第5話 フルダイブ飲酒は法に触れるのか?

 俺は今、犯罪者系配信者と丸い木のテーブルを囲んでエールを飲んでいる。

 ここは仮称冒険者通りにあった酒場であり、周囲には酒に酔ったNPCと酔えない筈なのに悪酔いしているプレイヤー達がたむろしていた。

 俺自身は騒がしい場所を得意としていないのだが、リシアさんに先刻の襲撃のお詫びとして連れて来られたので、断る訳にもいかなかった。


「ところで、フルダイブで酒飲むのは未成年飲酒に該当するんですかね?」

「あー、そういや前SNSで揉めてたね。アルコールが入ってる訳じゃないし、味の再現でしかないから法的には問題ないらしいよ?そもそも、それで引っかかるなら私もリアル前科持ちになっちゃうし」

「ですよねー。……そういや配信中って言ってましたけど、今の発言大丈夫です?」

「……あ、やべ」


 リシアさんはスッと青ざめると、そのまま空中で手を動かす。

 俺の視点では何をやっているのか見えないが、恐らくはメニューを開いて配信を切っているのだろう。

 配信者というのも、気を付ける事が多くて大変だな。

 

 これは余談だが、ディザイア・オンラインは動画配信を推奨している。

 PCとFVR機器を繋ぐ事でゲーム内から配信ソフトにアクセスする事も可能な為、配信規約の緩さも相まって他のフルダイブMMOと比べても配信のハードルが非常に低い。

 ディザオンは現在発売されてから一ヶ月が経過しているが、遊んでいる配信者の数は減るどころか増え続けているとか。


「ひっさしぶりに肝が冷えた……アクセンさんってリアル誘導尋問技能持ちです?」

「まさか。俺が法に引っかかるかと思って聞いたら、リシアさんも未成年だったというだけの話なので……MMOの三大タブーは性別、年齢、仕事ですから。これは俺が浅慮でしたよ、すみません」

「私も配信してたの忘れてたし、今のは完全にミスだから気にしないで。そして流れでタブーに踏み込むんだけど、アクセンさんって高校生だったり?」

「いや、大学生ですね。俺にはバレて困るフレンドもリアルの友人もいませんから、別に聞かれてもそこまで困らないんですよ」

「分かる分かる、私も配信者じゃなきゃその辺気にしない人間だっただろうし」


 リシアさんはザ・ファンタジーな木のジョッキを呷り、勢い良くテーブルに叩きつける。

 その動作が完全に酒場のチンピラだったが、しかしこの人がやらかしたらしい事はその辺のチンピラよりも凶悪なんだよな。


 ゲーム内でウザ絡みしてきたリスナーを叩き斬り、路上で煽ってきたプレイヤーも串刺しにした結果、彼女は現在実に十万ゴルドの懸賞金を掛けられているそうな。

 金策の難易度が高いらしいこのゲームにおいて、殺すだけで大金が出るのはあまりに魅力的だ。

 その結果多くの賞金稼ぎに命を狙われる身になったらしいが、ぶっちゃけ自業自得なのではないだろうか。


「でもリシアさん、それだけの実力があるのに何でトリケラトプス的な奴から逃げていたんですか?普通に倒せば良かったのでは」

「それなんだけど、私の持ってるスキルが状態異常に特化しててさ。あの恐竜野郎にデバフ通らんかったから、2エリアくらい跨いで逃げてきた」

「そんなに追われるものなんです?」

「それが追われちゃったんだから仕方ない。フィールドボス的なのだと思ったから逃げたのに、なんかずっと追ってくるんだよね」


 フィールドボス。

 確か、ダンジョン最深部に居るボスとは別で、複数パーティーで挑む事が推奨されているモンスターだったか。

 もしそれが本当だとしたら、今頃そんなのが連れて来られてしまったこの街の正門前は大惨事だろうな。

 流石に時間経過で元いた所に戻るだろうが、もうちょっとあそこで眺めていた方が面白かったか?


「……肉、めっちゃ美味しい。ソースも美味しい。高いからって今まで頼んでなかったけど、勿体無かったなー。ほらほら、アクセンさんも食べなよ」

「でしたら遠慮なく……本当だ、これ美味しいですね。グルメ目的でFVRに手を出す人も居るって話、分かる気がします」


 串に様々な部位の肉が複数個突き刺され、恐らくは炭火で焼かれただろう料理……少なくとも鳥ではないので焼き鳥と呼称は出来ないが、何だったっけ。

 シュラ……いや、シェラなんちゃらみたいな名前の料理だった気がする。

 だが確か、あれって串からそのまま食べる訳じゃなかった様な。

 ま、美味しいのでどうでもいいか。


「こっちの肉も美味しいな……何の肉かは分かりませんけど。リシアさんも大変ですね、街中でまで襲われるなんて。賞金首状態って、一回死ねばリセットされたりしないんですか?」

「リセットはされるよ?でも、所持金が全損するから当分はこのままかなー。トップ層のプレイヤーに狙われるのでもなければ多分負けないし。それと、街中で襲われるのは結構なレアケースだからね」

「え、そうなんです?」

「まあね。街中でのPKはデメリットが大きくて、相手が賞金首だろうと攻撃を当てた時点で自分にも賞金が掛かるから、割に合わないんだよ。だから、さっきのは過去に私が殺した賞金稼ぎの人じゃないかな?復讐目的ってやつ」


 復讐、か。

 元いたゲームでも定期的に聞いたワードだが、俺はこの言葉が大変に嫌いだ。

 何故か。

 そりゃあ当然、大抵の場合において俺は復讐される側だったからだ。


 いやね、そりゃあ俺にも非はあったのかもしれないし、ウチのギルドが市場独占まがいの事をしたのも悪かったのかもしれないけどもさ、ありゃ一介の学生が買える喧嘩の量じゃなかったよ。

 とはいえ規約アウトレベルの暴言やら何やらはギルメンの内の一人が対処してくれてたし……あの人、今何やってんだろうな?


「そうだ!忘れてたけど、アクセンさんにフレ申請投げていい?悪い人じゃ無さそうだし、配信外で一緒に遊べるフレも欲しいからさ」

「本当ですか?俺で良ければ、是非お願いします」

「良かったー、ありがと!それじゃあ私、ちょっと用事もあるしログアウトするね。また一緒に遊びましょう!……それと、私の配信は興味本位で見ない方がいいよ」

「えっ、そこは宣伝するとこでは」

「……言ったじゃん?治安が世紀末だって。それじゃ、さよならー」


 フレンド申請を承認し、軽く手を振って別れる。

 ……リシアさんには悪いが、後で配信は見させてもらおう。

 あそこまで言われると、どうしても気になってしまうからな。


 だが、今やるべきはイナリさんとの合流だ。

 俺も一旦ログアウトして、今どこに居るのか聞いてくるか。

 この現代において基本メール以外の連絡手段を持たない変人ではあるが、ただメールのチェックだけは早いからな、彼。

 流石にフルダイブ中だと見れないだろうが、メールは送るだけ送ってこよう。

 

 










 

 

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