第10話 森の迷宮

火焔竜かえんりゅう。森の中を好む習性だとは思っていなかったが」

 クレイグがバイロンに尋ねる。

「いや、そんなことはない。火焔竜は緑の豊かな所に営巣えいそうする。ただ自身の放つ炎熱によって森が枯れてゆき、辺りが荒廃してゆくだけだ。火焔竜のテリトリーを越えると森の広がっていることが多い」


 ダニエルがそのあとに続ける。

「火焔竜は森の真っ只中にいるわけだから、ごく最近に営巣を始めたということだろう。トレントとは真逆の性質を持つから、近くにトレントがいることはないと思う。迂回して森の奥を目指す方がいいんじゃないかな」

 クレイグがそれに頷く。

「私もダニエルの意見に賛成だ。無用な戦いは避けよう。針路は変えずに、火焔竜のテリトリーをよけて進もう」


 わたしたちは火焔竜のテリトリーを避けてぐるっと大回りをして森の奥を目指す。しばらくわたしたちは黙々と森の中を進む。その間も険しい道は少しもなかった。


「ん? 何だかおかしいな」

 バイロンが地図を見る。

「迂回して森の最深部を目指しているのに、また先ほどの道を歩いていないか?」

 地図を覗き込むと、確かにぐるっと回ってまた火焔竜がいた方に向かって歩いている。

「まずはこのまま進んでみよう」

 その行手にはまた、あの炎の気配が感じられるようになる。


「やっぱり元の道に戻っている。今度は右手側を迂回しよう。少し歩きにくい所を進んでみるのがいいかもしれない」

 そうしてぐるっと迂回して進んでみるけれど、やっぱり道は開けていて進みやすく感じる。

「おかしいな。どうやっても火焔竜のテリトリーに向かってしまう。どういうことだ?」


「多分、」

 ダニエルが難しい顔をして切り出す。

「これはトレントの導きじゃないだろうか。トレントにとって火炎竜は天敵と言っていい。それを僕たちに排除させようとして誘導しているんじゃないだろうか」

 確かに、と呟いてバイロンが頷く。

「俺もそう思う」


「ゼーの出会った木の精霊はなんて言っていたんだい?」

 ダニエルに問われたわたしは出会った木の精の子どもと青年のことを思い出す。

「すごく助けを求めていたよ」

 クレイグは頷いてダニエルに問い掛ける。

「トレントを呼び出すことは可能か?」

 ダニエルは辺りの様子を伺い、木の葉を手にしてから答える。

「気配は満ちているけれど、呼びかけを拒んでいるのを感じる。こういう時に召喚しても成功した試しがない」


 バイロンは樹上を見つめる。わたしも見上げてみるけれど、わさわさと木々が揺れているだけだ。

「火焔竜のそばだ。トレントも現れたいとは思わないだろう」

「そうなると、この火焔竜を倒すまで我々はこの天然の森のダンジョンを彷徨さまよい歩くことになるというわけか」

「おそらくそうなるだろうね。いくら奥に進もうと思っても木々がそれを邪魔するだろう。それくらいの芸当はトレントにとってたやすいことだ」

「火焔竜は森に限らず人にとっても脅威となる。排除しておくことは悪いことではない。だが、このくらいの森ならば、住んでいるはずのエルフたちが対処するのではないだろうか」

「確かに。彼らがトレントのために働かないというのは疑問だ」

「エルフでも歯が立たないということかもしれない。そうなるとかなりの難敵だ。この間のドラゴンパピーのようにはいかない」


 だったら、とダニエルが前に出る。

「もう少し間近で確認してくる。ドライアドに森の気配を与えてくれるように呼びかけてみるよ。


『清浄な芽吹

 森の乙女たちよ

 我が気配を人より遠ざけ

 汝らの息吹を纏わせたまえ』


 ダニエルの言葉に応えてドライアドたちがダニエルの周りを取り囲む。すぐにダニエルの腕や首に自分の腕を絡めはじめる。なに、あの態度。なんかやだ! そんな風にダニエルに触らないで!


「ゼー、どうした?」

 振り向くダニエルに向かってわたしは言う。

「ドライアドに頼らなくてもいいでしょ。わたしがダニエルの気配を消してあげる」

「いや、ゼーではかえって火焔竜を刺激してしまう。ここでみんなと待っていてくれ」


 ダニエルはそう言って枝をかき分けて先へ進む。ドライアドたちは相変わらずダニエルの頭を抱えたり、腕を絡めたりしている。そして後ろを振り向いてわたしの方を見て笑いかける。なんかむかつく!


 しばらくしてダニエルは戻ってくる。ドライアドたちはずっとダニエルにまとわりついたままだ。

「『森の乙女よ

 汝らの働き 感謝する

 今、手元を離れ

 木の懐に戻りたまえ』」


 ドライアドたちはダニエルのほっぺに口づけをしたあと、またわたしの方を向いて笑いかけると木の影に隠れてしまった。

 なにあれ。気分悪い。ダニエルなんか嫌い。


「ファイヤードレイクだった。羽がそこまで大きくなかったし、前脚も短くて首が太くて長かったから間違いないだろうと思う」

「ドレイク種か。もう大人になっているんだろう?」

「そうだね。かなり大きい」

「ドレイクのブレスはドラゴンのそれを凌駕りょうがするぞ。対策を怠ってはいけないな。ゼー、この間の大滝を出してくれるか?」

「やだ」

 わたしは4人から少し距離を取る。


「どうしたんだ、ゼー。君の力がとても必要なんだ」

「やだ」

 4人は顔を見合わせている。でもだってやなんだもん。


「水の乙女さんは不機嫌になっちまった。しょうがない、そんな時もあるさ。だったらいつも通りやるしかない。俺はクレイグの剣に魔力付与をした方がいいか。それとも竜の足止めか」

「私が魔力付与を行いましょう。ブレイクは足止めをお願いします」

「了解」


「では、作戦はこうしよう。まずアランが私の剣に魔力付与を行う。それと同時に、バイロンがドレイクを足止めしてくれ。竜もこちらに気づくだろうから、私がすぐさま首を落としにかかる。できれば一撃で仕留めたいところだ。ダニエルは何かできるか?」

「フェンリルは使いたくない。リミットが迫っているのもあるし、森との相性もよくない。できればゼーにお願いしたいところだけれど……」


 わたしは、つーんとダニエルの視線から逃れる。ダニエルのためになんかなにもしてあげないんだから。

「ダニエルは待機でいい。ゼーの機嫌をとってくれ。万が一の時はフェンリルを呼ぶことを躊躇ちゅうちょするな」

「分かった」


「では、アラン」

「『しゅ

 聖なる炎で騎士の剣を覆い給え

 目の前の悪を撃たん』」

 クレイグの剣にアランの祈りが付与され、剣は光る炎に覆われる。すぐさまクレイグは火焔竜の前に躍り出る。

「『樹枝足枷じゅしあしかせ

樹枝轡じゅしくつわ』」


 火焔竜が動き出す前にバイロンがその後脚と口を木の枝でぐるぐる巻きにしてしまう。あとはクレイグが竜の首を切ればいいだけじゃん。楽勝だよ。わたしなんて必要ないんだ。


 クレイグの渾身の一撃はわずかに竜の首をそれた。それたんじゃない、短い前脚で首を守ったんだ。竜の前脚が切り落とされる。

 その瞬間。

 辺りの木々が震えるほどの咆哮が竜の口から発せられた。あ、と思う間も無く、ブレイクの轡ごと焼き尽くす火焔竜のブレスが辺りを焼く。目の前が炎で埋め尽くされる。火の海が広がる。


「あいつ、ブレスを暴発させて轡を焼き切りやがった。まずい第二波がくるぞ!」

 ドライアドたちが叫びながら逃げてゆく。わたし、こんなんじゃダメだ。みんなをちゃんと助けなくちゃ。

「ゼー、無茶するな!」

「『樹枝層壁じゅしそうへき』」

「『水は大滝になれ』

『水は篠突しのつく雨となれ』」

 わたしが手を伸ばした瞬間に火焔竜のブレスが目の前に広がる。あれ、わたしの魔法、役に立たないの? 熱い炎がわたしの体を包む。

 わたしの意識はそこで途切れる。

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