第20話 お尋ね者の騎士

 日が落ちかけた頃、三郎の稽古も終わり3人は村まで戻って来た。


「つ、づかれた~」


 笑亜に肩を貸してもらいながらアルケーから溜息が溢れる。

 超回復リヴァイブヒールのおかげで怪我はすぐに治るとは言え、歩いては転び歩いては転びな一日を送ると気持ち的に疲れる。だからアルケーは満身創痍だった。


「お疲れ様でしたアルケー様。あのう大丈夫ですか?」

「いや無理だわ。こんなに運動したの生まれて初めて。明日はきっと足が4本になってると思う」


 理由のわからない世迷い言を言うアルケー。


「そりゃ良い。4本足ならもう少しまともに歩けるだろ」


 そう言って、三郎は笑った。


「笑亜、私の代わりにこいつをぶん殴ってちょうだい」

「えぇ、無理ですよ」

「むー……」


 アルケーはいつかこの男をぎゃふんと言わせてやろうと歯を噛み締める。このままでは女神としてのプライドが許さない。

 村に帰って来ると今日も何だか村は騒然としていた。

 騎士達が戻って来てる事もあるが、昨日より何だか空気が悪い。向こうから怒鳴り声や悲鳴が聞こえる。

 これは一体どうしたのかと思った時、村長のトビーがこちらに駆けて来た。


「皆さん大変です! ハルトが騎士達に捕まってしまいました!」

「ハルトさんが!? 何で!?」

「分かりません。いきなり畑仕事をしていたハルトを捕まえて暴力を……」

「とにかく行くわよ!」


 ハルトのピンチにアルケーは駆け出そうとするが、足がもつれて倒れてしまう。


「うぅ、身体が動かない……」

「めんどくせえなあ!」

 

 仕方なく三郎が彼女を担いで急行する。

 畑の横で人集りが出来ていた。だが以前の相撲の時とは違い痛々しい悲鳴が混じっている。

 三郎がラッセル車の様に人をかき分け前に出ると、騎士隊長のシャルディがその拳をハルトに叩き付けていた。


「まさかこんな場所で会えるとはなハルト。探したぞ」


 彼の手甲越しの拳によりハルトの顔は腫れ上がり血が出ている。

 ハルトはシャルディに縋るように懇願した。


「頼む。俺達の事は放って置いてくれ……」

「貴様……! よくそんな口が効けたなあ!」


 逆鱗に触れたのかシャルディはより一層激しく殴り付ける。


「おいおいおいちょっと待て。一体何があった?」


 三郎は2人の間に割って入り事情を聞く。ことの次第が分からないので、ハルトを庇いつつ逃げない様にしっかり腕を掴んでいた。

 アルケーはその間に超回復リヴァイブヒールを掛けて、ハルトの傷を癒した。


「部外者は入って来ないでもらいたい」

「だったらこんな大っぴらにやるなよ。見てみろ。村中の騒ぎになってるじゃねえか」


 周囲に集まった村人達は不安気な顔でこの騒動を見ていた。中には村の仲間が痛めつけり騎士を憎そうに睨みつけている者もいる。


「事情を聞かせてもらえるかしら? でないと皆納得しないと思うわ」


 アルケーもまた強い口調で説明を求めた。


「この男は騎士の身分で、あろうことか公爵令嬢を誘拐し、騎士団を脱走したのだ」


 シャルディの言葉に村人達は一斉にどよめく。


「分かったらお前達は下がれ。でないと反抗の罪で逮捕するぞ」


 公爵令嬢誘拐というただならぬ容疑に三郎達は唖然として引き下がる。

 そこへシャルディの部下達がやって来た。


「隊長。お連れしました」

「分かった。こちらへ」


 騎士達に連れられ、大きなお腹を抱えたジュリが現れる。

 シャルディは彼女に対して深く一礼した。


「王国第二騎士団所属のシャルディ・フレーザです。ああ、ジュリエッタ様、なんという御姿に……」


 その姿を憐れんだシャルディは厳しい目をハルトに向ける。


「貴様ァ!」


 治ったばかりの彼の顔面を蹴りつけた。


「止めて! ハルトに乱暴しないで! 悪いのは私なの! 私が彼を唆したのよ!」


 必死に愛する夫を庇うジュリだが、そんな彼女にシャルディは一層憐れんだ顔をする。


「ああ、なんという事だ。貴方はきっとこの男に魔法で惑わされてしまっているのでしょう。ご安心下さい。すぐにその魔法を解いて差し上げます」

「違う! 私は魔法なんかで洗脳されてなんかないし、それにハルトは魔法なんて使えない!」

「お連れしろ」


 ジュリの訴えなどまるで聞かず、シャルディは部下に命じて彼女をどこかへと連れて行かせる。

 ハルトとジュリは互いを呼び合うが、それが耳障りだった騎士はまたハルトを蹴り付けた。


「おいハルト。貴様どんな洗脳魔法を使った?」

「くっ……魔法なんて使っていない。俺は魔法が使えないのはお前も知っているだろ?」

「ふーむ。なるほど共犯者が居るんだな」

「ッ!? 違う!」


 シャルディは自分勝手に思い込むと、ハルトを打ち捨てて集まった村人達に向かって叫んだ。


「村の者達よ聞け! 明日より我々は、この男の共犯者が居ないか捜査を開始する! その間、家から出る事を禁ずる!」


 その命令に村人達は一斉にどよめく。


「なんだって!? 何で俺達が!?」

「村に来る前のハルトの事なんか知らねえし関わりもねえよ!」

「畑の世話が出来ないじゃないか!」


 突然出された外出禁止令に皆は口々に反対する。


「静まれ!!」


 だが騎士達に威圧されその口を噤んだ。


「無実と分かれば普段の生活に戻れる。大人しく協力するんだ。さもなくば我々へ反抗した罪で逮捕する!」


 シャルディは村人達を鋭い目で脅す。

 騎士という権力を振りかざされた村人達は、それ以上何も言えなくなってしまった。

 長閑だったモンテドルフに不穏な空気が漂い始めていた。

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