第23話 英雄の歌

「今夜は旅の無事を祝う酒宴だ。思う存分、飲み食いしてくれ!」

 ベルセルクを打ち倒したあと、冒険者一行と隊商は国境に一番近い街まで無事に辿り着いた。

 怪我人もなく、荷馬車の荷物も全部無事だった。


 今、わたしたちはラキア公国のミショアラというお城の城下街にいる。

 もう夕刻になっていたけれど、ベルセルクの首を携えてきたわたしたちはすんなり城壁の中に入ることができた。


 すぐに商人たちは取引先に荷物を運び、冒険者の任務はこれにて完了となった。入国の審査みたいなものは、全部ベルセルクの首がしてくれた感じだった。衛兵たちの驚きと喜びがそれを物語っていた。


 商人たちの商談は明日から行うということで、彼らは酒場を借り切って冒険者の労を労う宴を執り行うことにしたらしい。

 それで宿に隣接された酒場に冒険者一行とたくさんの人が集まっている。


「巨人ベルセルクの首を討ち取ったのはこの騎士様だ! サー・クレイグ・ミルトン! 盛大な拍手で迎えてくれ」

 酒場の中は異様な熱気に包まれている。クレイグは商人に促されて挨拶をすることになった。


「人々を長らくの間、悩ませていた巨人を打ち倒すことができ、嬉しく思っている。これでラキア国、ロイセン国、互いの国同士、交易も盛んになるだろう。これからの両国の発展を願っている。

 今日は商人たちのおごりだそうだ。思う存分楽しんでくれ。乾杯!」


 乾杯! の声がこだまする。わたしは水を用意してもらい、この宴に参加することになった。騒々しい所は嫌いだけれど、こういう人間の姿も見ておきたいと思ったからだ。ダニエルの横の席に腰掛けている。


「あんな挨拶をしなくちゃいけないと思ったら英雄になんてならなくていいと思っちゃうよね。だから手柄を取るのはクレイグでいいんだ」

 ダニエルもお酒を飲んでいる。バイロンもアランも。アランもお酒を飲むなんて結構意外な感じがする。


「アランもお酒を飲むんだね」

「たしなむ程度ですね。今日はお祝いの席ですからクレイグへの付き合いです。食事が楽しめて何よりの時間ですよ」


「しかし、ベルセルクのことだが」

 バイロンがジョッキの酒を一気にあおって喋り出す。

「魔法が効かないと分かった時には焦ったぜ。無効化できる種族っていうのは確かにいるんだが、魔力のこもった武器まで無効にするのは驚きだった」

 あれ、でもバイロン何か魔法をかけていたような。


「あ、でも、クレイグには魔法をかけていたよね」

「ああ。天衣無縫。この間、魔道具店で仕入れた新しい魔法だ。なんでも魔力がかかった防具にも防護の効果を重ねがけできるというのを知って、試してみたんだ。クレイグの鎧は魔法の鎧で防御力が上がっている。それをさらに強固にしたというわけだ」

「でも、それはベルセルクには無効なんでしょ」

「いや、こちらの攻撃が無効にされるだけで、防御に関しては有効だ。だから少しでもダメージを減らせればと思ってやってみたんだ。とにかくクレイグに倒してもらわないとどうしようもなかったからな」


「クレイグはあのまま戦っていたら自分で倒せたの?」

「分からん。ただ、かなり苦しかっただろうな。だから俺は土壁を作って退路を作ることも考えていた。その場合、商人の荷物は全部打ち捨てることになっただろう」


「じゃあ、やっぱりダニエルがヴァルキューレを呼んだから勝てたんだよね」

「まあ、それは間違いないな」

「だが、ゼーの雨を使った物理魔法も素晴らしかったんだ」

「そんなに何度も褒めてくれなくてもいいよ」

「いや、何度でも褒めるね。そのくらいのことをした。だから恥ずかしがらずに受け止めてくれ」

 なんだかむず痒く感じるけれど、褒められるって嬉しいね。

 そんな話をしている時に、大きな拍手があがり、リュートの音が響き出した。吟遊詩人が招かれているんだ。


「輝く刃を閃かせ

 荒ぶる巨人戦士の首を

 一太刀で屠りしは

 旅の騎士

 その名はミルトン

 暁のごとく輝けり」


 酒場の中は拍手喝采だ。

「今は即興で歌ってもらっているが、ベルセルク退治の歌を正式に依頼している。出来上がったら酒場で毎日演奏するからみんな聴きに来てくれ!」

 商人が景気よく喋っている。本当に荷物を運ぶことができて嬉しいんだな。はしゃぎっぷり、お酒の飲みっぷりをみているとすごく伝わってくる。


「クレイグって、今までも歌にされてきたことってあるの?」

「ああ、あるな。我々の母国では、サー・クレイグ・ミルトンは英雄だからだ。それで『ジェセの根』探索の依頼をテオピロ公直々にもらったというわけさ」

「どんなことをしてきたの?」

「ゼーに会ってからしてきたことと変わらない。依頼を受けて、魔物や竜を退治するんだ。でもクレイグはそれだけじゃないな。

 人間の世界っていうのは実にきな臭い世界でな」

「きな臭い?」

「ああ、なんていうか、いつでも裏切りや殺人が起ころうとしている世界ってことだ。クレイグはテオピロ公の配下で、そういうことから公を守ってきたんだ。表沙汰になっていないことでもたくさんの武勲をあげているのがクレイグというわけさ」


「じゃあさ、そのクレイグが旅に出たら、そのテオピロ公っていう人も不安じゃないの?」

「まあ、今は敵が失脚して政治は落ち着いているんだ。クレイグの他にも信頼できる騎士が揃っているから大丈夫だろう」


 こういう話を聞いていると、やっぱり人間になろうっていう気持ちは引っ込んでしまう。精霊のままでいた方がずっと気楽だし、楽しいことのように感じる。でも、それを押してまでラヴェンデルは人間になったんだ。そんなにヴィルヘルムのことが好きだったのかなあ。わたしは、そんな風に人のことを好きになったりするのかな。そういうこと、ほんと分かんない。


「あら、いい男。あの騎士様も素敵だけれど、お仲間にもイケメンがいるじゃない」

 わたしが腰掛けていた椅子に髪の長い女の人がしなだれるように座ってくる。

 ちょっと、そこわたしの席なんだけど! 


「きゃっ! 何? どこから水が降ってきたの?」

 ふん。わたしの席に勝手に座らないで。

「すみません。この席には水の精霊が座っていまして、もう彼女の席なんです」

 ダニエルが申し訳なさそうに声をかける。

「なにそれ、どういうこと。そんな人外とあんたは付き合ってでもいるわけ?」

 わたしはさらに女の人に水をかける。


「もういや! こんな仕打ちをされるなんて、あんた最低の男だよ!」

「ははは。ゼーのせいでダニエルが嫌われちまった。色気のあるいい女だったのに、それでいいのかよ」

「ああ、問題ない。あんな風にぐいぐい来るタイプ、僕はちょっと苦手だからね。でもゼー、いきなり水をかけるなんてびっくりしたよ」

「だって、ここはわたしの席でしょ。そこに座り込んできたあの人が悪いんだよ」

「確かにその通りだ。振られたダニエルに乾杯でもするか」

 バイロンとアランとダニエルは小さくジョッキを持ち上げて乾杯をする。


 だんだん、この酒場もたばこの煙で、もくもくしてきたからわたしは宿屋に帰ろうっと。

「わたし、先に帰ってるね」

「送って行こうか?」

「大丈夫。すぐ隣だし。どうせ、ほとんどの人にはわたしのことなんて見えていないんでしょ」

 あー、でもダニエルもあの女の人が苦手でよかった。わたしは酒場を抜け出し、少しだけ欠けはじめている月を見ながら宿屋に戻った。


 宿屋はしんと静まっていた。わたしはひとり、ダニエルのベッドに横になる。窓の外も静かで、酒場の喧騒の音は聞こえてこない。そのうちうつらうつらしてきて、眠ってしまった。

 そしてまた夢を見る。

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