リザードマンとサボテンステーキ #2
ラデクが初めてその店を訪れてから5日後。
約束していたサボテン料理を食べに行く日がやってきた。
「たのもう」
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
給仕の少年が今回は動じずに綺麗な一礼を見せた。
「覚えていてくれたのは有り難い」
「忘れるはずがありませんよ」
「それもそうか」
かか、とラデクは笑った。
こういう時はこの風体が役に立つ、というべきだろうか。
席に座り、店を眺めるとなるほど、繁盛しているのが伺えた。
初めて来たときには少しばかり緊張していた面もあり、よく見えていなかったものもあったが。
内装も整えられているし、これから食べる料理に期待をもたせる雰囲気があることに気がつく余裕が出来ていた。
(……あの時はどうにか要望を聞いてもらえぬか、そも自分が店に受け入れられるか、など考えてしまっていたからな)
「それで、待っていれば良いのかな」
「はい。店主が腕によりをかけると言っていましたから、ご期待ください」
「忝ない」
同じ待つという行為でも、自分の希望が聞き入れてもらえるかどうか待つ時間と、自分の期待するものを待ち遠しく思う時間ではこれほどまでに心持ちが異なる。
ソワソワと逸る気持ちは変わらないが、その時間を楽しめるか、或いはもどかしく思うか。
良い想像を膨らませられるか、悪い想像をしてしまうか。
全く違うものだ、と水を飲みながらラデクはどこか感慨深く思った。
無理もない。無論、ラデクは好んで旅をしている。
リザードマンという種族はあまり外に出ないが、自分のように好奇心が強い個体は外に飛び出し、そしてやがて得た知見を故郷に持ち帰る。
他種族との交流自体があまり活発でない故に、こうして旅をしていれば奇異の目を向けられることも多いが。
だからこそ、自分の旅も何れ故郷で価値を持つことを知っている。
自分がまた、そうして帰ってきた旅人の話に憧れて外に出た身だったからだ。
(だがそれと故郷を懐かしむ感情はまた別の話)
外に出て実感を伴って知ることが出来たが、故郷たるウツクム砂漠は恵まれた環境というわけでもない。
リザードマンが種族的に頑強であるから苦でないだけで、他種族には暮らしづらい面もあるだろう。
だが、自分たちにとっては紛れもなく心の拠り所であり故郷なのだ。
時には懐かしみたいと、慣れ親しんだ食事を食べたいと思うことは自然な心の動きではなかろうか。
だからこそ、ラデクはこの店の対応に感謝している。
わざわざ時間を置いてまで要望に応えようというその誠実さに、敬意を払っている。
「お待たせいたしました。サボテンのピクルスとたまご炒めです。まずは前菜とのことです」
「おお」
運ばれてきたのはさいの目状に切られて小鉢に入れられたサボテン、そして平皿に載せられ、卵ともに炒められた料理だった。
ラデクは思わず尻尾を振りそうになったが踏みとどまる。
座っている椅子を壊してしまっては申し訳ないというものだ。
「良くサボテンの切り方を知っていましたな?」
形状にもよるが、繊維質であるためその繊維が残るような切り方は避ける。
恐らくこれは平たい形状のものを使っているのだろうが、故郷でも見た切り方で思わず口に出てしまった。
「実のところ、僕も知らなかったんですが、店主が知っていて……」
「ほう。この辺では食べないと聞いていたのだが」
「当店の料理人のレパートリーは広いですから。……正直、その知識と発想の源は僕にもわからないところがあるぐらいです」
「ふうむ。食べ終えたら店主と少し話すことは出来るかね? 無論、店が落ち着くまで待とう」
少し、興味が湧いてきた。
もしやと思うが他にも知ることや、話せることがあるやもしれない。
そう思ったラデクは、待望の料理に手を付ける前にそのようなことを申し出ていた。
「問題ないかと思います。一応、店主にはお伝えしておきますね」
「うむ、お願いする」
では、と下がっていく給仕の少年の背中を見やりつつ。
ラデクはさてと、料理と向かい合った。
「まずはシンプルなこちらから……」
サボテンのピクルス。故郷でも良く作り、長期保存出来る食品として重宝したものだった。
とはいえ、日にちもそう経っていないし浅く浸かった程度であろう。そう考えて口にする。
すると、口の中に懐かしい香りと食感が広がった。
「おぉお……」
これだ。この青臭さと粘り気だ。
短い期間で浸けられたものであるが、その分さっぱりとした味わい。しかしかといって全く味気ないわけではない。
それにピクルス液も良く出来ている。
ピクルス液の酸味とサボテン自体が本来持つ酸味が溶け出してか、絶妙な酸っぱさが口の中で広がっていく。
これは食が思わず進むような出来だ。
生で食べるよりも食べやすく、軽い塩気で楽しめる。
最初の一品としてはシンプルでありながらも、素晴らしい品と言える。
ただの葉物野菜ではでない風味。この切り方でもほんの少し感じられる粘り気。
口の中に広がるそれらが、酷く懐かしく涙が出るほどに美味しく感じられた。
大事に、大事に一口ずつ食べる。
瑞々しく、噛めばシャクとした歯触りの後に少しだけねばりが残る。
(……子供の頃は、それほど美味いと思ったものではなかったが)
他の料理を好んでいた気もする。
それでもサボテンは調理方法が豊富で、身体を元気にしてくれるからと良く食べさせられていた。
それを思い出すと、今この場だけはかつての食卓に戻れたような錯覚さえ覚える。
故郷に居る知人や家族たちは元気にしているだろうか。
……手紙の一つか、伝言でも送りたいものだが。ここの取引先という商会であれば請け負ってくれるだろうか?
「あとはたまご炒めだったか」
黄色い卵と青緑色のサボテン、それにベーコンが彩りよく盛られている。
こちらのサボテンは炒め物に適するようにだろう、細長くスライスされている。
さいの目よりも大きく、これもまた美味しそうに思われた。
「さてさて……ううむ」
唸るほかなかった。
炒められた卵とサボテン、それらを同時に口に入れてみればふわふわとした卵の食感としなっとしつつもサクサクとした食感の後にねばってくるサボテンが対照的で面白い。
味付けも絶妙で、サボテンのサッパリとした味わいが卵の中からジュワッと溢れる旨味の塊のような汁が良く引き立てている。
「ベーコンは……おお、これもまた」
ベーコンと一緒に口にすれば油っぽさをサボテンが軽減してくれて、これまた良い塩梅だった。
塩気が適度なものに感じられ、肉の旨みと野菜としてのあっさりとした風味が絶妙にマッチする。
生で食べるのよりも少ししんなりとしつつも残る食感と、加熱されることで青臭さが軽減され、酸味のある味。
それが旨みのある卵で包まれており、そのサッパリとした味わいがベーコンの油っぽさを程よく抑え、それぞれが調和した味わいになるように仕立てられていた。
これもまた故郷でよく食べた定番の料理だが、完成度が非常に高い。
驚くべきものだった。
「素晴らしいな……」
自分としては、ここまでのものは期待していなかった。いや、期待するのも悪いと思っていた。
何せ普段このあたりで食べられない料理のリクエストというだけでも無理を通しているのだ。
それにトゲも気にならない。適切に、丁寧な下処理をしている結果だった。
思い出に浸り懐かしむ、それだけでも望外の幸運だと思っていた。
それがこうも、懐かしさを
この店の心配りに感謝するほかない。
次の料理に期待を寄せてしまうのも、無理のないことだったといえよう。
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