第16話 シナリテロ

「ダニエル、エシャッハを呼んでくれ」

 これ以上、時間を取られるのを嫌ったクレイグがダニエルにお願いをする。

「承知した。


 『森を統べるもの

 とこしなえの緑育むもの

 今 我が招きに応え その姿現し給え

 木々を掌握し

 繋がるひとつの道を与え給え』



 ダニエルの呼びかけに、茶色いローブを着たエシャッハはすぐに現れた。

「おぬしたちではないか。であれば、そのようなことをしなくても応えたものを。ただ、この案内はフラクシナスがやってみたいのではなかろうか」

 バイロンが答える。

「ああ、いいんだ、エシャッハ。フラクシナスとは十分遊んだんだ。この森を抜けてグラスランド平原を目指している。そこまでの一本道を作ってもらいたい」

 エシャッハは頷いて両手を組む。

「そうか。ではひとつ祈ってみよう。


 『わきまえのあるものたち

 彼らの足を導く道を

 木々はかしげよ

 草は敷かれよ

 花はほころびよ

 やわらかな一本道を養いつくれ』


 これで、森の出口までは何も邪魔するものは現れないだろう」


「エシャッハ。世話になった。フラクシナスにも礼を伝えてくれ。彼女はこの森をよく案内してくれたのだ。この森の豊かさがよく分かった。感謝する」


 エシャッハは、わたしたちが森をくぐり抜けるまで一緒についてきてくれた。

 森の出口に辿り着くと、また寄ることがあったら、その時は呼んでほしいと言ってくれた。

 わたしたちはエシャッハに手を振って別れたあと、街道に至る道を進んだ。ほどなく馬車がすれ違うことができるほどの大きな道に出る。


「ここから先は、ずっと街道が続いていて、野宿をした荒野のような場所もないらしい。なので我々の足で歩けば三日くらいで辿り着けるだろう」


 悪い、と言いながらバイロンが手を上げる。

「クレイグ、街道の途中にある街に寄り道したいんだがかまわないだろうか?」

「バイロンが寄り道したいということはあれか、魔法の道具に関することか」

「ご名答。ちょっと寄ってみたい魔道具の店があるんだ」

「承知した。そこで一日分の滞在を見積もることにしよう」


 わたしはまたクレイグ以外の三人の背中におぶさって道を進んだ。

 心地がいいからすぐに眠っちゃう。

 よく夢を見た。夢告げの耳飾りをしているからなのかもしれないけれど、どれもこれも意味がありそうで、でもさっぱり分からないものばかりだった。


 一番よく見たのはラヴェンデルの姿だった。わたしの知っている姿とはやっぱり違っていた。水の精霊は髪の毛にいつでも水が通っていて滴っているのだけれど、ラヴェンデルは長いブロンドヘアで、人間の髪の毛みたいにさらさらとしているように見える。

 どこかの舞踏会に参加していて、エスコートしている男性に微笑みかけながらダンスを踊っている。

 他の夢では、物憂げな顔で湖のほとりに腰掛けている時もあった。わたしたちが住んでいたパレ湖ではなくて、もっと広くて賑やかな湖みたいだった。

 教会で祈りを捧げている姿を見ることもあった。わたしたちは神様を崇めているけれど、人間のように教会で祈るようなことはしない。朝起きたら、神様おはよう、と挨拶をするし、何か願い事があれば空を見上げてそのことを訴える。叶うこともあるし叶わないこともあるけれど、どれも自然の流れの中にあることなので、その全てを受け入れている。

 お姉ちゃんの祈りは、そういう感じではなくなっていた。人間のように真剣に、何かを心を決めて祈っている姿に見えた。

 これらの夢が意味するところはなんなのだろう。

 わたしは耳飾りに指を触れてみる。


「ゼー、俺と一緒に魔道具の店に行ってみるか? シナリテロのことを知りたがっていただろう」

「うん、ゆくゆく」

 じゃあ、僕も一緒に行こうかな、とダニエルも言ったので三人で魔道具の店を訪ねることになった。クレイグとアランは教会に向かうらしい。お姉ちゃんの夢を見たから教会の方も気になるけれど、今日はバイロンの方についてゆくことにした。


「魔法使いは、俺みたいに杖を持っていることが多い。なくても呪文を発動させることはできるんだが、呪力が散漫になって拡散してしまう。杖を通すことで対象物に真っ直ぐエネルギーを届けることができる」

 今、滞在している街は王都に比べるとこじんまりとしていたけれど、ローブを着た人とすれ違うことがすごく多かった。魔法使いがたくさん住んでいる街だということがとてもよく分かった。バイロン、いつもより楽しそうで、饒舌だ。わたしは相槌を打って答える。

「言葉だけが大事なわけじゃないんだね」

 魔道具店の中には大小様々な杖が並べられていた。バイロンが持っているような木でできた杖もあったし、クレイグの着ている甲冑みたいに光っているものもあった。

「まあ、そうだ。そうだが、やっぱり一番大事なのは言葉だ。僧侶には聖典があり、神に祈ることでその力を得るが、魔法使いは言葉そのもののエネルギーを使う。

 別のもののように言っているが、その言葉を作ったのが神であるから、頼みにしているものの元は同じなのかもしれない。

 神は言葉でこの世界を作ったとされている。それほどの強大な力があるということだ。俺は、言葉を扱うことでそのことを痛感している。

 で、その呪文の言葉だが、呪文書というものが存在している。呪文書、と呼ばれるのだが、そこに言葉、つまりそのままで読める文字は記されていない」

「なんだか難しいね」

「見てみれば分かる」

 そう言ってバイロンは一冊の書物を開いて見せてくれる。


 そこには複雑な図形がたくさん描かれている。図形だけでなく、風景や人の形をかたどったようなものも記されている。

「全然、意味がわかんないよ」

 わたしはお手上げ、と言って書物をバイロンに返す。

「ま、そうだろう。俺たち魔法使いはこれら記号や図形を計算して、ひとつの言葉を導き出すようにする。前に教えた単語、シナリテロのことだ。魔法使いはこの図形みたいなものを瞬時に頭に思い浮かべ、適切な言葉を発することでその効果を引き出している」

「へえ! バイロン天才じゃん!」

「そうだ。魔法使いになるには、ある種の天才的な閃きを必要としている。もちろんこうした呪文書を繰り返し解くことで、その域に達するものもいる。でも、俺から言わせるとそうじゃないんだ。見た瞬間に意味が分からないといけない。理屈なしに言葉が口から出てくるようじゃないと一流の魔法使いにはなれないんだ」

「それはわたしには永久にできないことだね」

 わたしの言葉に頷いてダニエルも続ける。

「僕にも無理だ。シナリテロは本当に才能のある人にしか扱うことができないよ」

「諦めることではないけれどな。なにせ呪文を解読するのはとても楽しい作業だからだ」

 呪文書を手にしているバイロンはなんだか先生みたいだった。わたしは学校というものには縁がなかったけれど、パレ湖にはよく人間の学校の先生と学生が遊びに来ていた。学生の年齢が上がるにつれて、引率する先生の態度が違うように思えた。今のバイロンは年嵩の生徒たちにものを教える時の先生に似ていた。


「その呪文書は誰が作るの?」

「呪文士という職業がある。その多くは引退した魔法使いたちだ。もちろん、現役時代から呪文書は作ることができる。

 ほら、これ。これは俺が編み出した呪文書だ」

「すごい! バイロンて本も出しているんだね。これはどんな魔法なの」

「ははは。これはくだらない魔法なんだ。猫を操る魔法だ」

 バイロンは自分で差し出しておきながら、少し恥ずかしそうにしている。


「へえ、猫ちゃん」

「猫は扱いにくい動物だけれど、この呪文書を駆使することで意思疎通ができるようになる。ま、できることはお使い程度だけれどな」

 バイロンは照れているけれど、動物を操れるなんてすごいことなんじゃないのかな。それって古代の魔法とは何か違うんだろうか。


「古代の魔法とは何が違うの」

「古代の魔法は根本的に違っている。言葉の読み取り方がよく分からないのだ。統一帝国時代にゼーは生まれていたのか?」

「うーん、よく分かんない」

「そうか。今から3000年も前の時代のことだ。この時代の魔法は俺にもさっぱり分からない。解読したそれは古エルフ語に似ていると言われているが、定かではない。そうだとしても、今の人間の言語体系とはまるで違うものだろう。それはこの世界のものとは思えないのではないかと想像している。読み取るのは古代の言語なのに、その魔法の発動条件となる言葉は今の時代のシナリテロなんだ。わけが分からないだろう?」

 本当にバイロンがなにをしゃべっているのか分かんない。ダニエルの方をちらりと覗いてみたけれど、ダニエルだってあやふやな表情をしている。


「まあ、俺も引退したら古代の呪文書を解読する毎日を送りたいと思っている。廃坑に潜った時の『核撃かくげき』なんて、どうやったら発動できるのか本当によく分からない。

 統一時代に生きていた人間がレイスになったのかもしれないが、それとはちょっと意味合いが違うと思っている。長い時間をかけて呪文書を解読し、自分のものとしたのだろう。『核撃』の呪文書は俺も持っている。魔法使いなら誰でも一度は挑戦する魔法だ。必ず解はあるはずなんだ。そのために肉体を捨てるというのも、案外悪くない発想かもな」

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