クッキー事件 前編
週が明けて月曜日になった。今は4限目の家庭科の時間。本日の家庭科の授業は3、4限目を利用した調理実習で、各自クッキーを作って先生に提出する事になっている。何故クッキーかというと、甘いもの好きの先生の趣味だそうだ。
普通こういうのって各班に分かれて1食分の献立を班員全員で制作…とかだと思うのだが、うちの高校はどうも違うらしい。…教育課程って教師の裁量でそんな簡単に変えていいものなのか疑問である。
すでに俺たちは3限目の時間で生地をこね終え、そして生地を休ませた。あとは型を抜いて焼くだけだ。
「結構上手く出来たんじゃないか?」
「まぁクッキーなんて生地をこねて休ませて型を抜いて焼くだけだからな。よほど不器用な人でもない限りそこそこの出来にはなるだろう」
「そういうもんか」
俺と茂雄は軽口を交わし合いながら淡々と調理実習の作業をこなしていく。ちなみに作ったクッキーは先生に提出する分以外は自分たちで食べて良いらしい。
なのでこの4限の時間でクッキーを焼いて、昼休みに冷ましたクッキーをおやつがてら食べようとしている生徒が多いようだった。
中には女子から「手作りクッキー」を貰おうとソワソワしている男子もいるようだ。気持ちは分かる。俺も女の子の作ったクッキーを食べてみたい。
ま…悲しい事に俺たちにクッキーをくれる女の子なんて1人もいないんだけどな。ハッハッハ! …はぁ、自分で言ってて悲しくなってきた。
中でも1番人気はやっぱり「聖女様」である九条さん、クラスカースト上位の男子が彼女からなんとかクッキーを貰わんと話しかけている。
「九条さん、よかったら僕にクッキーくれないかな?」「天子ちゃん! クッキー頂戴!」「九条、モテない俺にクッキー恵んでくれ!」
彼女に話しかけている男子の中には当然満潮もいた。…やっぱりあいつ九条さんの事好きなのか。というか「モテない」って…お前他の女の子からはモテモテじゃないか。
「うーん、ごめんね。先約があるんだ」
彼女は顔の前で両手を合わせて可愛くほほ笑み「ごめんね」をする。九条さんのその発言に話しかけていた男子たちが固まった。
「え゛…。先約ってクッキーをあげる人が決まってるって事か?」
「うん、ちょっとこの前のお礼にと思って」
「だ、誰?」「九条さんのクッキーを貰えるラッキーボーイがいるとな?」
「ナイショ!」
口の前で人差し指を立てて「シーッ」という仕草をする九条さん。その仕草もまた可愛らしい。彼女はそのまま型を抜いたクッキーをオーブンに入れに行く。クッキーを貰えなかった男子たちは呆然としながらそれを見送った。
へぇ、九条さんが誰かにクッキーをプレゼントね。好きな人にでも送るのだろうか? 俺でない事だけは確かだろう。九条さんも年頃の女の子だもんな。好きな人の1人ぐらいいてもおかしくない。
あれ…ちょっと心が痛む。なんでだろう。最初から芽なんてないはずなのに。
出来上がったクッキーを先生に提出して4限目の家庭科の授業は終わった。
○○〇
4限目に続く昼休みの時間、俺は昼飯が少し物足りなかったので調理実習で作ったクッキーを食べようと家庭科室に向かっていた。そろそろいい塩梅に冷えている頃だろう。
クッキーは焼きあがった時は柔らかくホロホロとしていて、少し時間を置いて冷ますとカリッと歯ごたえのある硬さになる。どちらも美味しいが俺はカリッとしたクッキーの方が好きだった。
俺が家庭科室の扉を開けると中には3人の女生徒がいた。彼女たちもクッキーを取りに来たのだろうか?
「あの女…またあたしの満潮君に色目使いやがって! 許さない!」
「性女様、クッキー誰かにプレゼントするって言ってたよね?」
「どうせ満潮君に決まってるわ! あの時は他の男子の手前ああ言っただけで、本当はイケメンの満潮君にプレゼントしたいに決まってる! あたしだってそうだもん!」
「やっちゃえ佐枝子!」
見るとその3人はギャルの夕闇佐枝子率いる3人組だった。あいつら…また何かやるつもりなのか。この前の1件でもう懲りたと思っていたのに…。
夕闇たちが何かをしでかす前に止めようと近づいていくと、夕闇はクッキーの乗ったお盆を手に持ち、それを流し台の蛇口へと近づける。そして蛇口をひねった。
蛇口から水が流れ、クッキーがビチャビチャになってしまった。…あれではもう食べられない。
「キャハハハハ! ざまぁないわ! 性女のクッキービチャビチャ!」
クソッ…間に合わなかった。九条さんのクッキーをよくも!!!
俺は怒りに任せて彼女たちの肩を掴んだ。そしてありったけの眼力を込めて睨みつける。
「おい…お前ら自分たちが何したのか分かってんのか?」
「あ゛!? なんだよ? ひぇ…ご、極道」「あわわわわわ…ヤバいよ佐枝子、なんか極道むっちゃ怒ってるよ!」「キャー! 殺さないで…頼むから命だけは…」
「何したのか分かってんのかって聞いてんだよ!!!」
俺が怒鳴り散らすと3人は腰を抜かしてその場に尻もちをついた。取り巻きの1人はあまりの恐怖にチビってしまったようで、辺りにアンモニア臭が立ち込める。
「ご、ごめんなさい。ほんの出来心だったんです…。だからソ〇プに売るのだけは勘弁してください…」「シャブ漬けイヤァー!」「ああああああああああ…」
夕闇たちは涙目になりながら俺に土下座してきた。
「言ったな。もう絶対するなよ。今度やったら…どうなるか分かってるよな?」
「は、はぃぃ…」「ごめんなさーい…」「許してー!」
彼女たちは大慌てで家庭科室から逃げて行った。
◇◇◇
書いていて長くなったので前編・後編に分けます
ちなみに九条さんがクッキーをあげる相手は当然あの人です。
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