サラリーマン日記

海音

第1話 牛丼屋にて


少し吹雪の中を歩き、私は週5日、仕事終わりに通っている行きつけの牛丼屋に来た。

食券機でいつもの『おろし牛丼』を選択する。

今日は給料日、私は贅沢に『豚汁』も追加で頼むことにした。


店内はU字型のカウンター席で、この時間にも関わらず既に5人の客が牛丼と向き合っていた。


店員から温かいお茶をもらい、私は食券を渡す。

平均で3〜4分で頼んだメニューが運ばれることから「時間をお金で買っている」という言葉がぴたりと当てはまる。


店内では少し前にヒットした片思いの恋愛ソングが流れている。

牛丼屋で聴く恋愛ソングは死ぬほど刺さらない。


前に寒空の下、白い息を吐きながらBluetoothイヤホンからふと流れたその曲は私の心を掴んで離さなかったのに。


全てをかき消す牛丼屋パワー、侮れない。

考えてみれば、牛丼屋で流す曲は何が相応しいのだろう…

そもそもアーティストは牛丼屋で自分の曲が流れることなんて想像もしていないよな。


周りで必死に肉と向き合う牛丼戦士を見守りながら、私は牛丼ソングについて脳内会議を繰り広げていると、店員がおろし牛丼と豚汁を運んできた。


肉の上に雪のようにふんわりと盛り付けられた大根おろし。

ビジュアル、肉と白米の比率が完璧な牛丼。

隣には具沢山の豚汁が輝きを放って並んだ。


730円でこのボリューム…

拍手を送りたい。


牛丼ソングなんて頭からすっぱり抜けた私は無心で牛丼をかきこんだ。

肉の旨みにさっぱりとした大根おろし、ネギの香りがより一層食欲を掻き立て、勢いよく胃袋の中へ入っていく。


半分まで食べて一度顔を上げると、さっきまで座っていた5人の戦士は既に戦場を後にしていて、店内の客は私とカウンターの向かいに座る新たな戦士の2人となった。


その戦士は30代の茶髪ボブの女性で、席につくと、着ていた黒いコートを丁寧に折りたたんだ。

細身のスラッとしたモデル体型で、茶色いオシャレなニットと、スキニージーンズがよく似合う素敵な人だった。

落ち着いた雰囲気を持つ彼女は、携帯を弄りながら牛丼の登場を待っていた。


やばい…。

あまりの美しさに思わず見入ってしまった。


私は慌てて目の前の牛丼に目を移し、再び食らいついた。

仕事で遅くなった昼食だったので食欲が凄まじかった。

あっという間に牛丼を食べ終えて、今度は豚汁と向き合い始める。

豆腐の森を抜けて、里芋、こんにゃく、にんじん、大根を制覇するも豚肉がなかなか見つからない。

そう、豚汁の中に『豚』が入ってなかった。

それはもはやただの『汁』だった。

苦笑いしながら私はその『(豚)汁』を飲み終えた。


その頃、目の前に座っていた美しい戦士の元にも牛丼が届く。


『おろし牛丼セット』だった。

セットにはおろし牛丼の他、サラダ、味噌汁がついてくる。


戦士はすぐさまセットの味噌汁の蓋を開けた。

「ふぁぁぁぁぁ」

キラキラと目を輝かせながら声をあげて感動するその姿に私は心を打ち抜かれた。

か、可愛い。


豚汁に豚が入っていなかったことに苦笑いしていた自分が恥ずかしい。


それにしても、この牛丼屋でこんなにも幸せいっぱいな表情をする人がいるのか。

可愛すぎないか…

戦士はニコニコしながら目の前の牛丼を綺麗に食べ、物凄く幸せそうな笑みを浮かべている。


あの恋愛ソングのイントロが私の頭の中で鳴り響いた。

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