かないまま、今度は彼女を呼んで来いと指示を出す。

戸惑う帝国兵だったが、皇帝が催促するので慌てて皇后を呼びに走って消えた。

そしてすぐに、帝国兵から手厚く保護された女性が連れられてきた。

皇后という身分に相応しい、白を基調とした煌びやかなドレスに身を包む。

彼女は人形のように表情を崩さず、吸い寄せられるように皇帝の腕の中に収まった。


「カレン、あの男が君の兄だと言ってるんだけど、見覚えはあるかい?」

「……分かりません」


カレンと呼ばれた、結衣の顔をした彼女が樹を一瞥。

しかし結果は残酷で、樹の思っていたような答えは得られなかった。

無慈悲なひと言に樹は絶望し、皇帝は彼女の頭を優しく撫でる。

樹にとって、これほどの屈辱はなかった。


「覚えてないハズがない!結衣、俺だ!兄ちゃんがお前を助けに来たぞ!」


「……お引き取り願いましょうか。咎人風情が」


往生際の悪い樹に、段々と皇帝の顔色が曇り始める。

ただ、樹の目には映っていない。結衣に突き放されてた哀しみが彼の視野を蝕む。

望みが薄いことは承知の上で、タカハシも結衣の名前を呼び掛けてみた。


「結衣ちゃん、ウチのことも覚えてないかな?昔たくさん結衣ちゃんに助けてもらってね、それからずっとウチの中でヒーローなんだ」


「……分かりません」


「そっか!まぁそうだよね。でも、結衣ちゃんのお顔をまた見れてよかった」


やはり、皇后となってからの結衣は、『新御堂 結衣』としての記憶や人格が上書きされているような状態だった。

結衣の異変に納得はいかないが、これ以上皇帝の神経を逆撫でする訳にもいかない。


「……気は済んだならよかった。では咎人の皆さん、さっさと僕の前から姿を消してもらおうか。君たちを見ていると、偉く不愉快だ」


中性的で愛嬌のあるアニメキャラのような造形の整った顔だが、この時の皇帝のオーラは本物だった。強かだが、この国を統べる者の覇気と威厳を兼ねた、有無を言わさぬ怖さが混じっている。


半ば強制的に部屋を退去させられそうになり、樹らは大人しく従う他ない。



ただ、ジンはそうする気はなかった。



今まで黙っていた彼が初めて口を開き、突然爆弾のような発言を投下する。



「新御堂 結衣を拉致したのはお前だな。殺害に見せかけて罪を兄である樹に擦り付けた。そして憧れの彼女を皇后に迎え入れて電脳世界で皇帝ごっこか」



「……君は、知りすぎたようだね。おい、あの4人をこの部屋から出すんじゃない。やはり咎人など生かしておいても良いことなど在りはしない」



ジンの無礼な発言に部屋にいる全員が騒めき、皇帝の表情が冷徹なモノに変わった。

帝国兵たちは待ってましたと言わんばかりに樹らの周りを包囲し、それぞれ携帯していた武器を構えた。



「お、おいジン!皇帝の野郎が結衣を拉致した犯人だって!?」


「詳しい話は後だ。まずはこの窮地を切り抜けるぞ」


急転直下の展開に樹は未だ理解が及ばないが、ピンチであるのは間違いない。

そして皇帝は、椅子から動かないまま静かに命令を下す。


「全員殺せ」






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