期待していない誘いは時折苦しい

 帰宅するとタイミングを見計らったかのように私のスマホはぶるりと震える。

 早速小野川さんがなにか連絡してきたのかなと、心を踊らせながらスマホを操作する。別に他愛のない会話だって良い。小野川さんとスマホを通じて常に繋がっている。その事実が心を温かくするのだ。

私はスマホに目線を落とす。その嬉々とした感情は一瞬にして無に返し、そのままマイナスへと突き進む。

 一度スマホから目を離し、見て見ぬふりをする。嫌なものが見えてしまった。現実から目を背けたくなる。


 「なに期待してんだ、私」


 沈んだ気持ちに向き合いながら、ポツリと呟く。

 恐々としながらスマホを遠ざけつつ、目を細めて睨むようにまた確認してみた。

 うーん、ダメだ。メッセージを送ってきたのは何度確認したって瀬田さんである。小野川さんではない。

 望みが高かったせいで、下がり具合がとてつもないことになっている。このままの勢いでブロックしてしまおうかなと本気で考えるくらいには勢いが落ちる。地に落ちて、そのまま地中を突き進んでいるレベルだ。


 「なー」


 言葉にならない言葉を口にして、私はホイッとスマホをベッドに放り投げた。

 スマホはパポンという音を立てながら跳ねる。

 いや、うん、スマホに罪はないってわかってはいるんだけどね。こんなのただスマホに八つ当たりしてるだけ。それはわかってる。けど瀬田さんとこのスマホを通じて繋がってると思ったらなんか気持ち悪くなっちゃって……。生理的に無理ってこういうことを言うんだね。


 「はぁ……なんで連絡なんかしてきてるわけ」


 投げたスマホを回収しながら、文句を垂れる。

 誰に言うわけでもない。というか部屋は私一人なわけで、誰かが聞いてるのならばそれはそれで怖い。ただ文句を言ってないとやってらんないだけだ。

 好きな人からは連絡が来ず、嫌いな人からは連絡が来る。なんというか、この世界はそう甘くないんだなぁと痛感させられる。


 『家帰った?』


 改めてメッセージを確認する。

 うげ、疑問形じゃん。既読を付けて、スタンプを送り付け、それで終わり。とはいかない。しっかりと返信しないといけないやつだ。


 『話しかけてこないでもらえますか。気持ち悪いですし、うざいですし、だるいです。嫌いなので本当にやめてください』


 と、一度打ち込んでみるが、送信ボタンを押す勇気は出ない。このボタン一つを押してしまえば人生は大きく変わるんだろうなと思うけど、やっぱりできない。ボタン一つ押すことでさえ憚られてしまうのだ。己の臆病さを憎む。

 私は深々としたため息を吐きながら、バックスペースボタンを長押しして、入力した内容をすべて削除する。

 黒い小さな字列で埋まっていた送信欄は白く染まる。小さく息を吐く。画面は吐息で若干温まった。


 『はい』


 という当たり障りのないメッセージを送信する。

 勇気もなければ度胸もない。臆病な性格が小野川さんのおかげで少しくらい改善されたかなと思ったけど、それはただの幻想でしかない。


 『今度学校からは少し離れたところだけど、そこで大きな夏祭りがあるんだ。これなんだけどね』


 というメッセージとともに祭りのURLが送付される。

 自己嫌悪する時間すら与えてくれない。一瞬で返信が来てしまった。

 URLからページに飛ぶ。そこに書いてあるのは私が小野川さんに誘った祭りの名前だった。私は顔を顰める。手に力が入ってしまい、スマホのボタンを間違えて押してしまう。画面は暗くなり、不機嫌そうな私の顔が反射した。お世辞にも綺麗とは言えない自分の顔を見て私はさらに顔を顰めてしまう。


 『早速既読つけてくれてありがとう。で、これなんだけどね。一緒に行きたいなと思うんだけどどうかな』


 まさかとは思ってたが、そのまさかであった。

 夏祭りに誘われてしまった。行くわけないだろ。アホか。誰がお前なんかの誘いなんか乗るわけないんだよ。と心の中で叫ぶ。でも、直接文句をぶつけることはできない。私の弱さとでも言えば良いか。


 『すみません。その日は予定があるのでいけないです』


 文句は言えなくとも、突き放すこともできなくても、それっぽく断りを入れることくらいはできる。文字を入力し、送信ボタンを押す。

 ポンっと送信される。私だってやるときはやる。

 まぁほら嘘は言ってないし。本当に用事はある。小野川さんと一緒にお祭りへ行くという大事な用事だ。

 小野川さんと、瀬田さん。天秤をかけたら当然ながら小野川さんに軍配が上がる。当たり前だ。だって、私の彼女なわけだし。恋人と夏祭りへ行きたい。全カップルが願うことであろう。

 さっきからどこかで私のことを見てるんじゃないかと勘繰ってしまうほどに既読が付くのが早い。

 キョロキョロと周囲を見渡す。もちろん私の部屋にいるわけがない。とはいえ、なんだか気味悪くてカーテンを閉める。


 『僕の誘い断っちゃうんだね』


 暗くなった部屋でポンっとメッセージを受信する。


 『そんなに大事な用事なんだ。それじゃあ仕方がないね』


 またポンっとメッセージを受信した。間髪入れる隙すらない。コピペでもしてんじゃないかってくらい早い。


 『僕の誘いを断ったってクラスに広まっちゃっても良いほどに大事な用事なんだよね。それじゃあ仕方ないね』


 私がメッセージを返す隙を一切与えない。

 そして私にぐいぐいと圧をかけてくる。ぞわぞわと恐怖が押し寄せてくる。

 こんなの断れるわけがない。脅し方が卑怯だ。

 断ってしまったら小野川さんにまで迷惑をかけてしまう可能性がある。この人は卑怯で面倒だ。なにをしでかすかわからない。なんでもやってしまうだろうという恐ろしさもある。


 『わかりました。行きます』


 指を震わせながらメッセージを送信する。屈辱的だ。

 けど私は結局従ってしまう。

 そんな自分にも嫌気がさす。己の弱さに悲しくなる。


 『そっか。楽しみにしてるよ』


 ぶるりとスマホが震える。そのメッセージをちらりと見て、私は深々としたため息を吐く。

 さっきの高揚感はもう完全に消え去ってしまった。

 今、私の心の中にあるのは虚無感と不甲斐なさ、そして臆病な性格を変えたいという願望。

 そんな願望を抱いただけで変われるのならば、とっくに変わってるんだろうけどね。


 「はぁ……」


 針が刺さった風船のように、ため息が漏れ出てきてしまった。

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