電話をかけると、幸いにもすぐに浩三さんにつながりました。少しばかりの雑談をした後、勝太と喧嘩してしまったこと。それから車に仕事で使う大切なものがあり、それはとても小さくて探すのが難しいから、彼の車で来て欲しいことを伝えると、浩三さんはその願いを快く聞き入れてくれました。


 ただ、仕事を定年退職している彼でしたが、スケジュールの都合上、最速でも二日後の夜になるが問題ないかと尋ねられましたので、分かりましたと答えるとそのまま電話は切れてしまいました。


 浩三さんと会うまでの二日間、私は本当にやきもきとして過ごしました。人生であれほどまでに長く感じた二日間はなかったと思います。調べ物をしていても全く手につかず、かといって他のことも手につかないといった有様でした。


 それに、私のやきもきを加速させたのは、浩三さんが指定した日が、偶然にも満月の夜だったからです。勝太が本当に犯人で、浩三さんが乗るよりも前に、車に乗られてしまったら確認できないのではないか。いや、むしろ浩三さんが乗ってきてくれたなら、勝太は犯人ではない可能性が高まるのではないか。そんなことばかりを考えていました。


 当日、約束していた場所へ向かうと、見慣れた車が既に到着していて、運転席に座る浩三さんが、私に気が付くと優しそうな笑みを浮かべて中から扉を開けてくれました。


「お忙しいところすみません」


 私が頭を下げると、彼は気にしないでと笑いました。私は勝太の車がここに来たことと、そして浩三の笑みに、今まで胸の奥につっかえていた何かがようやく取れたような気がしました。ただ、一つだけ残念だったのは、私が確認したかった助手席の白いシーツは既に新しいものに取り替えられていたせいで、写真の車と今目の前にある車が同一のものであると見比べられなかったことです。しかし、正直なところ、私はもう彼の車がここにあるだけで満足でした。


「あった?」


 浩三さんの問いかけに、後部座席で捜し物をしているフリをしていた私は頷いてみせました。すると浩三さんは相変わらずの声音で「よかったよかったと」言って笑うのでした。すると、彼はその笑みを浮かべたまま、助手席をぽんぽんと叩いて見せました。


「幸嘉ちゃん。これからドライブでもどう? それとも、こんなおじさんとじゃ嫌かい?」


 意味が分からず固まっていますと、彼はどこか照れくさそうにそう言いました。確かにこのまますぐにさよならでは何だか悪い気がして、私は言われるがままに助手席へと乗り込みました。


 最初はお互い何を話して良いのか距離を測りかねていましたが、ポツポツと母のことなどを話しているうちに、話題はいつの間にか互いの私生活の話になっていきました。定年後もやることは案外あることや、私の仕事についてなどについて話している内に、いつの間にか最初の頃にあったちょっとした距離感は消えていました。外が次第に夕方から夜へさしかかった頃、浩三さんは言いにくそうに、勝太のことだが……と切り出しました。


「喧嘩したんだって?」


 いつかはこの質問が来ることを分かっていたはずなのに、私はなんと応えて良いか分からず、黙って俯くことしかできませんでした。しかし、浩三さんはただ、「そうか」と呟いただけでした。


「私が悪いんです。勝太はあんなに真っ直ぐに私のことを見てくれていたのに」


「ん?」


 浩三さんは意味が分からないとでも言いたげな表情でこちらをちらりと見ました。


「結婚を前提にお付き合いを申し込まれました」


 私がそう告げると、浩三さんは特に驚いた様子もなく、頬をぽりぽりと掻いただけでした。なんだかそれが続きを話してごらんとでも言っているようで、私は今自分が抱えている勝太への想いと、勝太が私に抱いている気持ちに応えられない申し訳なさなどを、気が付けばずっと話していました。もちろん、私が人を殺そうとしていることだけは伏せましたけれど、それ以外の話を、浩三さんはただ黙って聞いてくれました。


「分かった」


 全部を聞き終えても、浩三さんはそう頷いただけでした。それは別に私の話に興味がないわけではなく、彼の優しさから来る一言なのだと感じたのです。勝太の話しやすいところも、もしかすると父親譲りなのかもしれません。

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