昼休みに絡まれた

 昼休み。


 いつも通り、自分の席でお弁当を広げる。

 魅力的なからあげが私の食欲を掻き立てる。


 「平戸さん、どう? 一緒にご飯食べない?」

 「私もいるけど、許してね」


 ひょこっと小野川さんは目の前に現れ、背中からひょいっと鴨川さんも顔を出す。


 「ま、ダメって言われても居座っちゃうんだけどね」


 鴨川さんはそのままくすくす笑いながら私の元まで歩いてくる。


 「いや、その、えーっと」


 今更うじうじしてもしょうがないのはわかってるんだけど、少し抵抗があった。

 別に小野川さんや鴨川さんとお昼を一緒に過ごしたくないわけじゃない。

 二人のことは嫌いじゃないし。

 ただ純粋に気疲れしそうだなぁと思っただけ。

 気遣うなと言われてもやっぱり気遣うし、なによりも気にしちゃうし。

 こればかりは運命とでも言えば良いか。

 脳みそが勝手にそうするのだから、私にはもうどうしようもない。

 あっちこっちに意識を向けすぎた結果、今日はまともにお弁当食べられませんでした……みたいな展開も考えられる。


 「きょ、今日は大丈夫です。遠慮しておきます」


 ぺこりと頭を下げる。


 「あちゃー、それでもダメかー。半強制作戦失敗。パンでも買って来ようかな。先に購買行ってんよー」


 鴨川さんはくるりと回転すると、廊下へと歩き出す。


 「そう? 私の席に居るから来たくなったら来て頂戴。待っているわね」


 小野川さんは手をひらひらさせながら、鴨川さんを追いかける。

 正直無理矢理連れてかれちゃうかもとか想像してたから、すんなりと解放してくれて吃驚してる。

 安堵と同時にどことなく物足りなさのようなものも感じてしまう。

 もしかして私ってM気質なのかな、いいや、そんなことはない……はず。多分。

 胸の中に居座る不思議な感情に戸惑いながら、おかずを箸で突っつく。

 つかつかと足音が聞こえる。

 教室だから聞こえない方がおかしいんだけどね。そうわかってても気になる足音。

 それはどんどんと私の方に近付く。

 自意識過剰であり、気のせいなのだ。と、己の心に言い聞かせ、冷凍食品のコロッケを頬張る。

 ジャガイモの味が口に広がるのと同時に、足音はぴたりと止む。そして目の前にはズボンが見えた。

 嫌な予感と共につーっと目線を上げる。


 「やぁ」


 目の前に立ってたのはイケメンでありながらも、超が付くほど面倒な性格をしてる男だった。

 そんなつもりはなかったのだけど、体は正直だ。

 無意識に顔を顰めてしまう。

 人間の防衛本能もまだまだ侮れない。


 「なんですか」


 睨む。ぐぐぐと鋭い視線を浴びせる。

 それでも怯むことはない。

 けろっとしてる。慣れてるのか、鈍感すぎて気付いてないのか。

 前者であれ、後者であれなんとなく癪だ。

 できれば今すぐに私の目の前から消えて欲しい。

 比喩表現でもなんでもなく、本当に、言葉そのまま、目の前から消失してくれ。

 もっともそう願ったところで叶うわけがないってのが辛いね。


 「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ」


 そんなことを言いながら、机に手を置いてしゃがむ。手の甲に浮き出る紫色の血管も、毛穴すら見えないすべすべな肌も、健康的な日焼けした肌の色も。ぜんぶがぜんぶ私の中で嫌悪感になっていく。

 まず机を触られている。そのこと自体に拒否反応を示しそうになっているのだが。

 まぁ、それはもうしょうがないし、良いだろう。


 彼は目線の高さを合わせて、お弁当からからあげを摘まむとそのまま自らの口に持っていく。口の中にからあげは消え、喉元がこくんと動く。


 「あっ……私のからあげが……」

 「美味しかったよ」

 「か、か、返してください。楽しみにしてたんですけど」


 楽しみは最後に残しておきたい。楽しみを奪われた。からあげをいそいそと育ててたのに。子供を奪われたような気分だ。

 食べ物の恨みは一生モノだ。嫌いから、こいつマジ無理という評価に変貌した。


 「返しても良いけど……」

 「良いけどなんですか。さっさと教えてください」

 「まぁそう慌てないで。僕は逃げないから」

 「そうかもしれないですけど。からあげは逃げるんですよ」

 「ハハハ、君は本当に面白いことを言うね。気に入ったよ」


 なぜか気に入られてしまった。最悪だ。


 「でも、残念だね。からあげを返すには僕の胃袋から取り出さないと。それで良ければ返してあげるよ」

 「あ、じゃあ大丈夫です。その代わりに黙っててもらえますか」

 「おー、手厳しいね」

 「うるさいです。瀬田さん」


 名指しで拒否すると、彼は額に手を当てて、困ったように苦笑した。

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