第3章 横暴な騎士達

第15話 この戦いが終わったら

 見事デーモンウェッジを破壊した3人は、勝利の余韻に浸りながらのんびりと平原を行く。

 三郎は稽古だと言って笑亜を馬に乗せて道すがら馬術を教えていた。


「よし。少し走らせてみろ」

「え? ちょっといやぁ~!」


 歩調を速めた馬に着いて来れず、後ろのアルケーが悲鳴を上げる。

 笑亜はたった数十分の教えで馬の発進、停止をマスターし今は速歩を教わっている。三郎も驚く覚えの速さだ。

 10秒程走った後、笑亜は手綱を引いて馬を停止させた。


「上出来だ。お前さん本当に初めてか?」

「えへへ、ありがとうございます。昔から運動は得意なんです」


 本職の武士に褒められて嬉しそうにする笑亜。それに比べて、


「ふ、振り落とされるかと思ったわ……」


 全く才能のない女神。

 これから魔王を倒しに旅をしなければならないのに、こんな体たらくでは話にならない。


「お前さんもっと馬の動きに合わせるんだよ」

「無理よ! 走る度にお尻がガンガン突き上げられるの!」

「そりゃそうだ。後ろの方が揺れが激しいからな」

「じゃあ何で後ろに乗せた!?」

「前に乗せてちゃ戦えんだろうが。荷物は後ろでしがみついてろ」

「誰が荷物ですって!」

「お二人とも仲良く!」


 笑亜が慌てて仲裁に入る。

 だが既に頭に来ているアルケーは今にも三郎に飛び掛かりそうな勢いだ。


(飛び掛からせちゃダメ。きっと落ちてお怪我をされる)


 既に笑亜の中でもアルケーはどんくさい女神というイメージが確立していた。

 

「し、しかしこんなにも早く魔王軍を撃破出来るなんて思ってませんでした! さすが女神アルケー様! あの魔法も凄かったです!」


 何とか収めようと違う話題に切り替える。何とか彼女の機嫌を取ろうと、上司に媚びへつらう社畜の様にヨイショした。

 その甲斐あってかアルケーはまんざらでもない顔になった。


「そりゃあまあ私女神ですもの! モンスターが何匹来ようと余裕よ余裕! カラミティも直ぐに倒してやるわ!」

「さすがです~!」


 単純な女神だ。


「そう言えばでカラミチを倒したら褒美はくれるのか?」

「褒美? 何か欲しい物でもあるの?」


 アルケーとしては、もちろん何らかの祝福を与えるつもりだった。だがこうして何が欲しいと言うのであれば聞いてやらない事はない。もっとも度を超えたお願いの場合は却下するが。

 欲しい物を聞かれた三郎はちょっとテンション高めに答える。


「そりゃあ土地だ。肥えた土、清らかな水、海もあれば良いな。そんで人、街、それから……」

「多過ぎる! 貴方どれだけ欲張りなの!?」

「え? ダメなの?」


 この世界の女神様なのにケチだなとでも言いたそうな顔をする。

 だが彼の言っている事は「俺の国をくれ」と言ってるのと変わりないのだ。世界の管理者ではあるが統治者ではないアルケーには出来ない相談だ。もし土地が欲しいなら、


「まあ土地なら魔王軍を追い払った後の土地を好きなだけ自分の物にすれば良いんじゃない?」


 魔王が支配しマナを奪っている土地を開放するしかない。

 その言葉に三郎は山賊の様な野蛮な笑顔を見せた。


「そりゃあ良い! 奪った土地は切取り次第か!」


 嬉しそうにはしゃぐ。


「笑亜は何か欲しい物はある?」


 一応、彼女にもリクエストを聞いておく。


「え、私ですか!? ええっと、無病息災、家内安全、商売繁盛、恋愛成就、学業成就、子孫繁栄それから……」

「笑亜〜! 貴方は本当にいい娘ね! こんな神様へのお手本の様なお願い、そこの俗物に見習わせたいわ!」


 そう言ってその俗物に目をやる。


「子孫繁栄……。おいここにいい男が居るがどうだ?」

「セクハラオヤジが」


 冗談ではなく素で言っているのだろう。

 髭面中年のおっさんが可憐な少女にこの発言。時と場所が違ったら天誅ものである。


「まあそう言う事だから、貴方達はこの世界でまったりと余生を過ごしなさい。女神の勇者ですもの。私が目一杯の祝福を与えて上げるわ」


 アルケーは自信満々に言う。

 この祝福とは人間がやる祈りや祝いとは違う。加護、呪い、奇跡と言った本物の力で幸福を与えるという意味である。


「そうか。じゃあこの戦が終わったら畑でも耕して気ままに……」

「「ああぁぁぁぁー!!」」


 突然アルケーと笑亜が叫んで言葉を掻き消す。

 三郎は理由が分からず目を丸くした。


「何だよ急に?」

「バッカ! 『この戦いが終わったら~』なんて台詞は死亡フラグって言うのよ!」

「死亡フラグ? 何だそりゃ?」

「その発言や行動を取ったら死ぬって意味です。今師匠が言った台詞はその代表的なもので、物語とかだとそれを言った登場人物は、ほぼほぼ死んでしまうんです」


 そういうお約束事など分かる筈がなさそうな鎌倉時代の武士に説明してやる。

 だが三郎はそんなの大した事無さそうに笑って見せた。


「なあんだ死ぬくらい。坂東武者が死を恐れてたまるかよ!」


 強がりか、はたまた死亡フラグを信じていないのか三郎は全く動じていない。

 そんな時、彼の視界に面白い物が入った。

 双角を有した黒馬である。


「あれはユラハンが乗ってた馬か。ちょうど良い。捕まえて俺の馬にしてやる!」

「無理よ。バイコーンは人を食べる凶暴なモンスターよ。人間が手懐けられる筈ないわ」

「ははは! 人食い馬上等! 坂東武者にはそれくらいがちょうどいい!」

「いや馬じゃないから。モンスターだから」


 三郎は良いものを見付けた子供の様にバイコーンに駆けて行く。

 その無鉄砲な行動にアルケーは唖然とした。


「ねえ、坂東武者ってバカなの?」

「そもそもばんどうって何ですか?」

「知らなかったの!?」


 坂東とは東海道の足柄峠、中山道の碓氷峠より東の土地、すなわち今の関東地方の事である。

 2人の忠告など聞かず三郎はずんずんとバイコーンに近寄って行った。

 

「キイィィ!」


 その時、バイコーンは馬より高く嘶き、双角の間に稲妻が走った。刹那、空気を裂く音と共に雷撃が放たれ、三郎は短い悲鳴を上げて倒れた。


「「死んだー!!」」


 哀れ三郎。

 死亡フラグを立てて死んでしまうとは情けない。


「何しやがんだコノヤロー!!」


 と思いきや三郎は咆哮を上げてバイコーンへ突撃。拳を見舞った後、角を持ってねじ伏せてヘッドロックを掛けた。


「死ぬかと思ったじゃねえかバカ馬!! 次やったら捌いて食っちまうからな!!」


 三郎はその無茶苦茶な力でバイコーンの首を締め上げる。

 もはやどうやったって抜け出せないバイコーンは、命乞いをする様に、弱々しくヒーンヒーンと泣いた。

 

「さっき死なんて怖くねえって言ってなかった?」

「死に方ってのがあんだろうが。馬に殺されたなんて武士の死に方じゃねえ!」

「いやバイコーンはモンスターなんですけど……。それも結構上級の……」


 口から泡を吹き出して来た所で三郎は漸くバイコーンを解放してやる。

 素早く立ち上がるが足元がふらついている。

 三郎はせっかくの戦利品が逃げないように、その立派な角を鷲掴みにし、ルンルン気分で持って帰った。

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