苦痛と孤独を選び取りながら

紫鳥コウ

 プロの作家になるためには、孤独にならなければならない。もし、小説の執筆をしているときに、遊びの誘いが来たら断らなければならない、というだけではなく、遊びに誘ってくるひとが、自分の「使命」に対してなんのメリットもないのだとしたら、関係を切るという選択をためらってはならない。


 わたしの親友の鹿野唯しかのゆいが教えてくれたのは、そういうことだった。


 翻訳を生業として、誰よりも多くの言語を習得し、自由自在に翻訳を成しうるようになりたいという向上心を持つ彼女は、自分の仕事のためなら、わたしとの関係性だって切断することだろう。それくらいの覚悟を持って生きている。


 交遊から発生する人脈に意味はない。いい仕事をしていれば依頼は勝手にやってくる。そうさらりと言っていたのも覚えている。


 今日もわたしは、鹿野との作業通話のなかでをされていた。


「投稿サイトに小説を載せてばかりいて、プロになれると思うのなら、その認識はズレてるよ。出版社の文学賞に応募するのが一番でしょ。そこで賞を取れば、ほぼ確実にデビューできるのだから。夢を叶えるために、最も適した努力を選び取らないと、結局は夢見るだけで終わるわよ。だから、来月締め切りの△△文学賞には、絶対応募すること」


 これは、わたしには正論に思える。しかし、投稿サイトに小説を掲載したり、イベントで同人誌を頒布はんぷしたりするのには、ちゃんと理由があるし、無駄なこととは思えない。だが、もしプロを目指すのならば、鹿野の言う通り、努力の比重を文学賞への応募へと乗せるべきなのかもしれない。


 鹿野は仕事の関係上、内容を伏せて作業をしていて、わたしは今度のイベントに持っていく新刊の内容のチェックをしていた。あのを聞いたあとだと、少なからず後ろめたさのようなものを感じてしまうけれど、これも大事な作業なのだと自分に言い聞かせる。


   ――――――


・毎日3,000字以上執筆

・1時間以上の読書

・宣伝のときにしか「SNS」を開かない

・宣伝をしたらすぐにログアウト


   ――――――


 わたしの作業机の前の壁には、このようなことが書かれた紙が、マスキングテープで貼ってある。インプットがあってのアウトプットだ。そして、「SNS」に気を取られたり、交遊関係を維持するための「読み合い」をしたりするのは、執筆や読書の時間を削っており、人生をムダにするに等しい。


 そんな、鹿野に言われたことを、マジックで箇条書きにしただけなのだが、その辛辣しんらつなアドバイスは、わたしには的を射ているように思えてならない。


 しかし、鹿野の考えにただ追従するのは違うような気もする。もちろん、アドバイス通り、すべてを実行することに決めたのではあるが、いままで知り合った「物書き」の何人かの方の小説は、好きだから読んでいるし、感想を書き込むこともある。


 だけれど、あの「読み合い」のようなことからは距離を取っているし、「自分の小説も読んでください」みたいな返信は、ことごとく無視している。


 その結果、「知り合い」の読者は、ごっそりいなくなった。それでも、ほんの数人の「知り合い」の方はいまだに自作を読んでくれている。きっとこの人たちは、真剣にわたしの小説と向き合ってくれているのだと思う。大感謝である。


 わたしは、その人たちのことは信用しているし、もちろん、わたしの小説を読み続けてくれているすべての人たちのためにも、責任をもって執筆をしている。どれだけ忙しくても、連載を途切れさせたり日程をずらしたりすることはしないと決めている。


「そうだ。昨日、例の掌篇を読んだけれど、あんまりおもしろくなかったし、無理やり物語を畳んでいて窮屈に見えた。あの物語の筋を書くなら、原稿用紙三十枚くらいの長さじゃないと無理でしょ。あーしは、この前の歴史ものの方が良いと思った。ご無沙汰しているけど、そろそろ歴史ものを書いたらどうなの。このまえ話してた、マリー・アントワネットのやつとか、ちゃんと形にできれば、それなりにおもしろそうだけど」


 こうした遠慮のない批評もまた、鹿野の持ち味であり魅力のひとつだと思う。いままでいくつかの批判的な評価をもらってきたが、リスペクトと責任意識を同時に感じさせてのは、鹿野のものだけだ。


「ボツにした原稿はたくさんあるよ。うまく形にならなくて」

「形にならないんじゃなくて、形にしようとしてないというのが正しそう」

「そうなのかなあ」

「洋ちゃんは、自分では努力しているつもりだろうけど、プロになるために要求されている努力は、そんなものじゃないと思うよ。もっと自分を追い込みなさい」


 生半可な気持ちでやっているという指摘は、当たっているように思える。苦労している箇所――読者の方を引き付けるような入り方というのは、うんと悩めば良いが見つかるのではないか。


「ところで、明日の午後も作業通話できる? 知り合いに募集をかけたんだけど、だれも引っかからなくて」

「ちょっと待って。一応確認する」


 リマインダーを開いてみると、明日はK市へ行く予定が入っていた。そのことを告げると鹿野は、「取材なら仕方ないか」とため息交じりに言った。


 取材――そう、いま執筆中の小説のを書く上で、分からない部分があるので、実際に足を運んでみて、その様子を確認したいのである。

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