第16話 会う度に問題が増えるバグ

 ネコニコ商会の屋敷から出た俺は、また露天を巡りながら地図と睨み合っていた。

 次の目的地たる泥晶の森と、そこの探索拠点となるだろう街、シガレド。

 それらのある場所が今から訪れるには流石に難易度が高く、少々頭を悩ませているのが現状だ。


 このゲームの舞台たるディザイア大陸はドーナツ状、即ち円の中心に穴が空いた形となっており、そこを丁度三等分する様に各国の国境が敷かれている。

 そして、国境付近と海の付近––––––––ドーナツの外縁部と内縁部に近付くほど敵は強くなると云う仕様らしい。


 なお、件のシガレドはベーテン帝国との国境付近かつ内海に接している。

 ……今行くには敵が強すぎるのでは、と思わざるを得ない。


「レベリング、は無理ですよねそもそもレベルの概念無いし。スキルの入手は……運が絡みますし、強い装備の入手?武器は手に入れたので、必然的に防具ですよね」


 がっつり初期防具な白いローブを見て装備の更新を検討するが、すぐに当然の疑問が頭を過ぎる。

 

 どうやって?

 

 街の防具屋などで売っている装備の性能は初期装備と五十歩百歩、かと言って今から強いローブを落とすモンスターを探してマラソンするのも現実的ではない。

 誰かに作って貰おうにも裁縫師のツテは無いし、第一強い防具の素材になるようなアイテムは持っていない。


 結局どれだけ考えても堂々巡りな事に巡り巡って気が付いた俺は、最終手段として一つの策を実行すると決めた。

 それこそが、目的地シガレドへの特攻であり突貫である。

 

 強い魔銃を入手したのだから武器はヨシ、なら後は一発も攻撃を喰らわなければ問題ナシ。

 これを勇気と取るか蛮勇と取るか、はたまたただのやぶれかぶれと取るかは人によるだろうが、何であろうとシガレドの敷地を踏んだ瞬間に俺の勝ちだ。


 再度地図と睨み合っては道中の使えそうな休憩地点にピンを打ち、何とか今日中に辿り着けそうな移動計画を練るのだった。


 * * *


 計画も組み終わり、なけなしのゴルドで回復ポーションも購入していざ旅へ出ようと一歩を踏み出した瞬間、視界の端に通知が表示される。


『リシアがログインしました』


 通知を見た瞬間、俺は起こり得る最悪の未来を想像して身震いする。

 

 どんな顔して会えばいいんだよこれ。

 

 普通に昨日と同じように、あくまでもリシアさんとは昨日初めて会ったばかりのアクセンとして振る舞えばいいのか?

 いーやいやいや出来る気がしない、緊張の末に失言する気しかしない。

 何を言ったら失言になるのか特に思いつかないけど、とにかくやばい気がする。


「よし、逃げましょう。街中に居ない限りはファストトラベルで俺の元へ飛ばれる心配もありませんし、今すぐ街の外へ––––––––」

「や、こんにちは。アクセン、今日は何する?私に手伝える事があったら何でも言ってねー!……で、ええと……そのー……いやあ、ね?」


 走ろうと体勢を変えた俺の肩を元気よく叩いてきた女性は、一通り捲し立ててから目を逸らして気まずそうに距離を取る。


「リシアさん、そんな無理して俺の元へ来なくても良いんですよ?」

「だって……視聴者が会いに行けって急かすから……あ、今配信中です」

「いつも遅いですね報告が」

「……はい、ごめんなさい」


 一歩、また一歩とリシアさんは後ろへ下がっていく。

 これはもう再度全力ダッシュで逃げても許されるのではないだろうか、とは思ったものの実行に移す勇気はない。

 俺よりも焦っているリシアさんを見て逆に頭は冷えてきたし、少なくとも俺は冷静さを保てそうだ。


「……それでえっと、今日は何をする予定なのアクセン……さん。そういえば私って君に対してちゃんと敬称付けてたよねそうだよね答えて!?」


 少なくとも冷静さを保てそうだ。

 だから問題は、ヒートアップして高速で話し続けているリシアさんを如何にして冷却するかなのだが、本当にどうしようかなあこれ。


「別にさんでもちゃんでも好きに付けてもらって構いませんし、付けなくても怒ったりはしませんよ。リシアさんの落ち着く方でどうぞ」

「やっぱりカル……アクセンならそう言ってくれるとは分かってたけどありがと、なら遠慮なく呼び捨てにさせて貰うね!ああそうだそういえば一個絶対に謝らないといけない事があるんだけどさ今日雑談配信で––––––––」


 うーん困った、アイテムボックスに水バケツは入っていない。

 一回キルしたら頭を冷やしてくれるだろうか、でも懸賞金がかかるのは嫌だし、そもそもフレンドを手にかける趣味もないしな。


「––––––––アクセンとカルメ焼きが同一人物だって口滑らしちゃった」

「は?」

  

 は?


「はい?」

「……ごめん、本当にごめんなさい」

「はあ……ええ……?なんでえ?」

「誘導尋問の達人みたいな人が連続でスパチャしてきて……それで。私多分本当に配信者向いてないですごめんなさい」

「……幾つか確認したいので一旦落ち着いて下さい。それと配信も一時的で良いので切って頂けると助かります」


 これまでの不安と疑念を吹き飛ばすだけの一大ニュースを聞いて、昨日アパートで鉢合わせた時と同等の悪寒が走る。

 一番最悪かつ現実的にあり得る影響は、プレイヤーカルメ焼きに恨みを持った人間がディザオンの方にも現れる事。

 再三の話となるが、俺は結構恨みを買っていたのだ。

 

 悲しきかな、怨嗟とは無関係な新天地で管理社会ディストピア的でない金策を行い巨万の富を築きたかったのに、僅か二日目にしてその計画にヒビが入ってしまった。


「うん大丈夫、配信は切れた。切り忘れも無し」

「それは良かったです。失言の二次災害が起こらないのは良い事ですからね」

「あはは……」

「他のプレイヤーに万が一聞かれても困りますし、街からは出ましょうか。折角なので俺の野暮用にも付き合ってもらいますよ」


 今後の事について考えながら、早足で街の外へと向かう。

 

 懸念点と仲間は増えてしまったが、目指す場所は変わらずシガレド。

 先に計画していた、一旦道を外れて小規模な集落に寄りリスポーン地点だけ更新するルートも変更しない。

 リシアさんが増えたところで、今日中にボスのクリスタラプスを倒す事は叶わないだろうが、そっちは長期的にどうにかしよう。


「じゃあ話し合いましょうかリシアさん。大丈夫ですよ、先生怒りませんから」

「それで怒らないケースを見たことないかなー私!でも安心して流石に個人情報は漏らしてないから、本当にカルメ焼きイコールアクセンって言っちゃっただけだから!」

「なーんも安心できる訳ないでしょうよ。……と、モンスター。詰問は後にして、今はアレに対処しましょう。試したい武器があるので、俺に任せてくれませんか?」

「全然良いけど、確かアクセンさんってスキル使う為に素手なんじゃ……」


 少しぬかるんだ草原の土を踏み締め、泥の色をした体長1メートル程のカエルへと銃口を突き付ける。


「たまたま親切な方より貰ったんですよ。武器を持つのが左手だけなら、スキルの発動条件にも抵触しませんから」


 ––––––––軽快な発射音を伴い、白色の光弾が飛翔する。

  










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