第10話 鉄塊よりも重きもの
◆
「……だいたいわかった。で、武ノ里へ来たってわけだ。しかし、その黒兎を殺した鎧武者って奴は、俺も当てがある。ウチは
仁道家の畳敷の立派な居間にて。私と残花がこれまでの経緯を話すと、断十郎が低い声で話す。
「最近各地で暗躍してる奴だ。……三ヶ月前、ウチの親父も何者かに殺られたが、丁度その頃から奴が現れ始めた。俺は、鎧武者が親父を殺ったと見てる」
断十郎は真剣な顔でそう言った。残花は驚く。
「何だと! 巴と並ぶあの勇壮な
「ああ。公には病死としてある。武家の総大将が灰人に暗殺されたなんて知れたら大混乱になるからな。……だから今は俺が仁道家当主だ。歓迎はされてねえが」
断十郎は目をそらし、吐き捨てるように言った。……家の者達の態度は、それでか。きっと立派なご当主だったんだろう。それが殺されて急に当主が変わってしまって、きっと断十郎は信用されてないんだ。とても大きな屋敷だもん、一筋縄では行かない何かがあるんだ。断十郎には悪いけど、そのなりはどう見ても荒くれ者で、武家を率いる総大将には見えないし……。
残花が労いの言葉をかける。
「さぞ苦労が多いだろう」
「……俺は親父みたいにはなれねえ。
断十郎は床の間の大刀にちらと目をやり、またこちらを真っ直ぐ見て言葉を続ける。
「――ぶった斬ることだけだ」
その瞳は、斬灰刀と同じく、ずっしりと鈍く光る。覚悟の目だ。……正直、武家の総本家の当主というものがどれだけ重いものなのか、私にはわからない。でもきっと断十郎の背には、あの巨大な斬灰刀よりもずっとずっと重い荷が、のしかかっているんだ。
「鎧武者は神出鬼没。もし目の前に現れたら、絶対に俺が斬る。取んじゃねえぞ、残花」
「……俺は俺の斬るべき者を斬るまで」
残花は肯定も否定もせず、淡々と言い放った。断十郎は胡座をかく膝にぱんと手を打つ。
「ま、それはそれとしてだ。まずは明日の天下一御前試合だ。俺は、力を示さなきゃならねえ。天下の合戦に向け、上に立つ者として」
断十郎はぎろりと残花を睨み付ける。
「出ろ、残花。
「そうすれば、当主として認められる……か?」
残花の言葉に、断十郎はだんと畳に拳を打つ。
「俺もな、そんな理由で
断十郎は言葉を途中で飲み込み、吐き捨てるように顔をそらした。残花は頷く。
「……いいだろう。出よう、天下一御前試合に」
残花の言葉に、断十郎の顔が色を取り戻し、にいっと口角が上がる。
「おお、そうでなきゃ始まらねえ。言っとくが、わざと手え抜くような真似すんじゃねえぞ。んなことしたらマジでぶった斬ってやる」
「無論、出る以上手は抜かん」
断十郎はだんと勢い良く立ち上がる。
「うし! 俺の方で出場の手続はしといてやる。今晩は泊まっていけ、万全の状態で出られるようにな」
「待て」
襖を開けようと手をかけた断十郎に、残花が座ったまま声をかけた。断十郎が振り向く。
「何だ?」
「タネも出る。併せて手続を頼む」
……え? 残花、今なんて? 私の聞き違い?
「はあ? ふざけてんのか」
断十郎はじろりと私を見下ろしながら残花に問う。いや、私を睨まれても! 私も今初耳なんだから! 残花は私を見て言う。
「これから灰人との戦は熾烈さを増す。どうせ足止めを食うなら、腕を磨いた方が良い。タネ、お前も出てみろ」
「ええーっ!? ホントに私も出るの? だって天下の武人が集うんでしょ、私なんか場違いだって!」
私はぶんぶん手を振って否定する。いや、残花とか断十郎が戦うようなやつでしょ!? 無理でしょ! 残花は私を真っ直ぐ見て真剣に言う。
「天下一御前試合は、行儀の良い一対一の試合ではない。広い山を舞台に参加者が散り、顔を合わせた者が順次試合を行っていく。武器は木製なら何でも良く、お前の樹法なら使用して問題ない。実戦的な状況で武人達に思う存分樹法を振るえる、またとない機会だ」
……うーん、そう言われるとちょっと出てみたいかも……。正直私は、残花ほど戦い慣れてはいない。樹法の訓練も母上としかしてこなかった。これからの戦いに、不安が無いと言えば嘘になる。
「……わかった。やってみる!」
「良し、よく言った。断十郎、頼む」
残花は私の言葉に微笑みながら頷き、断十郎に声をかけた。断十郎は渋々頷く。
「……いいだろう。せいぜいくたばらねえように気を付けるんだな。俺は家の者に手続させてくる。この部屋は自由に使え。食事や布団は後で運ばせる、風呂も好きに入るといい。じゃあな」
そう言うと断十郎はばんと襖を開け、どかどかと廊下を歩いて行った。え、至れり尽くせりじゃない!? お風呂にも入れて、畳間に布団で寝れるなんて最高! 断十郎、見直したぞ!
◆
――こうして、天下一御前試合に出ることになってしまった私。もうじたばたしても仕方ないので、お言葉に甘えて仁道家の泊を満喫することにした。
立派な
あー、長旅の疲れが癒えていく~。お腹もいっぱい、大満足。まだ青い上等な畳の上にふかふか布団を並べ、心も体もすっかり緩みきった私は、すやすやと幸せに眠った。
……明日の天下一御前試合が、観客も巻き込む生死をかけた
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