第26話『特別作戦【プリマステラ】』

「ほいっ――と」


 広咲城の神力不足から作戦変更を余儀なくされた俺は前倒しでエルフの部隊に合流を試みた。

 エルフのリーンに同行させた分身のチビスライムへ意識を移し、ウサギ形態に変化する。


「頼経様!!」

「むぎゅ」


 いきなりリーンから熱烈な歓迎を受ける。

 でも悲しいかな。

 ロリっぽいスレンダーなリーンではぎゅっと抱きしめられると肋骨が当たって痛い。


「可愛い、もふもふ」


 寡黙系だが可愛いものには目がなくて意外とアクセサリーもおしゃれなものが多い。

 離してくれ、とリーンの体をぺちぺちたたいているとひょいっと取り上げる人物。


「うふっ、だめよ。リーン。主がいくら可愛いからって乱暴にしちゃあ」


 リーンを窘めるのは色気をムンムンと漂わせる褐色高身長のリディアさん。

 ダークエルフ族でエルフ部隊の副隊長さんだ。

 そして、優しくその豊満な胸に抱き寄せる。


「こうやって優しく抱きしめるの。ねっ♪」

「むう、むう、むうううっ」


 返せとばかりにリーンがリディアに両手を向けるがひょいっと躱される。

 小柄なリーンは高い位置にある俺を取り返そうとぴょんぴょん跳びはねる。

 それを華麗なステップでリディアがひらり、ひらりと躱していく。

 そのたびにぽよよんぽよよんと柔らかな幸せが俺に押しつけられてくる。


「ああーー、リディア副隊長ずるい。わたしもーー」


 リディアを中心にまったくもってけしからん豊満な体と扇情的な民族衣装のダークエルフが群がった。

 俺を取り囲み、押しくらまんじゅう状態だ。

 あっちを見てもぽよよん。

 こっちを見てもぽよよん。

 もう、ダークエルフじゃなくてダークエロフじゃね。

 ――なんて幸せな感触に身を委ねていると。


《ふーん、いいご身分だね》


 メティアがしらけた視線で俺を射貫いているのに気がついた。


「あっ。えっとメティアさん。これは不可抗力でして……」

《不可抗力? 抵抗しているようにはみえなかったなあ》


 気がつくと周囲にいたダークエルフさんたちはスススッと距離をとっていく。

 俺は彼女らに助けて、と目でサインを送るが拒絶された。

 メティアの『お前ら黙ってろ』、そう言わんばかりの一瞥で黙らされたのである。


「あのーー、できれば美咲さんにこのことは……」

《あっ、無理》

「えっ!?」


 メティアが指さす先には立体映像のホログラムが立ち上がっていて、そこには美咲さんが映っている。

 ということは一部始終見られていたわけで……。


「ぎゃああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」


 俺は心臓が飛び出さんばかりにびっくりした。

 美咲さんからすさまじい怒りの圧力と殺意がモニター越しでも伝わってくる。

 えっ、あの美咲さんから邪神みたいな殺気がするんですけど、なんで?

 

「頼経さん、な、に、を、していらっしゃるのですか?」


 淑女のような完璧な笑顔の奥にどす黒い感情がみえる。

 感じる威圧感は下級神のそれではない。

 俺はメティアにどういうことだと念話で聞いた。


⦅さあ、美咲の本当に司っている概念に関係するじゃない?⦆


 えっ、それってどういう……。


「頼経さん、貴方は私の城主であるというご自覚はおありなのでしょうか?」


 美咲さんの言葉づかいがいつもよりも丁寧だ。

 それが余計に怖い。

 くそっ、体の震えがとまらねえ。

 どうしたら、どうしたらいいんだ。

 そこで天の助けか。

 妹かのんとの記憶が天使のような天啓を導いてくれた。

 『悪いことをしたらまずあやまらないとめっなのーー』


「も、もうしわけありませんでしたーーっ」

「……そうですか」


 顔は見れないが美咲さんからの圧力が緩んだ。

 おおっ、さすがはマイエンジェルかのん。

 めちゃくちゃ効果あったぞ。


「頭を上げてください。頼経さん」

「は、はい」

「――この戦いが終わったらお説教ですからね(ニッコリ)」

「……はい(ガクガクブルブル)」


 俺の受難は先送りになっただけらしい。

 かっくり肩を落とし、今は気を取り直すことにする。

 戦はまだ終わっていないのだから。

 ――――――

 ――――

 ――




 【制空権】


 制空権は戦略・戦術の観点において戦争の勝敗を左右する。

 現代でその認識は常識ともいっていいな。

 ただし、飛空艇を軍事に取り入れて間もないこの異世界。

 【アルガイア】において制空権の歴史は浅いと言わざるを得ない。

 俺はエルフのリーンたちへ改めてその重要性を説く。

 もちろん、情報だけはすべての味方に立体映像かスキルで配信している。

 俺は特別作戦前にブリーフィングを始めた。


「地上部隊にとって、空からの一方的攻撃が可能な航空戦力は脅威だ。帝国が次々と侵略戦争で勝ち進めたのも飛空艇の存在は極めて大きいだろう」


 戦略上の観点で説明すると、空の補給路によって迅速で大量に人員と物資が運べるようになったこと。

 戦術上では、空への対抗手段が少ない中で頭上から一方的に魔導大砲で攻撃できる点において戦い方が劇的に変わっていることを上げる。


「問題は津軽藩や俺たち魔物軍は空への対抗手段が少ない。同じ空飛ぶ戦闘艦を用意するにしても今回はあまりに時間がなく用意できていない。よって艦隊戦は不可能だ。ならば今回、帝国軍にどう対応するのか」


 俺は両軍の空戦戦力を立体映像にて表示する。


 「こちらの主力空戦戦力は津軽藩の空戦用騎獣が百騎。それと、神獣【桜鷹丸】に乗る美咲さん。神獣【くまみん】とそれに乗る俺だな」


 津軽藩の主力空戦騎獣は大きな鷹の魔物で【血染め大鷹】または【ブラッティーイーグル】という。

 鮮血を思わせる大きく鋭い爪とくちばしが特徴的な鷹である。

 空戦主力は家老、桜鈴の市さんが率いる。

 すでに機をうかがい魔物の森の中、迷彩装備で擬態しつつ機をうかがっている状態だ。

 立体映像で帝国軍の飛空艇を映し出し、それぞれの艦種の説明に入る。


「対して帝国側は二四隻の飛空艇部隊。編成は機動力と小回りを重視した駆逐艦級が十四隻。四九門の魔導大砲を装備している。一番弱い船だがそれでも全四九門の火力を侮ってはいけないだろうな」


 エルフたちは俺の説明にしっかり頷いてくれる。


「次に巡洋艦級四隻。駆逐艦級に比べて船体がおよそ1.5倍、大砲の数は百三十門と高い攻撃力が特徴だ。特に船首に装備した二門の大型魔導大砲は射程と威力も要警戒としたい」


 俺的にはもっとも対応を注視したい艦種が次だと考えている。


「そして、次が要警戒対象の船だ。全長四百メートル弱の大型飛空艇――帝国軍の空母級が四隻。魔導大砲がないかわり一隻につき最低百騎の空戦騎獣兵力を運用していると予想する。つまり、最低四百騎以上の空戦戦力を想定してしてほしい」


 数で言えばこちらのおよそ四倍以上の空戦騎獣部隊。

 まともに戦えば不利と言わざる得ない。


「巡洋艦級よりもさらに大きな飛空艇も確認されている。こちらは重巡洋艦級一隻。魔導大砲も船首に大型砲台三門、船体側面にそれぞれ八八門、合わせて一七九門。巡洋艦級以上の高火力船だと想定される。だがそれよりも留意すべきは甲板上に対空砲が二十ほど確認された。これは対空戦騎獣用に設置された兵装だと思われる。魔導銃よりも高威力で魔導大砲よりも小回りが利く砲台だ。砲撃の弾幕により取りつくことは難しくなる。こちらの空戦騎獣部隊は迂闊に飛び込まないよう十分留意せよ」


 これは主に隠れて待機している市さんの空戦騎獣部隊への警告だ。


「そして、重巡洋艦級よりわずかに火力を落としつつ、居住性と情報収集能力に力を割いている悪趣味……じゃなく豪華絢爛なこの飛空艇が敵の旗艦だ」


 思わず悪趣味と言いかけたのは軍用艦にかかわらず金で装飾が施されている事。

 更には甲板にプールのような娯楽施設なども見られるのだ。

 敵は俺を笑い死にさせたいのかな?


「精霊核を用いた情報伝達用装置も確認されていることからこの艦を抑えることで飛空艇部隊の指揮系統を無力化可能と思われる。しかし、この旗艦には重巡洋艦級以上の対空砲が配備され、空戦騎獣で取りつくことはより困難だろう。おとりを使った陽動や死角をついた接敵方法などいくつか戦術を思いついたので市さんには後で情報を送るよ」


 こちらの戦力は少ないのでやはりある程度飛空艇艦隊を減らさないと旗艦への攻撃は現実的でない。

 少なくとも空母級と艦載空戦騎獣らをどうにかしないことには難しい。


「最後に後方にある武装が最低限の大型船は補給船だ。数は2隻。戦闘中の脅威は極めて低いと思われる。そのため一番後方に位置している。さらにはるか後方で飛行船団を確認しているがこちらは帝国軍と取引のある民間の商船だ。彼らは中立なので攻撃は厳禁だからな。商人を敵に回したくない」


 そのほかにも攻撃して欲しくない理由はあるんだけど秘密だ。

 そして、俺は現在の帝国軍飛空艇艦隊の布陣分布マップを空中に表示し、マーカーをつけて船種のポップそえる。

 現在地上では、帝国の地上部隊四千とラビットライダー部隊三百の戦いが始まっている。

 最初は味方が優勢に戦っているが飛空艇の支援砲撃が入るとすぐにラビットライダー部隊が劣勢となり、後退していく。


「飛空艇が加わっただけでこんなにあっさり敗走に追い込まれるなんて……」

「むう」


 エルフ部隊の少女たちがざわめいた。

 リーンも短い言葉を発しただけだが思うところがあったようだ。

 魔導大砲は球体の弾を高速で撃ち出しているわけだが決して弱いわけじゃない。攻撃範囲は狭いが当たったときの衝撃や貫通力がやばい。

 ジェノサイドベアがオーラで防御しても危険かもしれないのだ。

 だから俺は飛空艇の予測着弾地点をスキルで伝えて直撃はさけるようにさせている。作戦とはいえ心配だ。

 大丈夫かな。ラビットライダーのみんな……。


「頼経様、制空権理解。とっても重要」


 リーンにしてはなかなかの長文を話す。

 それだけ制空権の重要性に理解を深めて重く受け止めてくれたようだ。


「理解が早いな、リーン。さすがだ」


 俺は教える立場だというのになぜかリーンはウサギの俺を抱き上げてなでなでして褒めてくる。


「頼経様、えらい」

「あのーー、逆じゃね?」

「ああっ、リーン隊長ずるい。私たちも頼経様なでなでもふもふしたいのに」

「もふもふ、否定。なでなで」

「あら~~、だったら私はもふもふしてあげようかな~~」


 リディアも自慢のボディを強調しながら迫ってくるのだが今回俺は反射的に飛びのいた。


「ま、待てリディア。それは冗談ではすまない」


 さっきの事もある。

 美咲さんの説教が怖くて俺は全身鳥肌が立ち震え上がった。

 本気で怯える俺にリディアは同情するように理解を示す。


「あら、ごめんなさい。そうよね。そのうちこっそり良いコトしてあ・げ・る」


 俺は冷や汗を大量に流しながらため息をつく。

 からかわれてるなあ。

 これ美咲さんも見てるはずだぞ。挑発しないで欲しい。

 やっぱりリディアはダークエロフだ。


「話を戻す。先の帝国にどう対応するのか、その答えを示そう。艦隊をこちらが用意できないのなら発想を少し変えればいい。そもそも帝国が一方的に空から砲撃してくるのが問題ならこちらもさらに上から一方的に攻撃すればいいじゃないか、ってわけ」


 おおーーっ。

 リーンたちがそれはそうだと拍手して賛同してくれる。

 君たちヨイショが上手だね。

 俺調子に乗っちゃうよ?


「さらにもう一つダメ押しの策がある。俺が開発した新兵器【爆裂矢】だ」


 アイテムボックスから取り出したのは弓矢の先に炸裂弾を仕込んだ矢だ。


「これは中に薬によって爆発する魔導爆薬を矢の先端のシェル部分内部に込めたものだ。着弾すると中に仕込んだ魔導信管により爆発を引き起こす。貫通力は通常の矢に劣る。だがそれ以上に広範囲に爆発するために飛空艇や城の城壁を破壊するような場面に効果的な新兵器だ」


 そして、俺はリーンたちに作戦の細かい指示を伝える。


「俺は帝国の飛空艇から無事なエーテライトとその装置を手に入れたい。そこでこれより突出してくるであろう帝国飛空艇の中でも駆逐艦級を九隻だけきっかりこちらの勢力圏に不時着させて欲しい」

「駆逐艦だけ九隻?」

「ああ、さじ加減が大事なんだ。その後は炸裂矢でけん制し、魔物の森を境界に帝国の飛空艇を寄せ付けないようにして欲しい。それと炸裂矢の数も限りがある。無駄撃ちは控えて欲しい」


 下手に大打撃を与えて撤退に踏み切らせたくないしな。

 未だ城郭内には敵がいるはず。

 あぶり出す必要もある。

 それに大局的にも必要なことだ。

 いずれ帝国を倒すにはここできっちり東伐第二艦隊を壊滅させておきたい狙いもある。


「以前鹵獲した飛空艇を解析した結果、駆逐艦級は既存の海上船を改造、またはその製造工程を流用して飛空艇に仕上げたものだ。故にその弱点もわかっている」


 おおーー、さすがっ。

 エルフさんたちが褒めてくれる。

 めっちゃうれしい。


「飛空艇の操舵系が集中する場所も海上用船舶と変わらないということだ。そこを潰せば制御不能となる」


 簡易屋根がかけてるがこちらの爆裂矢の前には意味をなさない。


「さらに、浮力を生み出すエーテライト機関と推力を生むプロペラエンジンは一部連動していることがわかった。エーテライト機関とエンジンに流れる魔力動力はパイプラインを通して同じ魔石をつかっているんだ。ある程度同時にエンジンを潰せばエネルギーパイプラインのリバース現象を引き起こし、エーテライト機関のほうは一時機能停止に追い込まれる。結果、墜落に追い込まれるというわけ」


 そこで俺が提案するのが弓の名手であるエルフによる一斉狙撃である。

 いくらエルフでもそりゃあ無理だと思うだろ。

 でも俺には一角ウサギだから授かった統率系スキルがある。

 俺のユニークスキル【弱者の革命】というチートがな。

 演算による狙撃補正と情報共有でエルフによる同期射撃も不可能じゃない。

 

「つまり、操舵系とプロペラエンジンを高高度から同時に爆裂矢で狙撃し破壊してもらう。墜落によるエーテライト機関の損傷を抑えるためプロペラエンジンの半分は残して不時着させて欲しい。エルフでも難しい作戦だと思うけど俺は出来ると信じている」

「うん。やる」


 この作戦の意義を理解したリーンさんがやる気を見せてくれた。

 寡黙だけどやる女だと俺は信じてるよ。頼む、エルフ様、リーン様。


「墜落した飛空艇は地上で待ち構えているオーガ族のイデアさん率いる歩兵部隊に制圧してもらう。部隊を九つに分けて速やかに中にいる帝国兵を排除して欲しい」


 そうすればチビスラがアイテムボックスで回収して広咲城にてエーテライト機関を取り付ける突貫工事を行う手はずだ。

 地上で待機するイデアさんからも了解する旨の返信がある。

 既に予想墜落地点に部隊を分けて配備済みだという。

 忖度スキルが上手くやってくれていたらしい。

 だけどあいつやっぱり俺に報告しないのね。

 また事後承諾だったし。

 そこで地上を監視ししていたエルフから報告が上がる。


「帝国軍飛空艇艦隊の一部が突出。リーン隊長!!」


 部下の報告にエルフのリーンは頷く。


「……特別作戦【プリマステラ】開始」

「「「了解」」」



◇ ◇ ◇




「あはは、見ろ。あのジェノサイドベアがゴミのようじゃないか」


 シューキュリムはすっかりご機嫌だった。

 ワイングラスを片手にもはや勝ったものと飲食まで始めくつろいでいる。

 艦橋からも災害級のジェノサイドベアの群れがなすすべなく撤退していく様子がよくわかった。


「さすがですわあ、シューキュリム様」


 猫なで声でクズハがシューキュリムにすり寄っている。


「いいぞ、弾薬費など気にするな。どんどん撃て。帝国の力を見せつけてやるのだ」


 この戦いで津軽藩を徹底的に滅ぼせば大和皇国の各大名たちも震え上がるだろうとシューキュリムは顎に手を当てて口端をつり上げた。

 しかし、喜びも長くは続かない。

 突如、空を震わせるような大音響が艦橋に響きわかったのである。

 ビリビリと船体がきしむような音がする。

 衝撃波が遠い旗艦バルバロスにもとどいたのだ。


「な、なんだ?」


 よろめきワイングラスが床に落ちてパリーンと割れてしまう。

 それをみたシューキュリムは不吉な予感を感じ取る。


「なにがあった」

「司令、あれを」


 副官の指さす先には炎に包まれて傾いていく飛空艇があった。

 シューキュリムは驚愕のあまり目をむいた。

 無敵だと信じていた帝国飛空艇が墜落していくのだ。


「ば、ばかな……」


 旗艦バロバロス艦橋にいるクルーも何が起こったのかわからず呆然と立ちつくす。

 分かっているのは飛空艇が一つ落ちたということ。


「ええい、何があったというのだ。誰か報告しろ」

「わかりません。突然飛空艇が爆発したとしか」


 副官も確認をとっているがはっきりとしたことはわからず混乱が続く。


「見張りは何をしていた。節穴かっ」


 苛立つシューキュリム。

 答えは次なる攻撃で判明する。

 空から緑の光条が降りてきたかと思えば大きな爆発を起こしたのだ。


「今のは砲撃か?」

「砲撃で爆発したっ!?」


 今度は着弾直前にどうにか視認出来た。

 といっても攻撃は大砲よりもはるかに小さいので目で捉えづらい。

 しかし、驚くべきは一撃の威力である。

 帝国の魔導大砲は直撃してもあのような爆発など起きない。

 魔導大砲はよほどの重要な船の竜骨やエンジンをピンポイントで直撃しない限り、本来砲撃戦で落ちるなどあり得ない。

 故に泥仕合のように途方もない何十、何百という砲弾をボロボロになるまで撃ち合うのか艦隊戦の常識だった。

 なのに相手の攻撃は一撃で広範囲に深刻なダメージを及ぼし、数発で飛空艇を落としていった。

 そして、またも一隻落とされていく。


「恐ろしい……。我々は一体何と戦っているのだ?」


 副官は、未知の攻撃方法と戦術を使う得体の知れない敵(=頼経)に畏怖を覚えた。

 敵を恐れる発言を耳にし、怒りをあらわに副官を睨む艦隊司令シューキュリム。


「司令。敵は五発同時に飛空艇の急所を狙い撃ちにしています。それも百発百中……これが何を意味するかわかりますか?」

「まさか、偶然だ――」


 否定しようとした矢先に次なる犠牲が増えていく。

 まるでシューキュリムをあざ笑うように飛空艇は落とされた。

 またも同期攻撃。

 副官の危惧。

 それは帝国飛空艇第一世代型の弱点が敵に知られているということ。

 相手は的確かつ正確に飛空艇を撃ち落としている。

 敵の情報収集能力。

 弱点を突く作戦立案能力。

 困難な作戦を可能にする兵の質に戦闘技術。

 自分たちは田舎者と侮っていたが、この侵攻作戦は眠れる獅子を起こすことになったのでは、と思わずにはいられない。

 副官以外のクルーの間にも今更ながらに恐怖がわいてくる。


「う、あ……」


 なにかを言おうと考える暇もない。

 手をこまねいているだけで被害が大きくなっていく。

 いち早く精神を立て直したのがたたき上げの軍人であるシューキュリムの副官だ。


「一体どこからの攻撃だっ!! 関係部署との連絡を密に、少しでもいい。情報をかき集めるんだ」


 副官が艦橋で檄を飛ばして情報を集めているとようやく手がかりを掴んだ。


「見張りの一人から、飛空艇の遙か上空より光が降り注いでいると報告が来ています」

「飛空艇の上空だと!?」


 シューキュリムと副官はガラス窓に張り付くようにして空を見上げると、奇妙な光を見た。


「一番星? いや、そんなはずはない。まだ日が落ちるには早い……まさか」


 空に輝く光に注意していると、五つの光条が同時にまっすぐ降り注ぐ。

 まるで吸い寄せられるように前方に布陣する帝国の飛空艇に襲いかかる。

 そして一隻同時に五発着弾する。

 直後爆発を起こし、炎上しながら墜落していった。


「馬鹿な、奴らは我々よりも遙か上空から攻撃しているのか?」


 それは帝国すらも到達しえない技術。

 敵には帝国の飛空艇よりも上空にあがる手段があるということだ。

 その事実を自覚すると副官は体の芯から冷めるような恐怖に震える。

 帝国はなにを相手にしているのだ?

 シューキュリムは目の前の現実を否定する。


「あ、ありえん、ありえんのだ。つまりなにか。奴らは我ら帝国よりも高く飛ぶ船を用意したとでもいうのか。ありえーーんのである。我が輩はみとめんぞ」

「しかし、シューキュリム司令。現に攻撃は我々のはるか上空から……」

「だまれええぃい」


 副官はシューキュリムに殴り飛ばされ、物理で黙らされる。

 艦橋はシューキュリムの暴挙に静まりかえる。


「ありえぬではないか。辺境の蛮族の――そのまたド田舎で帝国を上回る船だと。ふざけるなっ。そんなものあってはならない」


 現実逃避するシューキュリムをみて副官は頬をおさえながら首を左右に振る。

 冷静さを欠いた司令を飛び越え副官は指示を出す。


「突出した飛空艇をすぐに呼び戻せ」

「貴様、なにを勝手に」


 怒れるシューキュリムはしかし、クルーの言葉に振り上げた手を止める。


「敵の攻撃が止まった?」

「「なにっ!?」」


 少なくない被害を受けた飛空艇艦隊だが、ある程度後退する頃にはピタリと攻撃が止んだのである。


「どういうことだ。なぜ、攻撃が止んだのだ」


 戸惑うシューキュリムにクズハが鋭く考察をいれた。


「どうやら飛空艇が森を越えたら撃つという警告みたいねえ」


 ちょうど魔物の森の境に光の光条は放たれ爆発する。

 五つの炎が森の境界に上がり、煙が空に舞い上がっていく。

 森の境界に沿って打ち込まれた攻撃とちょうど止まった攻撃。

 偶然ではないだろうと誰もがクズハの意見に納得する。


「な、なめおってえーーっ」


 ますます沸点に迫るシューキュリムの怒りは次なる艦橋クルーの報告で限界に近づいていく。


「墜落した飛空艇より次々と救援要請が。敵の歩兵部隊から襲撃を受けているとのこと。中にはその、オ、オーガもいるらしく……」


 艦橋には通信先から悲鳴のような叫びが聞こえてくる。


『オ、オーガだあああ』

『こいつら装備が普通じゃねえ。魔導具を使ってやがる』

『魔物がなんで魔導具を!?』

『た、たすけっ……』

『ぎゃああああーーーー』


 徐々に漏れ聞こえてくる言葉は悲鳴へと変わり、次第に沈静化していく。

 そして、すぐに静かになるとシューキュリムは短い時間であっという間に墜落した飛空艇がすべて制圧されたことを悟った。


「く、くそがあああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


 とても貴族とは思えない汚い暴言を吐いて叫ぶシューキュリム。

 それを愉快そうに眺めていたのはクズハのみ。


(ふふふ、敵もやるわねえ。でもそろそろウチの蒔いたどくが芽を開く時よお。せいぜい楽しませてもらうわあ。ちゃんとすぐに切り札を配置しないとねえ。じゃないと動けない女神が死んじゃうんだからああっ。うふふふふっ)


 扇子を開いて口元を隠しつつもクズハの見つめる先。

 広咲城の天守周辺では火の手が上がり始める。

 その様子をクズハはクスクスと不気味に眺めていた。

 


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