じんわり味わう洋風おでん #1

冒険者ニコラの率いる一党パーティがその料理屋を贔屓にするようになったのは、ちょっとした偶然からだった。

『食べられるもの探し』なんていう不思議な依頼がギルドに持ち込まれ、それを好奇心から受けたことから始まる。

このダンジョン都市ペアリスでは魔物食は割りと一般的で、それだけじゃなくダンジョンから得られる産物は意外と食用のものも多い。

そのため、既に知られた食材も多いのだが、それ故にわざわざ『食べられそうなものならなんでも持ってきてほしいです』なんて依頼は逆に珍しいものだった。


その依頼を受け、その依頼者が若い料理人であることに驚き、その料理に魅了されてから早数ヶ月。

ニコラたちは定期的にその店に食材を卸すようになり、物珍しいものがあれば真っ先に見せに行くようになったのだ。


「おーい、今日も来たぞ」

「あ、ニコラさんにルイーズさん。いらっしゃいませ」


折り目正しい、商会仕込みの挨拶がニコラたちを出迎える。


「よ。ダニエル。調子はどうだ」

「悪くないですね。店の方は繁盛してますよ」

「それは上々だ」


ニコラは陽が沈みかける時間にやってくる。

夜更けてからだと折角の食材が使えなくなるということで、昼の営業と夜の営業の間の時間。

セリーヌ曰く仕込み時間の間に来るようにしているのだった。


ダンジョンから帰るにはやや早めの時間ではあるが、逆にそれが丁度いいメリハリになっている。


「お待ちしていましたよ。ニコラさんたちが持ってきてくださる食材は夜営業には欠かせませんからね」


パタパタと店主のセリーヌもやってきた。


「いつも通りこの籠にまとめている。見てくれ」

「はい。確認させていただきますね」


ニコラは背負っていた籠を下ろし、指さした。

セリーヌは中身を一つ一つ丁寧に確認していく。

それを横目に眺め、ダニエルが愛想よく話題を切り出した。


「そういえば今日のダンジョンアタックはどうでしたか?」

グレートダンジョンの浅層から中層の間さ。比較的安全度が高くて、新人共の経験も積める。暫くはここに卸す食材集めも兼ねてルーティンにしようと思ってな」

「なるほど」


ダンジョン都市ペアリスには幾つかダンジョンが点在する街だが、その中でもこの都市がダンジョンで栄える切っ掛けとなった巨大ダンジョンが存在する。

――通称:グレートダンジョン。


都市の中心部地下に広がるそのダンジョンは1つ1つの階層が非常に広大で、且つ多種多様な発掘品が発見されている。

この地の開発を行うため派遣された開拓団がこのダンジョンを発見し、以降冒険者たちの聖地となった。


「この人ったら張り切っちゃって。『たくさん食材を集めたらその分ボーナスがあるぞ!』ってね」

「おいルイーズ」


仲間で付き添ってくれたルイーズに肘で突かれ、苦笑する。

新人の面倒を見る件は組合ギルドから押し付けられたものだが、そのついでに食料集めというのは我ながら良案だと思ったものだ。

手に入れた素材で明らかに食用に適さないものは組合に卸せばいいし、食用のものはここに持ち込んで買ってもらえば良い。

そして手に入った臨時収入から新人たちにボーナスを支払うことで、彼らの支援にも繋がる。

期待できるだけの成長を見せてくれたなら、ここへのルートを紹介してやっても良い。


自分たちも今はこの都市を拠点としているが、元々が旅から旅の身空だ。良いダンジョンが見つかったならそちらに行くことだって充分に考えられる。


「――はい、有難うございます。確認できました! これならペアリス銀貨10枚お支払いします」

「助かる。いや、ホントついでに採ってきたものでこれだけ貰えるのは美味しいんだ」

「こちらこそ助かっていますよ。持ちつ持たれつってことで」


受け取った銀貨に思わずニンマリとする。セリーヌの方も籠の中を見てニコニコしているし、良い食材があったのだろう。

ニコラたちの常宿は銀貨1枚もあれば泊まれる。新人たちは言わずもがなで、これだけあれば夜に酒を一杯つけてもお釣りが来るはずだ。

ルイーズにまた肘で突かれる。考えたことがバレたらしい。

幼馴染というのは厄介だな。


「あ、これとこれは毒があるのでお返ししますね」

「おっと、今度からは気をつける」


渡されたキノコと植物は持ち帰る。後ほど一党の皆に共有する必要があるだろう。

折角の美味しい仕事に傷をつけるのは勿体ない。

それにしても、いつもそうだが彼女は食用かそうでないかを的確に見極めている。知識が深いのか、何か祝福ギフトでも持っているのか。

深く詮索するつもりはないが、少し不思議だった。


「今日は残念ながら大型の獣型魔物に恵まれなくてな、肉類はラビットとネズミがメインになってしまったが大丈夫だろうか」

「いえいえ、あれば儲けものというものですし。以前お願いしたとおりに下処理していただいているのでとても有り難いです」

「ここ以外じゃやらないやり方で新人たちは戸惑ってたがな」


肩を竦める。出来るだけ血を抜いてほしい、なんて注文は受けたことがない。

だが、ここの店主の料理の腕は確かだ。そのために必要な工程なら喜んで応じよう。

なにせ、自分たちもここでご馳走になることが多いのだから。


「出来ればモツ抜きも当たり前になって欲しいけど、流石にね……」

「? なにか?」

「いえ、何でもないです」


小声で何やら呟いたようだが、それも一瞬。パッとセリーヌは手を叩いた。


「そういえば今日はここで食べようと思うんだが、夜大丈夫かな?」

「はい、問題ないですよ。お待ちしておりますね!……ちょうどよかった」

「ちょうどよかった?」

「今日から洋風おでんを始めるので!冒険者の皆さんの感想も是非聞きたいんです!」


洋風おでん?

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