第30話 侵入

「じゃあ、俺もリスクを取ろう。野営というか、朝方まで完全な眠りをすることで体力を回復させよう。村からの通り道の途中に掘られただけの洞穴があったな」

「ああ、あれは墓地にするための横穴だ」

「あそこまでまずは引き返す。そしてその中で夜更け過ぎまで眠る。その間、起きることがないように魔法をかける。そうすれば体力も魔力も完全に回復する。信仰心は増えないと思うがね」

「それはどういうリスクなんだ」

「俺も完全に眠りに入る。起きるまで無防備な状態に晒されてしまう。でも、そのくらい万全な状態でないと、城壁内に潜り込むことなんて考えられない」

「分かった。では今すぐ移動して明日の明け方に備えよう」


 わたしたちは来た道を戻り、その洞穴のところまでやってきた。そして洞穴の中の一番奥まで進んだ。光はここまで届かないで、完全な真っ暗闇に包まれた。入り口のところだけ、小さく明るく外の景色が光っている。

「深い穴だが、誰かが入ってきたら終わりだぜ。みぐるみ剥がされるくらいならいいが、殺されているかもしれない」

「だが、その眠りの後でないと戦うことができないのだろう?」

「本当の完全回復というやつだ。今までの旅の蓄積された疲労も完全に解消される。それなら竜の3匹や4匹倒せるだろう」

「街ごと解呪できるかもしれませんね」

「ゼー。お前を巻き込むことが俺は心苦しい。が、レヴィヤタンの力は絶対に必要になる。だから付き合ってくれると嬉しい」

「もちろんだよ! わたしもみんなの力になりたい」

「では、よい夢をみよう。みんな横になったか?

酣酣眠かんかんみん』」

 バイロンが呪文を唱えた瞬間に、引き摺り下ろされるようにわたしは眠りに落ちた。そう、眠りに落ちるということがどんなことかはっきりとわかる眠りだった。


「『淡光たんこう』」

 弱い光がまぶたをくすぐる。

「みんなよく眠ったか?」

 バイロンの声でわたしは目を覚ました。夢を見ないで眠ったのはいつぶりだろう。

「バイロン、すごいね。わたし、この耳飾りをつけてから毎晩夢を見ていたけれど、今日は全然見なかったよ」

「そうか。魔法の道具に勝るっているのはいい気分だな。みんなもどうだ。気力に溢れているだろう」

「確かに、これほど調子のよいのはいつぶりだろうと思うくらいだ。やはり旅の疲れというのは蓄積されていたのだな」

「そうだろうさ。まだ夜明けには時間があるが、もう移動しなくてはいけない。目指すのは正面の門でいいんだな」

「そうだ。竜が飛んでくる前に門の中に入ってしまいたい」

「では急ごう。少し距離があるが今のうちから我々全員の気配を消しておこう。外に出たら光はもっと弱める。

散気息さんきそく

 なるべく静かに歩いてくれよ」


 わたしたちはバイロンの灯した淡い光に足元を照らされて街道を進んだ。歩いているうちに月の光が少しだけ残っていたのと闇に目が慣れてきたのもあって、途中で光は消した。


 街道では誰にもすれ違わなかった。ヴァンパイアに出会ってしまったらどうしようかと怯えていたけれど、会わなくてよかった。そしてそのまま門のところまで辿り着く。


 城壁の中はまだ騒がしかったけれど、昨日ほどの喧騒はなかった。焚かれていた松明もひとつ2つと消え、だんだん静けさを帯びてきた。


「竜が来る前に城壁の中へ入ろう」

 クレイグを先頭に、わたしたちは門をくぐり抜けた。衛兵の詰所があったけれど、そこに明かりはなく、人影もなかった。

「この近くにアンデッドの気配はありません」

 アランが小声で伝えてくれる。

「では、中央へ向かおう」

 クレイグが進もうとした時、

「待って! 前から何者かがやって来る気配があります。アンデッドです」


 わたしたちは、衛兵の詰所の所に身を隠す。でもしばらくしても人影はやってこなかった。

「アラン、間違いないか?」

「はい。確実に近づいてきます」

 そうするうちに人の話す声が聞こえ始める。


「門を閉じる時間だ。もう、誰か人を連れて来ることはないだろう。もうじき竜もやって来る。さっさと閉めて、眠るとしようぜ」

 やってきたのは二人の男性で、衛兵の姿をしていた。手に持っているのは武器ではなく酒瓶で、どうやら酒宴を行なっていたようだった。


 緩慢な動作でふたりの衛兵は門を閉める。ぎいっとなる音が果てしなく長く続いた。わたしたちは彼らが門を閉めるのに時間をかけている間に詰所を抜け出し、近くの小屋のようなところに身を隠した。

 門が完全に閉められるとそれに合わせたように大きな羽ばたきの音がした。竜がやってきたのだろう。

 衛兵たちはかんぬきをし、来た道を戻ってゆく。


「我々は竜に気取られてはいないだろうか」

「ああ。動く気配はない。大丈夫だ。ここまではひとまず侵入成功だ」

「日の出まであとどのくらいだ」

「もうじきだ。たぶん、早いところでは太陽は顔を出しているだろう」


 小屋を出るともうそこには明るさの気配のようなものが広がっていて、夜には戻ることはないことを感じさせた。

 大通りを歩いているうちに辺りはみるみる明るくなり、完全に朝になった。

「では我々は、ドラクレシュティ城を目指そう。まずは小竜公を解呪する」

 アランが祈りましょう、と声をかける。

「加護を祈ります。

 『しゅ

 我らに護りの衣を着させ給え

 あなたの御手による護りは堅固で

 まさしく天の城砦のよう

 我らを不浄なる者から護り給え』」

 廃坑の時と同じようにぱちぱちした光がわたしの体を包む。


 城は朝日に照らされてきらきらと輝いていた。ヴァンパイアが住むという城とは思えないほど綺麗なお城だった。


 バイロンが通りの途中で、家の中を覗き込んでみる。

「確かにあるぜ、棺桶が」

 わたしも一緒に覗き込んでみると、そこには四角い箱のようなものが横たわっていた。

「ラヴェンデルの棺桶とは全然違うけど?」

「ああ。お前のお姉さんは貴族だから立派な棺桶に入っていたんだ。ここら辺にあるのは急遽作られたって感じのばかりだ。よほどの勢いでヴァンパイアが増えているのだろう」

「じゃあ、この中にヴァンパイアが眠っているんだね。解呪していかなくていいの?」

「まずは、城主を解呪する。それは、おそらく小竜公がヴァンパイアロードだと考えられるからだ。まずは王を解呪しなくては、ただのヴァンパイアをいくら倒したところで問題の解決にはならないだろう」


 わたしたちは誰もいない道をまっすぐ城に向かって歩いている。人の気配は全然ない。そして今のところ、竜が飛んでくることもないみたいだ。

 しばらく歩いて無事に城門まで辿り着いた。

「門を飛び越えるのに魔法を使う。竜に気取られないことを祈ってくれ」

 バイロンが呪文を唱える。

「『浮遊舟ふゆうしゅう』」

 わたしたちは見えない乗り物に乗せられ、空中に浮かび上がり揺られながら、城門を飛び越える。


 しばらく門の内側で待機していたけれど、竜が飛んでくる気配はない。

「うまくいったか」

 バイロンが呟き、それにクレイグが頷く。

「では、進もう」

 その時、わたしは肌が粟立つのを感じた。

 なにかに見られている?

「ねえ、なんか気配を感じるというか視線のようなものを感じるんだけれど」

 わたしの言葉に冒険者たちは辺りを慎重に窺う。

「どこからだ?」

「うーん、分かんない。気のせいかも」

「気のせいではないのだろう。なにかの気配があってもおかしくはない。十分に気を引き締めて進もう」

 わたしたちは城内を進む。


「小竜公もおそらく棺桶に入っていることだろう。そこを突き止めて解呪を行いたい。地下にあると思うが、どうだろう」

「確かに地下にある可能性は高い。高いんだが、俺はちょっと違う意見だ。そいつは自分が生きていると思っているヴァンパイアだよな。そういう奴が、言い方は悪いがゾンビやスケルトンになりそうな奴らと一緒に眠るっているのは考えにくいんだ。だから、普段の寝室あたりが妥当ではないかと考える」

「なるほど。確かにそうだな。残念ながらこの城の見取り図はない。だが城の造りは似ているところがある。見当はつく。その見当をつけるために玉座の間を見つけるのが一番いいと思うがどうだろうか」

「そうだな。この階段を上がったところが玉座の間だろう。だいたいその奥、そこからさらに登ったところに寝室はあるものだ」

 わたしたちは長い階段を登ってゆく。誰の気配も感じない。静かな階段、空っぽのお城の中に朝の光が差し込んでいる。


 わたしたちが階段を登り切るとそこは大広間になっていた。それは今まで見たお城のどれよりも広かった。

 あれ? 玉座に誰か座っている?

「クレイグ! アンデッドがいます!」

 アランが大きな声で叫ぶ。すぐに解呪の祈りを唱える。

「『主よ

 悪霊に取り込まれし戦士の霊を速やかに解き放ち給え

 今は安寧の時……」

 パチン、と指の弾かれる音がした、と思うとアランの体が階段の下まで飛ばされる。

「アラン!」

「ほう。どうやってこの城に潜りこんだ」

 玉座の人影から声がかかる。

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