第16話・餞別
「美容院に行くわよ」
姉が引きずるように俺を美容院に連れて行く。
何年もほったらかしていた髪を整えられた。
トリートメントまでする必要があるとは思えない。
髪の毛がくさくなった。
「服を買うわよ」
「この前たくさんもらった」
「痩せたからサイズがあってないじゃない。新しく揃えなきゃ」
「まだ着れる」
前を歩く姉が立ち止まった。
振り返って俺の目を見つめて言う。
「すばるは口が悪いじゃない。少しでも好印象な振る舞いを心がけなきゃ、また中学の時と同じことが起きるわよ」
昔のことをわざわざ言うのは性格が悪い。
「見た目を整えるのは少しでも好意的にみてもらうための努力よ。同じ轍を踏みたくはないでしょ」
俺はもう子供じゃない。
次の誕生日で二十歳になる。
酒も飲める大人だ。
同じ過ちはもう犯さない。
丁寧語だって話せる。
本当にムカつくとき以外は怒鳴らないように頑張ってる。
今だって。そうだ。
姉に言われるがままに大学生らしい服というものを買い揃えた。
ついでに生活用品もあれこれと選ぶ。
大量のショッピングバッグの山を前に、これは姉が買い物をしたかっただけではないのかと思う。
けれども、誰かにリサーチしたと思われるスマホのメモを見て真剣な顔をしている姉を茶化す気にはなれなかった。
「疲れたわ。お茶にしましょ」
喫茶店にでも入るのかと思ったら、イタリアンレストランだった。
「ここのデザートプレートはとても美味しいのよ」
勝手に2人分注文するのはやめてくれ。
旨い店なら自分で選びたい。
押し付けられた苺づくしのプレートは姉が満足するまでインスタ用の写真を撮ってから、ようやく食べられた。
美味しい。
とくに苺のタルト。
「タルトが好きなら私のもあげるわ。京都に行ってもちゃんと食べるのよ」
「寮に食堂あるから大丈夫」
「好き嫌いしちゃ駄目だからね」
姉はその後もあれこれと新生活に向けての注意事項を羅列する。
俺はそれを聞き流して、冷めたコーヒーを飲み干した。
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