第21話:無くしたおもちゃを探す人

 おもちゃ博物館というどこまでも楽しさあふれる空間で、私ははっきりいって浮かれていた。


 《マボロシの海》そんな名を冠した幻想的な世界。

 次の旅行地として案内されたおもちゃ博物館で、正直なところ、最初こそイメージの違いに戸惑っていたところがあったが、そんな気持ちも今は昔。

 たった今の私は、無限にあふれるおもちゃでこんなに遊べるという、その夢あふれる体験にどっぷりとつかりこんでいた。

 おもちゃで遊ぶことが、こんなに楽しいことだって考えてもいなかった。

 いやきっともっと小さい頃は(記憶がまだ無くなっていない頃はの話だけど)自分の周りにあるおもちゃで、素直に遊び喜ぶ自分がいたんだろう。

 でもこの博物館はそんなレベルでは無い。この世界にあるすべてのおもちゃがここにはあるのだ。それは願ったおもちゃの、遊びたいと思った体験のすべてがここに在ると言っていい。

 それは現実の世界ではあり得ない、本当にマボロシのような体験なのだろう。

 それがこんな形で、私の思い出となってくれている。そのことに私は少しどころでは無く浮かれていたと思う。

 旅を、そしてこのおもちゃ博物館を、本当に楽しんでいたのだ。

 楽しんでいるところだけみたいで申し訳ないけど、ここに連れてきてくれたキズナに感謝すらしていたんだ。


 だからこそ、少し注意がおざなりになっていたことは否定できないし、周りが見えていなかった。 ここが願いを形にした《星》と言う存在であり、逆に言えばその願いを求めてくる人も居るという事実。それも考えていなかった。

 ゲームのフロアで遊び倒した私は、トイロ館長の案内で、次のフロアに向かっていた。わかりやすい構造の博物館だったこともあって、私はトイロ館長を追い越して駆けだしていた。

「私、先行ってますね」

「スフィア、ちょっと待って」

 キズナは急に速度を上げた私にあわせて、飛ぶ速度を上げた。

「スフィア様。あまり急ぐと危ないですよ」

 というトイロ館長の声が後ろから聞こえたが、それは耳には入っていない。

 古いが質の良さそうな木材が豊富に使われた、素敵なデザインの階段を上がり、展示エリアに駆け込もうとした。

 

「どこにあるんだろう……、これだけ探して見つからないってことは……。って、え? うわ!」

 そんな声が私の目の前からしたかと思うと、私は進行方向と反対側に思いっきり跳ね飛ばされていた。

「わわわ」

 そんな声とともに転がる私。

「ちょっと、危ないよ。大丈夫」

 転がるのを止めてくれたのはキズナだった。

「だから、怪我は無い?」

「う、うん。大丈夫そう」

 床に敷かれた絨毯が柔らかかったおかげもあって、特に痛いところすら無かった。

 何が起きたのかと、体を起こして行こうとしていた方を見た。

 そこには、一人の男の人が腰をついて倒れていた。

「いたた、なんだ……いったい」

 どうやら、私は出会い頭に他のお客さんとぶつかってしまったらしい。私は、自分のやってしまったことに気づき。あわてて男の人のところに駆け寄った。

「大丈夫ですか? すみません、浮かれていて、前をちゃんと見ていませんでした……。本当にごめんなさい」

 頭を思いっきり下げて謝る。楽しさに浮かれて人に迷惑かけるなんて、最低だ。しょんぼり。

「すみません、うちのツアー客がご迷惑をおかけしたようで。おけがはありませんか? 何かあれば私たちで保証しますので、遠慮無くお申し出ください」

 キズナが私にも最初に見せた名刺を、その人に差し出している。

 キズナにも迷惑かけちゃったなと、私はしゅんとしてしまった。

「いえいえ、大丈夫ですよ。こっちがぼうっとしていたのも悪いので。お嬢さんこそ大丈夫ですか?」

 男の人の声は優しかった。あらためて見ると線の細い青年で、丸眼鏡と少しぼさぼさのまとまっていない髪が全体的な印象としてはまっている。

 なんとなくだけど、人の良さそうな感じがうかがえた。

「……はい、ごめんなさい。気をつけます」

「スフィア、だめだよ。こういうところはルールを守って楽しまないと」

「……うん、ごめん。キズナ。もうしない」

 トイロ館長も少し遅れて合流してきた。

 というか、少し前からいたのだろうけど、状況を見守っていてくれたようだ。

「どちらのお客様もお怪我ないようでなにより。この博物館は楽しんでこそですからな。もちろん浮かれすぎには注意ですが」

 そんなことを冗談交じり言ってくれた。

 私の暗い空気を察してか、雰囲気を和ませようとしてくれたみたい。


「へえ、幻想旅行社か。聞いたことありますよ。この《マボロシの海》を楽しませてくれる旅行社だって」

「ご存じでしたか。光栄ですがこのたびは済みません。私はツアーガイドのキズナと言います」

 こういうときのキズナは、しっかりツアーガイドしていて少し驚くと同時に尊敬する。ただ私と遊んでいるわけじゃ無いんだと改めて認識した。

「名刺までもらっちゃったので、こっちも自己紹介を、俺はシーク。噂を聞いて博物館にやってきた個人の観光客です」

 その言葉に、私も自分のことを何も言っていなかったと気づく。

「あ、えと、私スフィアと言います。私も観光客で、このキズナの会社のツアーでここにきていて。本当にすみません」

「いいんですよ。怪我もしてないし、気にしないで。楽しんでいるならこう言うこともありますよ」

 優しい笑顔で応えてくれる。シークさんは印象の柔らかい人優しい人だと思った。つられて私も微笑んでしまう。

「言い訳みたいですけど、ここが本当に楽しくて浮かれてしまってました。シークさんも楽しんでますか?」

 その言葉に、シークさんは少し困ったような顔をした。

「うーん、そうだね。楽しんでる、かな」

 その言葉には少し含みがあるように思えた。

「そういえば、さきほど見つからないと聞こえましたが、なにかお探しですか?」

 トイロ館長はシークさんの言葉を聞き取っていたようだ。あの状況で、きちんと聞いているのはすごいなと感心した。いや、私が浮かれすぎてただけなんだけど。

「はは、いやたいしたことじゃないですよ」

 シークさんはそんな風に答えたけど、多分本心じゃないと私は気づいていた。だから、聞いていた。

「あの、なにかここで探し物でしたら、私もお手伝いしましょうか? ぶつかってしまったこともあるので、なにかお役に立てるなら」

 何か考えがあったの言葉では無い、もちろんさっきの失態があってのことでもあったけれど、それよりもなにか、シークさんの言葉の裏に真剣な悩みが隠れているようなそんな気がしていた。

「そんな、そこまでのことじゃないので」

 シークさんはぶんぶんと手を振る。

「さっきのお詫びってことで少しお話だけでも聞かせてください。手伝えることしかもちろんできないから、気軽に言ってください」

「うーん、今初めて会った君たちにこんなことを言うのは少し迷いどころではあるんだけど……」

 それでも、少し考えたあと、思い切ったのか、私に話す気になってくれたようだ。


「私はあるおもちゃを探しているんです」

「あるおもちゃ?」

「ええ、ずっとみつからないおもちゃを。探しても探しても見つからない。でも心の底からそれを見つけたいと願っている。そんなおもちゃです」

「おもちゃと言うことでしたら、私がお探しいたしましょうか。この博物館の所蔵品のことはすべて把握していますから」

 トイロ館長も口添えしてくれた。さらっと言っているけど、この広くて無数のおもちゃが格納された博物館のすべてを把握してるってすごいな。

 それはとても心強い言葉だ。おもちゃを探しているって言うならトイロ館長に任せておけば、すべて解決してしまいそう。

 私の出る幕なんて無いのかもしれない。

 しかし、シークさんはそのトイロ館長の言葉にも顔を曇らせたままだった。

「どうしました?」

 具合でも悪いのかと私はシークさんの顔をのぞき込む。

「いえ、あの……」

「なにか? 言いにくいことでもあるなら、無理に答えなくてもいいんですよ。スフィアの言葉はお節介みたいなものなので」

 キズナもちょっと余計な言葉を交ぜつつも、シークさんの様子が気になっているようだ。

 しばらく、シークさんは沈黙していた。

 私たちもなんとなくシークさんの言葉を待って黙り込む。

 そして、ついにシークさんが口を開いた。

「……わからないんです」

「え?」

 思わず聞き返した。

「わからないんですよ。私はいったい何を探しているのか」

「それはいったいどういう……」

 キズナも戸惑いを隠せていない。

「探しているものは確実にある、それはおもちゃだってこともわかってる。ずっと求めているもので、心の底にとげのように引っかかっているけど、でも熱く燃えるように、そのおもちゃを欲している」

 シークさんがうつむきながらも、思いのこもった強い言葉を発していた。手のひらは両方とも強く握られていた。

 本気の度合いが十分に伝わってきた。

 そこまで真剣に彼が探しているもの、それはなんなのだろう。


「だから、俺が探しているのはきっと、いつか無くした、記憶の奥にだけ在って、思い出すことも出来ない、そんなおもちゃなんです」


 私はその曖昧な情報とはうらはらに、強い願いを感じていた。

 そして思い出していた。

 ああ、この《マボロシの海》は、願いが形になる、そして願いを求めて人がさまよう、そんな世界なのだと。

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