第36恐怖「我が家のご先祖さま」

 体験者:Hさん


 私の実家では、私たちと一緒にご先祖さまが暮らしていた。

 はて、と首をかしげるかもしれないが、言葉そのままの事実であるから仕方ない。

 言葉どおり、本当に、ご先祖さまと共同生活を送っていたのだ。


 私は一人っ子で、両親と祖父母の五人暮らしだ。しかし、食卓にならぶ食事はいつも六人分出される。就寝時には祖父母の部屋の布団が一人分多く用意される。物心ついたときからずっとそうだった。

 小学校低学年のころ、私は両親にたずねたことがある。


「なんで、ゴハン、六つなの?」


 両親は顔を見合わせ、それから祖父のほうを向いた。祖父がかわりに答えた。


「ご先祖さまの分だ」


 以来、私はなんの疑問も持たずに、それが当たり前のことだと思って生活を送った。

 高学年にもなると、仏壇には仏壇でお供物があるし、やっぱりウチは変だなーとなんとなく思い始めたが、それだって、「どのウチにも変な習わしの一つや二つあるだろう」と、深くは考えなかった。


 しかし、高校へあがったときのことだ。

 私は、中学の時から切望していた携帯電話をついに買ってもらった。当時はいわゆるガラケーだ。嬉しくて、毎日のように友人とメッセージのやり取りをしたり、一日中ネットサーフィンをしたりした。でも、一番ハマったのはカメラ機能だった。どこでも簡単に写真を撮ることができる魔法のような機能に魅了された私は、あちこちの風景や日常生活を写真におさめた。


 そんななかで、夕ご飯の何気ない風景をいくつか写真におさめた。母が作ってくれたテーブルに並ぶ品々や、祖父母が「いただきます」と手を合わせている様子、あるいは、「携帯をしまいなさい!」と注意する父の顔など。


 夕ご飯を食べ終え、部屋に戻ってから、撮った写真を見返した。美味しそうに撮れている肉じゃがを見てニヤニヤしたり、父の変な顔を見て笑い転げたり。

 ところが、とある一枚の写真を見た時、私はぎょッとして携帯電話を放り投げた。


 ──心霊写真だ!


 それに気づいた瞬間、すさまじい寒気に襲われた。

 見まちがいではない。ご先祖さま用に出されたお膳の前に、見知らぬ女性が座っていたのである。


 恐ろしくて、ほんの一瞬しか確認できなかったが、それは間違いなくハッキリと写り込んでいた。古めかしい着物姿で、顔色がとても悪く、切なげな表情を浮かべているのが印象に残った。


 もう一度確認したかったのだが、恐ろしさのあまり、とても自分一人では見る気がおききない。私はそろそろと携帯電話に近寄り、汚いものに触れるときのように指先でつまんで、両親のいる居間へと向かった。


「ちょっと、これ見て! ご先祖さまがいる! 本当にいる!」


 女性が座っていた席を注意深く観察しながら、私は食卓に残っていた家族に声をかけた。

 テーブルの前に座してテレビを見ていた父と祖父は、怪訝そうな顔をして、私を振り返った。


「なんだよ、大声で」と父が言い、

「そりゃお前、いるべよ」と祖父が言った。


「ちがうって! 本当の本当に、すぐそこにいるの! これ、見て!」


 携帯電話の画面を二人に見せる。


「ね、いるでしょ?」


 すると、みるみるうちに二人の顔が青ざめていった。やっぱり勘違いではなく、ご先祖さまが確かに写っているんだとわかった。

 沈黙を破ったのは祖父だった。


「誰だこりゃっ!!」


 祖父は怒りをあらわにして、携帯電話を引っ掴み、画面を睨みつけた。


「おらぁ、こんなヤツ知らねえぞ! このっ、お前……勝手にウチへ上がりこんで!」


 そう叫んで、携帯電話を今にも叩き割ろうと振り上げる。


「ちょ、やめてよっ!」


 私は慌ててそれを制した。


「こっちじゃなくて、ご先祖さまがいるのはそこの席!」


 女性が写り込んだところを指さす。

 祖父は興奮しており、


「ご先祖さまにこんなヤツはいねえ! ぜんぜん知らんぞ、こんなヤツ!」


 と叫んだ。


「えっ、じゃあ誰なのこれ!」


 私も負けじと叫び返したが、祖父はそれには答えず、ズカズカと台所へ行き、何事かと慌てていた母を押しやって、塩の入った袋を持ち出した。そして、居間中に塩をバッサバッサと振り撒いた。


「出てけ、貴様ぁ!」


 それからはみんな大騒ぎだった。母はオロオロ、父もオロオロ、祖母はやけに冷静に塩撒きに参戦。あとから私も参戦。

 一晩明けて、朝からみんなで大掃除をした。

 落ち着いてから、私は母に聞いた。


「そもそも、ご先祖さまにご飯を出すようになったのって、なんでなの?」


 すると、母は眉をひそめて言った。


「アンタが最初に言い出したんだよ」


「え?」


「家に知らない人がいて、いつも遊んでくれるんだーって、まだ物心ついてないアンタが言ったのよ。それを聞いたおじいちゃんが、『その人はご先祖さまだから、大切にしなきゃなんねーぞ』って。それから、たぶんアンタが、『じゃあ、ご飯出さないとかわいそうだよ!』みたいなことを言ったのよ、たしか」


「私がきっかけ!?」


「そうだよ」


「じゃあ、あの女性の霊はそのときから何年もずっと……」


 想像するとゾッとした。ご先祖さまだと思って丁重にあつかっていた存在が、全く知らぬどこぞの霊だったなんて……。

 だが、もしかしたら、祖父が知らないだけで本当にご先祖さまだったのかもしれない。あるいは、ご先祖さまでなくても、家を守ってくれるような有益な霊だったかもしれない。考え出すと、想像は尽きなかった。


 しかしその後、霊感があるという知人から、


「なにアンタ、ついに悪いものが離れたっぽいねー」


 などと言われた。たしかに、その一件以来、なんだか体調が崩れにくくなったように思う。ホッと一安心……ではあるのだが、今では、なんだかちょっと寂しいような気がしないでもない。

 思い返すたびに、変な気持ちになる。



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