ソーセージ入りのコールズッペ #1

カッポカッポ。カッポカッポ。

行商に生きる人間は馬の足音を友とする。


「か、買ってしまった……」


行商を生業とするドミニクは、己が少し分を超えた贅沢をしてしまったのではないかと震えた声で呟いた。

ダンジョン都市「ペアリス」を発ってから直ぐのことだった。

今更ながら買い込んだ保存食について振り返り、なんとなくいけないことをしてしまった背徳感が今になって背筋から登ってきたのだ。


ドミニクはいつかどこかの街で市民権を買い、店を構えることを夢見る行商人だ。

父から受け継いだ荷馬車に荷物を詰め込み、各地を巡り、取引の差益でまた次の荷物を買う。

交易商人と呼ばれる仕事であり、「ペアリス」は魔獣素材などが多く仕入れられるから重要な交易点だった。


数日程度滞在し、商品の大半を売り捌けたから改めて仕入れを行ったのだがーーその際に補充した保存食が問題だった。


空を見上げる。朝、明るくなりはじめた頃合いを見計らって出立したから青い空と点在する雲が見える。


「大したことではないのだが、やはりちょっと贅沢だったなあ……」


これでも自前の馬車を持つ商人だ。時にちょっとした災難で大損をすることもあるが、それなりに稼ぎ、順調に資金も貯めていっている。

このまま10年か20年やそこらか。稼ぎ続ければそれなりの店をどこかで構えることだって夢ではないだろう。

だが、そんなドミニクだからこそ、高級品・・・についてウンウンと唸ってしまう。


元値からして大した額ではないのだ。だがしかし、それは普通に買うものよりも1.5倍ぐらいの値段だった。

だが1.5倍だ。つまりそれは、4つ買うお金で、普通の品が6つ買えることを意味する。

そして保存食である以上、ある程度まとまった個数で買い求める。

そうすると商品の仕入れ価格ほどではないにせよ、まあ、少し考えてしまうものはある。


だが、それでもつい買ってしまったほどにはその高級品は魅力的だったのだ。


「極上のソーセージねえ……」


後ろの荷馬車を振り返る。

あの都市には大手の商会が幾つも並ぶ通りが存在する。

その一つに商品を売りに行ったときのことだった。


※ ※ ※


「いつも有難うございます。ドミニクさん」

「いやいや、半年に一度訪れるだけの行商を覚えてくださっている。こちらこそ有り難い話です」


自分よりも随分と若い男に、愛想笑い。

自分の身の上を恨んだことなどないが、誰にでも薄い笑顔を浮かべねばならないこの商売に気疲れすることがあるのも事実だった。

ただまあ、大店というだけあってお得意様だ。品質や値段にこそそれなりにうるさいが、それでも纏めて大半の商品を買い上げてくれるのだから、有り難いものであった。

商売の規模を考えれば自分相手に旦那――ここの旦那はマルク殿というのだったか――が出てくることは滅多にない。


目の前の男のような相手が窓口になるのは当然のことで、ドミニクとしてもそれを悪く思っているわけではなかった。

それに、こういう形であったとしてもこういう大店と繋ぎを持っておくことは決して悪いことではないのだ。


だからその問いに対しても、何か理由があってのことだろうと疑いはなかった。


「そういえばドミニクさん、保存食の備蓄は足りていますか?」

「いや、幾分か不足しているので補充しようかと思っています」


頭の中で荷馬車の中身を思い浮かべた。これで大半の商品は売り払ったが、食べ物については大分減っており、幾つかの干し肉と乾パンがあるぐらい。

細々と食べて3~5日程度もつかどうか、といった程度だったはずだ。やや心もとない。


はて、この問いの理由はなんだろうか。探りを入れてみるか。


「食品保存できる魔導具とやらが評判とか聞きましたな。一度見に行きましたよ」

「高かったでしょう?」

「ですな。ちょっとばかり手を出すのには躊躇する値段でした」


ですよね。男の苦笑いに、ドミニクもまた笑みを浮かべた。

買えなくはないが、評判一つで手を出すには少し躊躇する値段であった。

もう少し詳しい情報があるか、或いは資金に余裕があって、その魔導具を活かした商売で利益を生み出す算段が立てられていれば別だったが。

現状で、保存食を保たせる意図で持つには過ぎた買い物である、というのは違いなかった。


「なので、その話ではありません。ただまあ、そういうこともあってかこの街では食品についての関心が高まってましてね。ある料理屋の噂があちこちで聞こえてきたり」

「そういえば、そのようなものも耳にしましたな」


残念ながら食べる機会はなさそうだが、とドミニクは心中でごちた。

近くの街で商談の約束をしていたし、ギルドの方に出していた護衛依頼も受理されて日取りがあっさりと決まったのだ。

これから仕入れに駆け回ることも考えると、時間的な余裕はあまりない。

話の種に一度ぐらいは行ってみたいとも思うが、その気力が果たしてどこかで捻出できるか、怪しいものだった。


知人に案内されるとかでもない限り、知らぬ店を開拓するというのは心理的なハードルが少しあるものだ。


「そこでですが、うちから幾つか保存食を買いませんか?つい最近、その料理屋と共同開発した良いものがあるんですよ――」


※ ※ ※


うまく売り込まれてしまった、とも言えるのかもしれないが。

そのセールストークに惹かれるものがあったのも事実。


「このソーセージは特別製で、ちょっと高いですが味は抜群です。炙っても旨いですし、汁物に入れても良い味が出ます。何よりこういうちょっと美味しい食品を手に持っていると、何かと便利ですよ。護衛に振る舞って印象を良くする事もできますし、関所で賄賂代わりにすることも出来るでしょう。商人仲間の間で話の種にして頂くことも可能です」


言わんとすることはわかる。変わった食品、美味しいものというのは万人に共通する欲望を刺激するものだ。

一種のコミュニケーションツールとして有効に機能することはドミニクにもよく理解できる。


「いい材料を使っている分、ちょっと値は張るんですがね。いい取引をさせていただきましたし、如何です?これぐらいのお値段でまとめて買ってみるというのは?」


若くても流石は大店に勤める商人といったところ。

ここまで押されてはドミニクも興味を惹かれて買う以外の選択肢はなかった。


一応意地として、提示されたまま飲み込むことはせず、他の商品も一緒に仕入れさせてもらったが――とはいえ、あちらとしても随分潤った取引だったであろう。


(まあ折角買ったのだ。どう扱うにせよ、味を知らねばどうにもなるまい。そうだな、今日の休憩がてら、お湯を張ってスープにしてみるか……)


火起こしは手間だが、温かいものを食べるとホッとする。

出立してはじめての食事ぐらいはそれぐらいの手間をかけるべきだろう。

同道している護衛の冒険者ともうまくやりたいし、このあたりの塩梅はドミニクも手慣れたものだった。


無論、火をつけられる魔法使いが雇えることもあるが。

そんな幸運はそれほどない。それに、魔法使いが入った一党パーティを雇うのは若干値がはる。

今回も当然、そういうことはないから火起こしから食事の準備まで、互いに助け合うことになるだろう。


「そういう意味でもこの上等なソーセージが良い潤滑油になれば良いのだが――。はてさて、どんなものやら」


これで粗悪な品物であったとかは勘弁願いたいが――きちんとした店の商品だ。

そういうことはそうあるまい。


馬を進めながら、ドミニクは次の街までの道程について考え始めたのだった。

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