第7話 帰還

「王弟の骨は見つからなさそうだ」

 レイスの一団がいたところは小さな氷の山がいくつも出来上がっている。クレイグが氷を取り上げながら声を上げる。


「そうなるとせめて首飾りと宝剣は是が非でも持ち帰らないといけないな」

「しかし氷漬けになってしまっているから溶けるのを待つしかない」

「『春光しゅんこう』」


 バイロンが呪文を唱えると頭上にずっとあった光の球から温かい熱が送られてくるようになった。バイロンはその球を自由にコントルールして氷漬けになっているものを次々溶かしてゆく。


「魔法の武具がちらほら見える。これ全部持ち帰ったら相当な金額になるぜ」

「我々がそれをやるには運ぶ手段がなく荷が重い。酒場で依頼することにしよう。半額を手数料としてもらえればいい。ただ、宝剣と首飾りだけは見つけたい。何かよい方法はあるだろうか」


「『呪物鳴動じゅぶつめいどう』」

 バイロンが光の球を動かしながら新たに呪文を唱える。すると至る所からわさわさする音が響き出した。そしてクレイグの鎧やバイロンの杖、ダニエルの縄が蛍の光のように明滅を始める。

「バイロン、助かる。これで宝剣は見つけられそうだ」


 魔法のかかっているアイテムだけ光って見えるのか。便利な魔法!


 しばらくの間、冒険者一行は探し物捜索隊になる。わたしは明滅する光を頼りにアクセサリーを探すことにした。首飾りが見つかればよいけど、わたし装飾品が好きだからそれをちょっと見てみたい。魔法のかかってる品なら、もしかして身につけることができるかもしれないし。首飾りを真剣に探す風を装って素敵な何かが見つからないかと目を凝らしている。自分のためにやってるっていうことは内緒だよ。


 クレイグがそんなわたしの背中で声をあげる。

「見つけた。おそらくこれが宝剣だろう。見ただけでただのなまくらとの格の違いが分かる。甲冑はロイセン王国のものだし、確かに首飾りも掛かっている」


 ちぇー、もう見つけちゃったのか。しかも首飾りまで一緒に。

「であれば、その方の骨も見つかりましたか?」

 アランがクレイグに話しかける。

「いや、甲冑の中身は空っぽだ。骨はこの坑道のどこかに埋まってしまっているのだろう。あれだけの数だ。もちろん骨は散らばっているだろうから何か持って帰ればいいのかもしれない。しかしそれは誠実ではないし、後日、王の軍でもこの廃坑を捜索するだろうから、下手なことはしない方がいい。

『解呪』によって解き放たれたのだから我々はそれでよしとしよう。成果は十分にあった。必要としている情報は引き出すことができるだろう」


「では、魔法の武具を集めよう。そこに封をしておく」

 バイロンが明滅している武具を一箇所に集める。

「『暗号符牒あんごうふちょう

 これで、俺が定めた暗号で暗号呼符あんごうこふを行った者だけが封印を解くことができる」


 光の明滅は次第に収まってゆく。

「あれ、ゼー、耳飾りを見つけたんだ。魔法の品だから精霊でも身につけることができるんだね」

 あ、ダニエル、めざといじゃん。

「あ、あ、これはかわいいなあ、と思って」

「うん、よく似合っているよ」


「誰が持っていたか分からないものをよく身につけられるな。呪いへの恐れはないのか」

 バイロンが杖でわたしの耳を指す。

「呪い? 魔法じゃなくて?」

 魔法の道具にも呪いってかかるの?

「そうだ。人の思い、その著しく強いものが怨念であり、それが呪いとなる。一応、アランに見てもらえ」

 呪いって聞いてなんだか怖くなってきちゃったよ。


「ゼーローゼさん。出自のよく分からないものを簡単に身につけてはいけませんよ。バイロンの言う通り、そこには呪いが掛かっていることが多いのです。精霊にはあまり馴染みのない感情かもしれませんが、本当にそれは巨大な負のエネルギーなのです。人の多くはそれに振り回される。精霊でも魅入られてしまう者はいるでしょう。今、戦ったレイスという悪霊になる理由の最たるものですよ」

 そう言って、アランはわたしの耳飾りを手のひらで覆う。

「うん。問題ありません。その耳飾りに呪いはこもっていませんでした。でもどんな魔力があるかは分かりません」


「それは俺が分かる。それは夢告げの耳飾りだ。先に起こることを夢の形で見せるものだ。だがそれを解釈するのは自分自身だから、普通の夢となんら変わりはない。でも妙に気になるものは何か告げられているという証だから、覚えておくといいかもしれないな」


 バイロンのその言葉で思い出した。

「そうだ、わたしここに来る間にダニエルの背中で夢を見たの。それは昨日、出会った人というか子どもの姿なんだけれど、たぶんその子、木の精霊だと思うんだ」

「どんな夢だ?」

 クレイグが興味を示す。

「わたしに助けを求める夢。早くしてって大声で叫んでいるの」

「木の精霊か。それは気になるな。この宝剣と首飾りを届けた時に、大きな森のことをもう一度尋ねてみよう。坑道の探索はこれで切り上げだ。王の元へと向かおう」


 わたしはまたダニエルの背中におぶさって城への道のりをゆく。わたし人の背中におぶさっているとすぐに眠くなっちゃう。


 また、うたたねをしていた。

 そこで夢を見る。でもそれはお告げのようなものではなくて、とても懐かしい情景だった。お姉ちゃんと一緒に水辺で遊んでいる。いつもの日常過ぎて、それがいつの時代の出来事なのかは全然分からない。ただただこうして遊ぶことが楽しかったなあ。どうしてお姉ちゃんは出ていったんだろうね……。

 ……。


「……ゼー、起きて。これから謁見の場だ。王様は君のことが見えるんだから、ちゃんと礼儀正しくしていてね」

 おー、またあの広間にやってきた。ここって天井が高くてそして広くて、本当に王様のお城なんだなあって実感するところだ。


「騎士クレイグ・ミルトン。王の勅命を成し、ただいま帰還いたしました。ここに宝剣と首飾りをお持ちしました」

 王様の従者が剣を首飾りをクレイグから受け取って王様の元に運ぶ。

 王様は立ち上がり、剣を鞘から抜いてひと振りする。ぶわっと風が巻き起こる。おお、その姿、何だかかっこいいよ。


 剣を鞘に収めた後で、首飾りを光に晒す。少し眺めて手のひらに包んだ。

 王様は玉座に座り直し、その態度は昨日と同じような感じになった。


「確かに、我が王国の宝剣、並びに首飾りであった。難攻不落と言われていたあの廃坑をいとも容易く攻略するなど、なかなかできるものではない。見事だ。

 汝らの願いは騎士にまつわる話だったな。そちらは既に調べてあげておる。しかしそれだけでは足らんだろう。もうひとつ褒美を取らせよう。なんなりと言え」


 簡単なお仕事と言っていたけれど、全然そうじゃないこと王様自身も知っていたんだね。それにもし、クレイグたちが倒さなかったら今頃お城がレイスに攻められていたかもしれないんだよ。そのことも王様に伝えたほうがよくない? 私たちの評価、もっとあがっちゃうんじゃない?


「では、今一度、大きな森の情報を伺いたく存じます」

 クレイグは百人隊のことはひとことも伝えないで森のことを聞き始めた。

「『ジェセの根』か。お前たちの最優先に探すべきものか。分かった。詳しい者にそれを案内させよう。

 他にはないか。そうか。

 この度の仕事。大儀であった。ゆっくりと休むがよい」


 ふえー。骨を持ってこなくても咎められることがなかった。それだけが気がかりだったんだよ。よかったあ。

 わたしたち冒険者一行は深々とお辞儀をしてその場を去る。わたしも見られているのを知ったから、ちゃんと王様にお辞儀をしたよ。それを見て、王様は頷き返してくれた。なんか心が通じた気分。嬉しいね。

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