第26話 坂東ラブストーリー

 シャルディに連れられて三郎は彼等の宿舎になっている集会場までやって来た。

 そこには騎士達に取り上げられた物を返してもらってる村人達が列を作っており、三郎を見ると英雄を見たかの様に手を振ってくれた。

 集会場の一室に通されて待ってるとシャルディとその部下達が、押収した武具を持って来た。


「ほら、これで全部だ」

「確かに。俺と笑亜の武具一式あるな」


 確認した三郎はさっそく愛刀を佩いた。


「しかしアルケー殿のあの魔法具はどこに隠していたんだ?」

「あれか? 何か出したり消したり出来るんだよ」


 アルケーの持つアーリーライフルは普段別空間に収納されている。つまり三郎の太刀と違い彼女の銃をシャルディは知らなかった。それを利用してアルケーは自分の武器だけ隠し持っていたのだ。


「空間魔法の一種か? 全く底が知れない魔法士だ。あの回復魔法と言い、あれほどの実力がありながら一体今まで何をしていたのやら」


 相当な実力を持っているはずなのに全くの無名魔法士である事にシャルディは疑問を抱く。

 彼女の過去を詮索されたら不味いと思ったのか、それともただの天然か三郎は急に話を変えた。


「ところでここにハルトが居るのか?」

「ああ、ここの一室に閉じ込めている」

「少し話出来ないか?」

「おいおい君には共犯の疑いがーー」

「俺はついでだったんだろー?」


 アルケー達と違いなんかテキトーな理由で疑われた事を蒸し返す。

 シャルディも先程容疑を保留にしたばかりなので強くは言えなかった。


「少しだけだぞ」

「ありがてえ」


 案内されたのは集会場の地下室だった。

 ここは村で収穫されたブドウから作ったワインを保管する為の場所だが、その一角には小部屋もあった。

 そこにハルトは手足に枷をされ監禁されていた。


「三郎さんどうしてここに?」


 意外な面会者にハルトは目を丸くする。


「よう。どうだ? 騎士共に痛めつけられてないか?」

「昨日何発か殴られましたけど、今日は放ったらかしでした。騎士達が騒がしかったんですけど何かあったんですか?」

「ああ、あいつ等と一戦交えた」

「え!? 大丈夫だったんですか!?」

「もちろん。もうちょいでシャルニィの首を取れる所だったんだぜ。アルケーに止められたけどな」


 三郎は得意気に昼間の武勇伝を語る。


「あのシャルディを? 凄い……」


 ハルトはそれを信じられないという顔をする。

 元同僚の為、シャルディの強さは十分わかっている。若くして騎士隊長を勤める彼は、同世代の騎士達からも頭一つ抜けた存在だった。落ちこぼれだったハルトから見れば別次元の人だったと言って良い。

 いつもの彼ならその武勇伝を聞きたい所だが、今はそれよりも気掛かりな事があった。


「ジュリはどうしてますか?」

「それが教えてくんねえんだよあいつ等」

「そうですか……」


 ハルトは不安そうに俯く。


「なあ、お前さんジュリとは本当に恋仲なんだよな? シャルニィが言うように惑わしたりしてねえよな?」

「もちろんです。俺、魔法使えない落ちこぼれでしたし、共犯者なんかもいません」

「そうか。ならば良し」


 三郎は安心した様に頷く。

 他人からどうのこうの情報を聞くより、こうして本人から直接聞くのが一番なのだ。嘘を付いてるかなんて目を見れば分かる。


「ジュリとは騎士見習いの頃に出会ったんです。彼女に騎士の話をしてくれと頼まれ、最初はその話し相手になっていたんですが、段々お互い惹かれて……。でも公爵家の令嬢と一介の騎士では身分が違いますから、この辺境の村まで逃げて来て隠れ住んで居たんです」

「ははぁ! お前さん意外と豪気だな! まるで武蔵の竹芝伝説だ!」

「タケシバ?」

「昔、帝の姫を攫って嫁にした坂東武者が居たんだよ」

「そんな話、聞いたことないです」

「遠い遠い異国の話さ」


 竹芝伝説は平安時代中期に記された更級日記さらしなにっきに登場する武蔵国の伝説だ。

 坂東の地から衛士として都に上がっていた男が、故郷を想い歌を詠むと、それを聞いた姫と出逢う。

 姫は男が語る坂東の地に興味を示し「私をそこへ連れて行って」と言って、一緒に坂東へ駆落ちするという物語である。


「それでその2人はどうなったんですか?」


 自分達と似た境遇の話にハルトは興味を持ったようだ。


「当然、姫を取り返そうと都から追手がやって来た。けど姫様が男を庇ってな。結局、帝の方が折れて、2人は坂東の地で仲良く暮らしたとさ。めでたしめでたし」

「いい話ですね」

「だからお前さんも竹芝になれよ」

「俺が? 無理ですよ。ほら、俺もう捕まってますし。公爵令嬢誘拐の罪で処刑されて終わりです」


 ハルトは目を伏せて、物語の様になれない自分を諦める。


「バカ野郎。罪が何だ」


 だがそんな彼に三郎は怒る様に言った。


「あんなべっぴんな女に好かれといて、もうダメだあ? ふざけんじゃねえ! 今お前さんは世の誰もが憧れる物語みてえな人生を送ってるんだ! この苦難を打破してジュリと幸せを掴んでみせろ!」


 身分違いの人と結ばれる恋物語。

 それは遥か昔より皆が夢として憧れるラブストーリーだ。そこに男も女も関係ない。

 三郎にはこの世界の社会事情など分からないが、この若者には幸せになってもらいたかった。

 それには先ず本人の気持ちを奮い立たせ、困難に打ち勝つ為の気を起こさせねばならなかった。


「お前さんが諦めるってならそうだな。今度は俺がジュリを攫って嫁にしちまうぞ」


 ハルトは苦笑する。三郎の言葉を冗談だと思ったのだろう。だがーー、


「勘弁して下さい。ジュリは俺の妻だ!」


 目にギラついた光が宿った。

 三郎はよく言ったと褒める様に彼の肩を叩いた。


「もういいだろ。出ろ」


 部屋の扉が開いてシャルディが迎えに来る。

 本当に少しだけの時間だった。

 三郎は別れ際にハルトへ一言残した。


「また来る!」

「もう来るな」


 シャルディに意地悪言われて部屋から出される。

 外に出るともう夕暮れ時だった。


「貴様、奴に妙な事を吹き込むな」


 部屋での話を聞いていたのだろう。シャルディは忌々しそうな顔をしながら三郎に苦言を呈す。

 だが当の三郎は何も悪びれる様子はなく、むしろそんな事を言う彼を不粋な奴という風に返した。


「良いじゃねえか。別に脱走の手引きをしたわけじゃねえだろ? お前さんは愛する2人の関係を見て何も感じねえのか?」

「愛なんて無い。ハルトはジュリエッタ様を操っている。ただそれだけだ」


 相変わらず自分の考えを曲げない彼に三郎は呆れて口をぽかんと開けた。

 そこへ1人の騎士が血相を変えてやって来る。それも隊長の前で盛大に転ぶくらいの慌てようだ。


「た、隊長! たたた、大変でず!」


 この騎士もはや舌すら回っていない。


「落ち着け。報告しろ」


 シャルディは慌てん坊の部下を宥め報告させた。


「ジュリエッタ様の! 陣痛が始まりました!」

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