第2章 女神の勇者
第7話 どんくさい女神
暫しの閃光と浮遊感の後、アルケーと三郎は下界に降り立った。
辺りは草木が生い茂る森の中、木々の隙間からは青空が見え、耳をすませば小鳥が鳴いている。
こんな
しかし女神であるアルケーは感じていた。遥か彼方より発せられる異質で強大な力を。
「おかしいわね。カラミティの根城に直接乗り込んでやろうと思ったのに。もしかして結界で弾かれたのかしら?」
どうやら大分予定からズレた位置に降りてしまったらしい。出鼻を挫かれたアルケーは不満気な顔をした。
「何だ? カラミチに奇襲でも掛ける気だったのか?」
「そうよ。その方が手っ取り早く終わらせられるもの。文句ある?」
「いや、俺でもそうする」
意外な事で意見が合った。
彼女的にはこんな面倒事はパッとやってチャッと終わらせたかったのだ。しかし感じられる魔王の気配は遥か遠く。これは長引きそうだとため息を吐く。アルケーは歩くのが嫌いだ。
「しかしここが異世界か。魔王が居ると聞いてたから、もっとこうヤマタノオロチでも出て来そうな、おどろおどろしい場所を想像してたが、なんて事はねえ普通の森じゃねえか」
三郎は拍子抜けした様に辺りを見回す。
「油断しないでよ。貴方の世界とは違って、こっちは凶暴なモンスターが居るんだから」
「何だモンスターって?」
「怪物みたいなものよ。こっちではモンスターって言うの」
ほう、と三郎は興味深そうに話を聞く。
「けどこっちにはお前さんが居るんだから心配要らねえんじゃねえのか?」
「どういう意味?」
「いやほらだってこの世界の女神様なんだろ? 皆、お前さんの前に平伏すんじゃねえのか?」
「あのねえ。モンスターがそんな分別付く訳無いでしょ」
「お前さん、自分の世界の奴に噛まれるのか……」
それは神として情けないぞとでも言いたげな顔をされた。
「とにかくこの森を抜けるわよ」
「道分かるのか?」
「分からないから抜けるのよ」
「おいおい、自分の世界なのにそれも分からないのか?」
「こんな
「お前さん本当にこの世界の女神なんだよな!?」
あまりにも頼りにならない女神に三郎は不安を募らせた。
アルケーは魔王の力が感じられる方角に向かって突き進んだ。
だがどうも、こういう場所は慣れてないのか動きがぎこちない。木の根を跨ぐのだって、一旦脚を揃えてから踏み出している。まるで子供の歩き方だ。
(うう、歩き難い。ちゃんと手入れしときなさいよ)
草はぼーぼー、木の根はうにゃうにゃな森に文句を吐く。
彼女の居た天界ではこんな場所は無かった。神域の外に出る事はあったが、その時はいつも輿に乗ったり浮遊して移動するので、歩く事なんてほとんど無い。たまに歩いたとしても石ころ一つ落ちていない真っ平らな世界なので、こんな凸凹した足場は初めてなのだ。
「森を歩くのは初めてか?」
彼女のぎこちない歩行に見兼ねた三郎が問い掛けてくる。
図星を言い当てられ、アルケーはビクッとなるも自身のプライドから強がってしまった。
「な!? ただ慎重に歩いてるだけよ!」
そう言ってずんずんと道なき道を進む。指摘されたからか、その歩幅がかなり大胆になっていた。
そして濡れた木の根に脚を掛けた時だった。
ズルッ!
「ヒャッ!?」
盛大に滑って転んだ。
「どんくさい女神様だなあ。大丈夫か?」
三郎が嘲笑混じりで心配する。
「あーもう! 最っ悪! 何でこんな所に木の根があるのよ!?」
「そりゃあ森ん中だからな。まさか本当に初めてなのか?」
「女神がこんな所に来る訳ないでしょ」
嫌な奴に無様な所を見られ逆ギレする。もうこうなったら一刻も早く森を出たい。
「さあ速くこんな所からーーブェッ!?」
だが今度は脚に草が引っ掛かり、これまた盛大に転んだ。
「どんくさ過ぎないか?」
様子を見ていた三郎もさすがに唖然とした。
それからもアルケーは木に頭をぶつけ、石に躓き、斜面を滑り落ちてと散々なドジをやらかした。そしてーー、
「もうかーえーるー!!」
ただ歩いただけで女神様の心は折れた。
「女神様よお。そりゃあねえぞ。魔王はどうすんだよ?」
「だってだってぇ! この私がこんな醜態を晒すなんて堪えられないもの! 私は天界一の美を持つ女神、アルケーなのよ!」
「大きく出たな、自分で天界一とは。だが美を誇って滅びるなんざ馬鹿げてるぞ?」
「おーだーまーり! 女神とは美! 美こそ女神最大の武器なのよ! 私は強く、気高く、美しき女神として天界に名を轟かせていたの! それが下界でこんな醜態を晒すなんて……、消えた方がマシだわ!」
やけくそになったアルケーはいつもの癇癪を起こす。
三郎はめんどくさいと思いつつ彼女を宥める。
「帰るなら帰ってもいいが、それこそみっともねえぜ? お前さんを送り出してくれたあいつ等に合わせる顔あんのか? ん?」
そう言って発破をかけてやる。
痛い所を突かれたアルケーはキッと三郎を睨み付けた。
「はあ? 帰る訳ないじゃない! 絶対カラミティを倒してやるんだから!」
そう言ってアルケーは再び歩き出す。
さっきと言っている事がまるで違う事に、一層面倒臭さを感じながらも、三郎は小さく「その意気だぜ」と呟き後に続いた。
「待って」
だが突然、アルケーは立ち止まり耳を澄ませた。
「何か聞こえない?」
言われて三郎も耳を澄ます。
風に乗って、荒々しい喧騒が聞こえて来る。誰かの悲鳴、獣の咆哮、それに混じって何かが破壊される音だ。
これに似た音を彼は知っていた。多少違うがこの暴力的な音を忘れる筈がない。
「これは……戦の音か!」
「戦? まさか魔王軍!?」
そうと聞いた三郎は脱兎の如く駆け出して行った。
「ちょっとどこ行くのよ!?」
「決まってんだろ? 魔王の首を取りに行くんだよ!」
「待ちなさい! ここに魔王はーー」
居ない、と言いかけた時、
ーーズルッ
「ビャッ!?」
踏み込んだ泥に脚を滑らせ、またまた盛大に転倒した。
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