イノーマスグリズリーの赤ワイン煮込み #2

「やわらかっ!? え、あれがこんなにホロホロとした肉になるの?」

「臭みも抑えられてるねえ。獣肉ってもんは大分臭いもんだが、寧ろいい味に感じられる」

「ほんっと。時間をかけるって大事なのね」


皿に盛り付けられた煮込み肉をそれぞれ口にし、舌鼓を打つ。

口に入れるとトロトロで、噛み切れば少しの抵抗としっとりとした舌触り。

肉の味もしっかり濃厚でありながら、それに負けない奥深い味付けがなされている。

ジビエらしい野趣溢れる風味もしっかりと感じられ、なんとも贅沢な一品だった。


これの為に3日かけるセリーヌの情熱もわかる気がする。

これは、時間という魔法が料理人の腕によってかけられている。

イザベルはそう思えてならなかった。


「ただ時間をかければいいってものでもないんですよ」


セリーヌは胸をはって言った。


「そうなの?」

「考えてみてください。家でスープを作るときのこと。この辺だと何日も煮込んだスープを食べるのは普通ですよね?」

「まあ、そうね」


イザベルは頷いた。


「その時具はどうなっていますか?」

「そりゃ徐々に溶けて……ってあれ?」

「そう、長時間煮込みすぎれば、どんな具材も溶けていきます。そうでなくても煮崩れもしますし、アクも多く出てきます。いや、アクを取り除くかどうかは場合によるんですが」

「なるほど……?」


セリーヌは苦笑いしながら続けた。


「まぁ、詳しい話は置いておいて。時間のかけ方があって、ただ煮込めばいいってものじゃないんです。特にその肉は下処理の段階で長時間赤ワインに漬け込んだというのもありますし、煮込んだ時間自体は数時間。手間を厭わず丁寧に、だけど必要なだけ時間をかけることが大事なんです」

「なるほどねえ……」


聖女様が面白げに口元を歪めた。何か面白く感じる要素があったのだろうか。

イザベルとしては、流石のこだわりね、というぐらいの感想だったのだが。


「イザベルさん様々です。魔導コンロがなければこんなことは出来ないでしょう。それに、幾つか調理器具まで作ってもらってますしね」

「職業柄、器具を形にするための鍛冶師とか彫金師には繋がりがあるからね。私はその繋ぎをしているだけ」

「だとしてもです。感謝しています」


ぺこり。

セリーヌの礼に、イザベルは頬をかいた。


「なるほどねえ。評判の料理店、その裏側って感じだ」


くつくつとパウリーネが笑う。

照れくさいが、自分の仕事を認められて悪い気はしない。

マルガレータが熊肉をコクンと飲み込んだ後、思い出したかのように声をあげた。


「それで、魔導具のことなんだけど」

「あぁ、吸熱箱について色々と聞いておきたいってことでしたね。イザベルさん良いですか?」

「えぇ、もちろん」


協力してもらえるなら助かるし。


※ ※ ※


「なるほどねえ……中のものを冷たくしたり凍らせる魔導具、か。わたしはあんまり詳しくないんだけれど、食べ物の保存期間ってそれでそこまで長くなる物なの?」

「私もあんまり気にしたことはなかったんだが、言われてみればって感じさね。この辺りじゃ氷が取れる街なんかで、氷室を使って食べ物を保存する文化があるだろう?経験則としては知られてるが、それをこうして魔導具として利用しようって発想はなかったね」

「実験は何度かやってみたわ。セリーヌがどうして確信めいてそんなことを言っていたかは分からないけれど、確かに凍らせた食べ物は何日かたって解凍しても腐っている感じはしなかったし、冷たく保存したやつも普通より、明らかに腐敗の速度が遅くなってた」

「へぇ……興味深いわね」


話は弾んでいた。

イザベルとしても短くない時間取り組んできた魔導具の一つであり、未だに興味深い研究対象であるし、こうして興味深く聞いてくれるというのは面白い。

自分の試行錯誤と成果を認められた気もするし、セリーヌの発想を形にできたことを誇らしくも思える。


「わたしは食べ物の腐敗も加護で何とかできちゃうからなあ……」

「法力ってそんなことも出来るんですか?」

「んー、人によるかも?」

「イザベル、この娘のいうことは当てにしちゃいけないよ。規格外なんだから。普通ね、日をまたいだり数時間以上続く加護なんて簡単に使えるものじゃないんだから」

「……流石は聖女様ってことですね」


呆れたものだ。

だけれど、それなら何故この人はこの店の魔導具に興味を示し、吸熱箱の話も熱心に聞きたがるのだろうか?


「話を戻して……。セリーヌは吸熱箱をもっと改良したいと思っているのね?」

「えぇ、そうですね。正確には、動機の半分です。お持ち帰りの料理とかが日持ちしないのが申し訳ないな、っていうのと。常連の冒険者や旅人の方がこの街を離れる、ってなった時に少しでもお土産をもたせられないかなって」

「なるほど」


イザベルもそれは聞いているし、理解できる動機だった。

最近はこの店も繁盛してきているし、お土産の需要も高まっている。

だが、それでも料理、食べ物を扱っている都合上、その日のうちに食べないといけないものが多く、やや頼みづらい面があるのも確かだった。

それに、恐らくセリーヌが言う冒険者はニコラやルイーズのことだろう。

あの2人は随分とここに通いこんでいたし、店のことにも大分熱心に協力していたものだから……。


けど、半分?


「半分って言ったわよね。もう半分は?」

「あー、パトロンというか……オーナーというか、要望を受けていて」


セリーヌが言いにくそうに目をそらしながら、そう言った。

けどオーナーって父親じゃ……あ、でもちょっと前に変わったんだっけ……?

あ。


「あー……なるほど。このお二人にも言っても良いの?」


自分は納得したが、それを伝えて良いものか悩み、そんな風に言う他なかった。

セリーヌもまた、ちょっと迷ったようにして頷いた。


「最近随分と通ってくださってますし、多分シンボルを刻んでくれている以上、別に知られることに不都合はないはずなんです。何となく言いづらさがありますけど」

「あー、なるほど。気づく人は気づくものね」

「あぁ、そのこと」


そんなやり取りで察したのだろう、パウリーネやマルガレータも納得したように頷いた。

だがまぁ、口にしたほうが良いということだろう、セリーヌはおずおずと切り出した。


「当店のオーナー、アンヌ=マリー・デュシェフィーヌ王女から、魔導具の改良と開発については要望を貰ってまして……はい」

「「「なるほどねえ……」」」


なんというか。3人して、ただそう相槌を打つしか出来なかった。

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