第9話 知らない名前
「そう、笑亜だわ。何故、貴方がここに?」
「もちろん! 魔王カラミティを倒す為に戦っていました!」
その言葉にアルケーは目を丸くする。何故なら天使達からの報告では、
「勇者達は逃げたって聞いていたけれど?」
そう。彼等が逃げたからアルケーは自ら下界に降りたのだ。
すると笑亜は申し訳無さそうに目を伏せた。
「確かに……。魔王討伐なんかやってられない、と言って離脱された人達はいます……」
「ふ~ん。因みに今、魔王と戦っている勇者はどのくらい居るのかしら?」
「私の知る限り、私だけです……」
その答えにアルケーは舌打ちをした。
一瞬あの報告が間違いなのではと期待したのだが、そういう訳には行かないようだ。
多くの勇者を送り出したというのに、使命を全うしようとしているのが、たった1人だけとは。自分の引きの弱さ、否、人間を見る目の無さが情けなく思う。逆に何故、彼女だけがこうも頑張っているのか不思議に思った。
「貴方は何故逃げなかったの?」
その問に笑亜はさも当然の様に答える。
「だって、せっかく頼ってくれた女神様の期待を裏切る訳にはいかないじゃないですか!」
その実直な淀みのない言葉に、アルケーは嬉しさ余って彼女を抱き締めて頭を撫でた。
「良い子! 貴方はなんて良い子なのかしら笑亜! 私は貴方を誇りに思うわ!」
「ふえぇぇ!? こ、こんなに喜んで貰えるなんて! ここまで頑張った甲斐がありましたぁ!」
女神の賛辞に笑亜は感動の声を上げる。
「これからは私も戦うわ! 笑亜、一緒に魔王カラミティを倒しましょう!」
「アルケー様……。はい! 私が貴方の剣となり盾となりましょう!」
こうして勇者、志藤笑亜が仲間になった。
「ちょっと待て」
と思われたが、三郎が待ったを掛ける。
「女を戦に出す気か?」
「ええそうよ。何か問題ある?」
「反対だ。女なんぞ戦に出せるか!」
彼の言い分は至極短絡的だった。
「はあ? 何よそれ? アンタさっきの戦い見てたでしょ? 笑亜は私が力を与えた勇者なの。カラミティ討伐にこれ以上の戦力はないわ!」
女だから戦わせないという意味が分からない。これが何の力も無い町娘ならまだしも、笑亜は女神の力を持った勇者なのだ。何より彼女自身がやる気満々なのだから余計な事を言わないで欲しい。
「アルケー様。そちらの侍っぽい人はどなたでしょうか?」
笑亜は歴史ドラマからそのまま出て来た様な格好の武者について聞いた。
「貴方よりずっと過去から召喚した人間よ」
「え!? まさか本物の侍ですか!? あわわ、私、志藤笑亜といいますでござる。さっきは援護ありがとうございました候!」
まるで有名人にでも会ったかの様な慌てぶりでお礼を言う。
こんな純粋なお礼を言われたら礼を失する訳にはいかない。三郎は厳つい顔を作り直して彼女に名乗った。
「俺は
「ファッ!? 侍に褒められた……。しかも志藤殿って……。ハァ~」
笑亜は嬉しさのあまり恍惚とした笑顔を見せる。
「おい女神様? 何なんだこいつ?」
「私の勇者よ」
「それは分かってる。後世の人間ってこんなんなのか?」
三郎は初めて見るタイプの人間に少し戸惑いを感じる潤し
「因みに朝比奈さんは誰に仕えていたんですか? 徳川家康?」
「誰だそりゃ? 俺が仕えていたのは鎌倉……」
そこまで言って三郎は言葉を詰まらせた。
彼が最後に臨んだ戦いは、同じ鎌倉殿に仕える御家人である北条氏だった。しかし最終的には主君である鎌倉殿が北条氏に味方してしまい、三郎達は逆賊扱いとなって敗北したのだ。
あの方をまだ主君と呼んで良いのか
(俺達は鎌倉殿に弓引きたかった訳じゃねえ!)
意を決してその名を口にする。
「主君は
「源! 分かった義経ですね!」
「違う」
「じゃあ頼朝!」
「惜しいが違う。その御子たる実朝様だ」
「さねとも? 知りませんね」
笑亜は首を振った。
「おい女神様。こいつどのくらい後の人間なんだ? 天下の征夷大将軍様を知らないとはどういう事だ?」
「知らない。そう言うのは天使達に任せてから」
「えーと鎌倉幕府が
「そんなに後なのか……」
それを聞いて妙に納得してしまった。
それだけ時が経てば、記録や伝承が失われてしまっても不思議ではないだろう。
それにしては頼朝、義経という名を知っているのだから、ただそういう学が無いだけかもしれないが。
「なあ志藤殿。もし分かるのなら鎌倉がどうなったか教えてくれないか?」
今更聞いても栓の無い事だが、興味本位で三郎は聞く。
「え~と、モンゴルと戦って勝つけど、家臣にご褒美が与えられなくて無くなりましたよ」
「すんごいざっくりしてんな」
「歴史苦手なんですよ」
何やかんやあって、鎌倉が最終的に滅びたという事しか分からなかった。しかし特に驚きはしない。何せ彼の時代には平家を始め、梶原、比企、畠山、そして和田といった例があったからだ。盛者必衰は見慣れている。
「それより笑亜、どこか落ち着いた所はないかしら。貴方からいろいろ状況を聞きたいし、あと今日泊まる宿も無いのよ」
自分の知らない長話に飽きて来たアルケーは話題を変えた。
「そうですね。じゃあ村の集会場に行きましょう。皆そこに避難しているので村長にどこか泊まれる所がないか聞いてみます」
「助かるわ。じゃあ2人とも、私の事を女神とバラさないようにね。女神だって知れると色々面倒な事になるから」
アルケーは事前に釘を刺しておく。
この世界で彼女は信仰の対象だ。正体を明かして魔王討伐軍を上げようとも考えたが、そのメリットよりデメリットの方が多い。先ず間違いなく政治利用若しくは宗教戦争の火種になる。それは彼女の望む所ではない。
「じゃあなんて呼べばいいんだ?」
三郎が聞いて来る。そういえば彼はずっとアルケーの事を「女神様」と呼んで一度も名前を口にした事がなかった。
「普通にアルケーで良いわよ。下界での私の名前はアルケミスなの。アルケーを名乗っても女神由来の名前だと思われるわれるから問題無いわ」
「は? 名前で呼んで良いのか?」
「名前以外に何を呼ぶってのよ?」
名前を呼んで良いという答えに対して三郎は戸惑いを見せる。
「もしかして、異性の名前を呼ぶのが照れくさいとか?」
「違う。普通、
「え?
笑亜も不思議そうな顔で答える。
現代人にとって諱は馴染みが無いだろうが、明治時代辺りまでは本名すなわち諱を避けて呼ぶ事が多かった。「忌み名」として死後の呼称とされていたからである。
だから三郎も彼女達の本名であるアルケーや笑亜といった本名を呼ぶのは避けていたのだ。
「そうなのか。そういうものか。なるほどなぁ」
急な事で馴染めないが、そう言うことなら、郷に入っては郷に従えの精神で行こうと決めた
「分かったこれからはお前さんの事をアルケーと呼ぼう」
「様付けでも良いのよ」
「いやあそれは何か癪に障る」
「何でよ!? 今まで女神様って言ってたじゃない!」
「お前さんアレを敬称だと思ってたのか? ちげぇよ。ただの愛称だよ。だいたい何で俺より弱い奴の下に着かなきゃなんねえんだよ」
そう言って三郎は取り合わない。
アルケーが納得行かない顔をしていると、笑亜が笑顔で入ってきた。
「あの。私の事も笑亜って呼んで良いですよ義秀さん」
「気安く呼ぶんじゃねぇ!!」
「ヒェッ!?」
迂闊にも調子に乗った笑亜は一喝を喰らった。
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