本音

 それから武器が完成するまでの間、大和は毎日四人と修行した。


ダメージを受けるたびにコレクトを使って回復することで、魔力が尽きるまで休むことなく修行し続けた結果、大和の髪の毛は淡い赤色になっていた。



 五人は一週間世話になった旅館を後にした。


「さっき連絡があった。武器が完成したって」

電話がかかってきて席を外していた恭介が戻ってきてそう告げる。


「おーそうですか。それじゃ取りに行かないとですね。また新幹線に乗るのかー」


「いや。私の空間魔法でテレポートする。この前行ったときちゃんとマーカーを置いといた」


「なんかこの前、知り合いを目印にしてワープしてるとか言ってなかった?」


「えーっとな。あれはほんとに知り合いって意味で言ったんじゃなくてやな。でかい魔力を目印にしてるって意味なんや。私の知り合いって基本魔力量が多い奴ばっかりやし」

「そうなんだ」


「目に見えてる範囲のテレポートならマーカーとか目印とかいらんのやけど、遠かったり見えてないとこやったりするとそういうのがないと誤差が生まれるんや。遠距離をテレポートするときはでかい魔力を目印にして大体この辺かなってとこにテレポートするんやけど、マーカーがないとその周辺のどこかになってまう。まぁ別に大体近くまで行ってからもう一回テレポートすればええだけなんやけど、一回で行ったほうが楽やしな」


「この前の場合、そのマーカーってのがチョークで描いた円だったのか」


「そういうことやな。けいの魔力を目印にして大体場所を絞って、そん中からさらにマーカーを見つけることでピンポイントでテレポートできたってことや。なんとなく分かった?」

「うん。それじゃそのテレポートで武器を受け取りに行きますか」


「お、テレポートするんですね! なんか楽しみ!」

「ほないくで~。それ」

日向が指パッチンすると一瞬にして目の前の光景が入れ替わる。


この前の古びた建物にテレポートした。


「うぉ! すげー!」

初めての瞬間移動体験に大和がはしゃぐ。


「さて、どんな仕上がりになったかなー」

五人は建物の中に入った。



 前回と同じく爽やか青年が床の掃除をしているところだった。

「ん? わぁ! 今電話したばっかりなのにもう来られたんですね。びっくりしました」


「驚かせてごめん。おじいさんは下?」

「はい。自信作だって言ってましたよ」

「そりゃ楽しみだ」


前回のように階段を降りると例のじいさんが待っていた。

「こんにちは」

「来たな。そこに並べてるぞ」


じいさんが指差した方を見ると、注文した武器が床に並べられていた。

黒い日本刀が二本、白い錫杖と黒い杖。


「おー! さっすが職人さんですねー!」

大和がじいさんに尊敬の眼差しを向ける。


「へへ」

強面のじいさんは褒められ慣れていないのか照れて頭をかいた。


「そういえばずっと気になってたんですけど、どうやってゲートの素材を加工したんですか? あれはコザクラさんが砕いた破片で、本来ゲートは壊せないってことでしたよね?」


「ゲートの一部として機能してた時にはどうやっても壊せなかったし、変形させることもできなかったんだけど、壊れて破片になったやつは頑張れば加工できるみたいだよ」


「なんかよく分かりませんけど」

「まぁ納得できんことがあったら魔法ってすごいんだなーって思っとけ」

「了解です!」



 そうして武器を受け取った五人はいよいよヴォルペを発つことにした。

「次はどこに行くんでしたっけ?」


「セノルカトルってとこ。世界で一番魔法が盛んな国や」

「あと勇者の剣がぶっ刺さってるとこでもあるよ」


「そうでしたね。楽しみです! あ、でもその前にいいですか?」

「なんや?」


「そのセノルカトルってとこへは日向の空間魔法で行くんですよね?」

「せや。でもマーカーがないから国を囲ってる結界をでかい魔力として目印にするんやけど」


「ということは一回目で大体近くまで行って二回目で到着って感じですよね」

「せやで」


「一回目のテレポートの後、少しその周辺を散策したら駄目ですか?」

「えーでも結界の外だから魔族いるよ?」


「だからですよ。俺まだ魔族と接触したことないですし」

「そっかー。でもなー」

天音は悩んでいる様子だ。


「お願いします!」

「危ないしなー」

「まあいいじゃん。魔族がどんな存在なのか一回身をもって知っておいた方がいいって」


「んー」

「危なかったら私が守るから大丈夫や」

天音は少し考えた後

「そうだね。分かった」

渋々大和のお願いを聞いてあげることにした。


「ありがとうございます!」

大和は満面の笑みを浮かべる。


そして日向は全員準備ができたのを確認するとまた指パッチンをした。



 次の瞬間、五人の目の前に広がったのは廃墟と化した街並み。

人の気配はなく、かつて建物だったものは植物に覆われ自然と一体化している。


「人類滅亡後の世界みたいですね」

辺りを見渡しながら大和は思ったことをそのまま口にした。


「そうだね。そういえば僕も結界の外に出るのは久しぶりだなー」


「私は結構出てたけど」

「天姉は化け物だからねー」


「は? 私は乙女だが?」

「はいはい」


話しながら周囲の様子を確認する。


「近くに魔族はいないんですかね」

「いや、いる。来たみたいだよ」

けいが振り返りながら言う。


五人の背後には体長がヒグマほどもある犬の魔物が数匹いて、こちらの様子を窺っていた。


「そういえばなんの説明もしてなかったね。魔族について軽く説明しとこうか。人類の数を減らすためにノケデライオが作った奴らをまとめて魔族っていうんだけど、魔族の中でも特に動物みたいな奴らを魔物っていう。こいつらは魔物だね。魔族ってのは基本魔物のことを指すわけだけど、たまーに人型の魔族がいたりする。そういう奴はとんでもなく強いからもし見つけても近づいちゃ駄目だからね。まーそんな奴十年に一度現れるか現れないかって感じなんだけど。そんでこの世界の魔物は結界ができたことで人間と戦うことがなくなったじゃん? だから死なずに長生きしてる個体が大多数を占めてるわけよ。そんでもって長生きしてる奴ほど魔力量が多いし、強力な魔法を使うの。つまり何が言いたいのかっていうと、この世界の魔物に雑魚はいない。大和が勝てるような奴はまずいないよ」


「……それもうちょっと早く教えてほしかったです」


「ごめんごめん。魔族と接触した時に説明すればいいやって思ってたけど、もっと早く言っとけば良かったね」


「こいつらは風の魔法を使う犬やな」


「こっちの様子を窺うばっかりですね。……ん? あれ、う、でが……」


腕が無い。

右腕の肘から下が無くなっている。


「こ、コレクト!」

気づくと同時に自分に対してコレクトを使用する。


途端に腕が元に戻った。

だが一瞬感じた痛みが脳裏にこびりついて離れない。


「はっあ、はっ、はっ、っ!」

大和は過呼吸になってしまった。


目の前の魔物は自分の命を簡単に奪うことができて、そんな相手から殺意を向けられている。


それを身を持って思い知った大和は恐怖のあまり立っていることさえ出来なくなった。


しゃがみ込んでしまった大和に鋭利な風が迫る。


先ほど大和の腕を切り落とした風だ。


戦意喪失してしまった大和は迫りくる風を避けることもできず、ただ目を大きく見開いた。


風が大和に当たる直前で日向が大和の方に杖を向け

「プロテクト」

と呟いた。


すると大和の周りに球状の結界が現れ、風から大和を守った。


それをただ呆然と眺めるだけの大和。

これ以上は危険だと判断した日向は指をパチンと鳴らした。



 五人はセノルカトルのとある田舎町にテレポートした。

大和の様子は少し落ち着いたようだ。


「大丈夫?」

けいが声をかけると


「……はい」

かすれた声で大和は返事した。


「え、えーっと。とりあえず今日泊まるとこに行こうか。今日はどこに泊まるんだっけ?」

「また旅館」


「旅館ばっかりだね~。ねー大和」

「……はい。そうですね」


さっきの出来事が相当堪えているようだ。


こんなところに突っ立っていてもどうにもならないので、ひとまず今夜の宿に向けて移動することにした。



 旅館に着いた。

前回のよりも少し立派な建物だ。


玄関からすでに情緒がある。

照明もお洒落なものだった。


普段の大和であればはしゃぐだろうが、今は魂が抜けたように黙っている。


ご飯を食べる時も風呂に入ったときも大和はずっと暗い顔をしていた。


そして風呂から上がって部屋に戻ると

「すみません。今日は修行休ませていただきたいです」

「うん。分かった」


ここまで傷心している相手に野暮なことを言うものじゃない。


さっきまで何か言葉をかけて励まそうと思っていた恭介たちだったが、想像以上に参ってしまっている大和を見て、今日のところはそっとしておいてあげようと考え直した。



 大和が寝たのを確認すると僕と恭介は部屋を抜け出して外に出た。


この旅館は庭に出ることができて、そこで池の鯉を眺めたり、時代劇などで見かける茶屋の店先にある赤い布が敷かれた椅子に座って休憩したりできる。


庭に出ると、天姉と日向が鯉を眺めながら待っていた。

四人で椅子に座って今日のことについて話す。


「ほんとに良かったのかなー」

天姉が浮かない顔をする。


「しょうがないでしょ。大和のためだよ」

「そうは言ってもさー。ヒーローになるんだって頑張ってたじゃん」


「そうだけど。ついてきたって結局死ぬだけだよ」

「んー。でもさー魔力が回復できるのは結構ありがたくない?」


「大和が有能か無能かなんてどうでもいいんだよ。大和はこの世界に対して何の責任もない。巻き込んじゃいけないんだ」


「だからここに置いてくの? 可哀想だと思うけどなー」


「僕だってそう思うよ。大和が一生懸命だったのは見てたし、できれば連れて行ってあげたい。ヒーローにもしてあげたい。でもしょうがないじゃん」


「こっから先は本当に危ない。大和の安全を思うからこそ、そろそろ決断しないと」


「置いてくべきやろな」

「え~」

天姉は納得していないようだ。


今日のことについても天姉は反対していた。


一緒に過ごすうちに情が移ってしまって大和の

「ヒーローになりたい」

という願いを叶えてあげたくなってしまったのだろう。


だが、そんな中途半端な優しさは結果として大和を殺してしまうかもしれない。


そうならないようにするために僕たちは今日、行動した。



 僕たちは、大和が魔物に恐怖を抱くことになるように誘導したのだ。


日向のテレポートの仕組みについて話すことで、一度結界の外に出ることを強調した。


そうすれば魔族に興味がある大和は結界の外をゆっくり見てみたいと言い出すということが分かっていたからだ。


そして魔物の不意打ちの風魔法をあえて無視して大和に大怪我をさせることで、魔物に対するトラウマを植え付けた。


こうすることで大和はもう自分たちに同行しようとしないだろうと考えたのだ。


大和は真剣に夢を追いかけている。

だから周りの人間が何を言っても諦めない。


だったら大和自身に夢を諦めてもらうしかない。

残酷かもしれないが、僕たちについてきても死ぬだけ。

この辺が潮時だろう。



 恭介とけいが部屋を出るのに気付いた大和はこっそり後をつけた。

そして四人の話を盗み聞きした。


会話の内容が全て聞こえたわけではないが、大体どういう話なのかは理解できた。


「俺を諦めさせるためってことか……ハハ。なんだよそれ」


みんなと修行して、必死に努力して、強くなろうと頑張った。

少しずつ強くなっている実感もあった。

この世界で俺は憧れのヒーローになるんだって息巻いてた。


でも……みんなは俺を認めてくれているわけじゃなかった。

俺が馬鹿げた夢を追いかけていることに同情していただけだった。


最初から本気で連れて行くつもりなんてなかったんだ。


「クソッ!」


俺は旅館を飛び出した。

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