忠直は慷き慨る 終幕

「……どこだ、ここ?」


 見知らぬ天井を眺めながら目を覚ましたルーザー。


 被せられた布団をガバっとはねのけ上体を起こした彼は、キョロキョロと辺りを見渡しつつ今の状況を確かめる。


 いつの間に俺はこんなベッドの上に?

 そもそもここはどこなんだ? と。


「ここは医局ですよ。ルーザー君」


 そんな状況をいまいち掴めていないルーザーに現状を教えてくれたのは、物音に気付いて近付いてきた白衣の女性だった。


「医局って……医者ってことか?」

「ええ。大怪我して倒れていたあなたをここへ運んできた訳ですが……どこまで覚えていますか?」

「どこまでって……えっと……課外授業に行っただろう? それから…………あれ?」

「そこからですか……あなたはグリテステラ大樹海の奥地で倒れていたんですよ?」


 ルーザーの記憶の整理の手伝いをと思い質問するも、思いの外覚えていなかったルーザーに少し呆れつつ、優しく事情を話し始めた白衣の女性。


「グリ……樹海? ……って、あぁ! そういや、色々あったな」

「あなたはそこで教師の方々に発見されて、ここに運び込まれてきたのです」

「なるほど……あの後、俺、倒れちまってたのか……」


 ルーザーの言うあの後とは、アルクウを倒した後のこと。


 貴族を殺すなんて振る舞いをしてみせたものの、その強い思いは紛れもない本物で、ついその意気に応えてやりたくなってしまったと、必要の無い戦いに付き合ってしまった相手。


 アルクウ。


 そんな彼との死闘を演じ終えた時のことだ。


「何か思い出しましたか?」

「……う~ん。まぁ、特に面白い話は覚えてねぇかな」

「そうですか……」


 今回の事件では彼が一番何かを知っていそうだというのは、同僚や教師陣から聞いていた彼女。

 ちょっとの好奇心から何か聞けるのではと期待していたようだが、あの件を口にするつもりは無いといったルーザーの真意を量れず残念そうに声を漏らす。


「……そういえば、聞きましたよ? あなた、今回の事件の元凶を1人で倒したんだとか」

「ん? なんだ、その話?」

「おや? 違うのですか? クゴット先生や数名の生徒さんたちが口々にあなたが黒幕と思しき者と交戦したと言っておりましたが……」

「知らねぇな。確かにあの後、元凶っぽい奴を追ってったけど、結局このザマでな。その後、皆が助かったってんなら、他の誰かがやったんじゃねぇのか?」


 これは目立ちたくないルーザーの嘘。


 下手に目立つことで自分の名前や顔が世間に広まり、自身の過去を知っている人間に気付かれたら困るというルーザーの懸念から来ているものだ。


「そうですか……まぁ確かに、新入生の子が対処できるような事案ではないようでしたし」


 彼女は事件当時はこの医局で働いており、今回の件もあくまでも聞き及んだに過ぎないため、ルーザーの嘘は見抜けなかったようだ。


 そもそも、新入生が教師たちを圧倒した黒幕を倒したということが信じられなかった彼女。

 なにせ、今回の件では60余名の生徒が亡くなり、負傷者は教師陣含めて600人を超えるほどの大惨事だったのだから。

 おかげでルーザーが寝ている間に、新入生には特別に一か月ほど休暇が言い渡されることになった訳だし、と。


「ま、なんにせよ、世話になったな」

「もうよろしいのですか? 足の骨に何本もヒビが入っていたっていうのに」

「……え? マジ?」

「はい」


 医者曰く、下手をすれば二度と歩けなかった可能性もあったそうな。


「……マジか。あの程度やっただけで骨にヒビ入るとか……弱くなりすぎだろ、俺……」


 過去の自分と比べてみてもガッカリする程の貧弱さになっていたことにショックを受けるルーザー。


 勿論、その真意を測りかねている医師は首を捻るだけ。


「とはいえ、確かに検査では恐るべき回復力でヒビが入った骨はもう完治していたようですし、退院自体はお止めしませんが……」

「……あぁ! だろ? 何しろ俺はこういう怪我も大体1日寝れば治るたちだからな!」


 何故か上機嫌で自慢するルーザー。


 理由は単純。

 過去の自分と比べて劣っていないところがあったことを喜んでいたのだ。


 しかし……。


「あなたが運ばれてから3日が経過しておりますが?」

「……え?」


 そう。

 実はあれからルーザーは3日間ぶっ通しで眠り続けていたのだった。


 よほど疲れていたのか、ダメージが想定以上に大きかったのかはわからないが、それだけは紛れもない事実であった。


「そうか……俺、3日も寝てたのか…………やっぱ、弱くなってんなぁ……」


 白衣の女性の言葉に再び落ち込んだ様子のルーザー。


 無論、それも理解できないだろう白衣の女性はまた首を捻る。

 しかし……


「……ああ、そうでした。あなたが起きたら、すぐに会いに来て欲しいという伝言をいただいていたのでした」


 何かを思い出したと彼女。

 その理解できないルーザーの振る舞いは気にしないと伝言をルーザーに伝えている。


「伝言? 誰かだ」

「エルルルルムゥさんという方からです」

「エルから?」


 エルは愛称であり実際の名前にはルが4つも付くという事実が判明した彼女のことを知っていたであろうルーザーはそのことには言及せず、すぐに会いに来て欲しいという伝言について首を傾げている。


 しかし、それは会ったらわかるだろうとルーザーは、とにかく行くかと白衣の女性に別れを告げつつエルのもとへ向かうのであった。


 ◇ ◇ ◇


「……あっ! ルーザー君! 目覚ましたんやね!」


 自分の無事の帰還に満面の笑みで応えてみせたエルルルルムゥことエル。


 そんな彼女を心配させないようにか、特に意図の無い振る舞いなのかはわからないが、「おう。随分寝ちまったみたいだがな、ご覧の通り完全回復よ!」と腕まくりをして無事アピールをするルーザー。


「それは良かったんよ……心配したんやからね」

「悪かったな。……それより、聞いたぜ? 俺が目を覚ましたらすぐ来いって言ったらしいけど……なんかあったのか?」


 ルーザーの言葉に今まで笑顔を見せていたエルの表情がすぐさま悲し気なものへと変わっていく。


「実はな……ポムちゃんが……」

「ポムカ? ……って、そういえばポムカの姿も見えねぇな?」


 実はルーザーとポムカの間には密約があったのだ。

 それは昔、エルが貴族にいじめられていたことに起因する。


 田舎育ちであったエルは、入学当初はその独特の訛り(今ではだいぶマシになった方)によって貴族たちの恰好のいじめの標的にされていたことがあり、それをポムカが助けようとした時、エルはポムカを巻き込まないようにとポムカを拒絶する振る舞いをしてしまうのだが、それを「お前……カッコいいな」と気に入ったルーザーが介入。

 ご自慢の腕力にものを言わせる振る舞いで貴族を黙らせた結果、ルーザーたちは貴族から爪弾きにされ、貴族に逆らえない平民もその流れに従わざるを得ず、最弱コンビだなんだのとそしりを受けていた現状があり、そのため貴族からエルを守るべく基本的にエルを一人きりにしないという約束をしていたのだった。


 そのため、今この場にエル一人しかいない状態が不思議だとルーザーが辺りをキョロキョロと探していると……エルからとんでもない情報を聞くことになる。


「今、ポムちゃんは……学校の謹慎室におるんよ」

「謹慎? ……って、あいつ、何かやらかしたのか?」


 ポムカのような優等生が信じられないといった風のルーザーに、続けてエルは言いづらそうに原因を話す。


「実はな、オラたちが落とし穴に落ちて何とか這い上がった後な、森の外に出てきた猪たちを退治しようと戦ってたんやけど……急にポムちゃんが暴れ出してんな。先生たちに大火傷を負わせてしまったんよ」

「大火傷だと?」

うんうな。……しかも、それだけやなくてな……あの森を……半分以上、焼いてまったんよ」

「……は?」




 ここはグリテステラ大樹海……だった場所。


 今はその森の半分以上が焼け焦げ、あの木深こぶかった森の様相は奥に行かなければ見ることが出来ない程、黒く炭化した木々で溢れていた。


 ……そう。

 巨大な猪が暴れ回り、多くの生徒たちに死傷者を出し、元凶であるアルクウがようやく自由になれたあの森の山川草木さんせんそうもくが、形を持たない炎によって焼き払われ、黒煙を生み出すための贄となってしまったのだった。




 そしてそれを……たった1人の少女がやったというエル。



 いったいポムカに何があったのか?


 それを探るためにルーザーは本人から直接聞くべく、エルと共に謹慎室へと向かうのであった。

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