第4話 廃坑入口

 わたしはダニエルの背中におぶさってうたたねをしている。

 夢を見ていた。昨日、街中で出会った木の精霊の子どもが現れる。よほど切羽詰まっているのだろう。行き交う人の全員に声を掛けている。だけれど、誰も気づく様子がない。どんな事情があるのか、あの時、そのことだけでも聞いておけばよかったな、と夢の中でわたしは後悔をしている。木の精霊の子どもは、そんなわたしを見つけてこっちだよ、と手招きをする。早くしてくれないと大変なんだ、と大声で叫んでいる。


「ゼー、着いたよ」

 ダニエルの声でわたしは目を覚ます。夢の中の感情を引きずったまま、今のわたしはすごく後悔をしている。でも、こんな風に夢で繋がっているのなら、そのうち彼の元まで辿ってゆくことができるかもしれない。


「ここがアージェント廃坑の入口だ」

 クレイグの声でわたしは現実に引き戻される。

 そこは開かれた場所で、なにもない広場になっていた。広場というか、雑草がところどころに生えているだけの荒地だった。昔は、ここに銀を運び出して作業を行なっていたのだろう。


 廃坑の入口とクレイグが指差した所は鉄の扉で塞がれていて、施錠もされている。捨てられた廃坑だと聞いていたから、こんなにしっかりした造りをしているのを見て驚いている。扉は大きな山に対して備えられていた。山は聳え立ち、木々がその表面を覆っている。深い鉱脈があっただろうことを想像させた。


 扉の前で冒険者一行は円陣を組む。

「昨日に取り決めた通りに進める。ここでは最終確認だ。

 まず、この地図を見てくれ」

 クレイグが羊皮紙の地図を広げる。


「レイスが潜んでいるのはこの中央の広間だ。アージェント銀の大鉱脈があったとされる場所だ。今となってはひとかけらも残っていないそうだ。街にあった公園くらいの広さはあるから、よほど大きな鉱脈だったのだろう。そのどの辺りにレイスがいるかは見当はつかない。とにかく我々はそこに一直線に向かう。だからすぐに戦闘に入ることになる。

 バイロンは十分に魔法は使えるか?」


 バイロンは頷いて、杖を差し出す。

「爆発系の魔法は使わないつもりだ。古い時代の坑道だ。壁が崩れ落ちてきたらかなわないからな。それに骨を焼いてしまっても意味がない。それよりもレイスには知性があるはずだから呼びかけて足止めを狙う」


「分かった。私とアランはとにかく解呪だ。できれば丁重に葬りたいところだが、それよりは魂を送ることを優先する。弔いは悪霊を完全に解呪してから骨を拾うことにしよう」

 アランは黙って頷く。


「ダニエルは何を召喚できる?」

「おそらく精霊はノーム。でもあまり役に立つとは思えない。アージェント銀が少しでも残っていたなら、ラスト・モンスターを呼べるのだけれど」

「ラスト・モンスター? 知らないな」

「今までも呼んだことはないんだ。金属に滅法目がない獣で、何でも食べてしまう。だからレイスの武器を奪うことができるかもしれないよ」


 クレイグがしかめ面をして首を横に振る。

「ダニエル、それは却下だ。我々の目的の一番は宝剣を取り戻すことだ。その宝剣になにかがあったら、国外追放どころの話ではなくなってくる」

 それもそうか、とダニエルは呟いて頭をかく。

「すまない。宝剣のことをすっかり忘れていた。じゃあ、ベヒモスに呼びかけを行ってみよう。もちろん、いざとなったらグレイプニルを使ってフェンリルを呼び出すことにしよう」


 へえ。ダニエルはフェンリルを召喚することができるんだ。上級者じゃないとできない芸当だよ。何だかわくわくしてくるね。それなら、

「わたしもいるから何か手伝うよ。レヴィヤタンとか連れて来ようか?」

 張り切ってわたしも発言をする。


「レヴィヤタン! 水の、というか召喚できるものの中でも最上級に位置する獣だ。地のベヒモスと対をなす巨獣。そんなこと本当にできるの?」

 ダニエルが目をまん丸にして驚いている。ふふん、わたしなにげにすごいんじゃない?

「うん。わたし、レヴィヤタンと友達なの。でも湖にいるやつだよ。海にいる超でっかいやつじゃなくて、ドラゴンサイズの海獣」

「海獣と呼ばれるくらいだから、そもそもレヴィヤタンて海水にいるんじゃないの?」

「でもいたよ。一応、あの湖のぬしということになるのかな? わたしは自分の体を通して、今も湖には繋がっているから、いざとなったら頼むことができるよ」

「それはすごく心強い。でも今回はゼー自身の水の魔法で手伝ってもらうくらいで十分じゃないかと思うよ」

「ふうん。そうなんだ。みんなしっかり準備しているから強敵なのかな、と思ったんだけれど」


 バイロンがふふっと笑う。

「強敵には違いないさ。でも我々には騎士様と僧侶様がいらっしゃる。ラヤパナによって何とかできるなら、それが何より手っ取り早いさ」

「そうそう、そのラヤパナってなあに?」

 わたし、そのことがこの間から気になっていたのだった。その質問にはダニエルが答えてくれる。


「ゼーもラヤパナの詩で呼ばれたじゃないか。僕たちが用いている話し言葉に近い言語のことだよ。それを祈りに用いるのが僧侶系の祈り。召喚詩として使うのが僕らさ」

「バイロンは違うんだね」

 わたしの方を向いてバイロンが答えてくれる。


「そうだ。魔法使いはシナリテロを使う。こちらは話し言葉ではない、もっと単純な、というと少し違うが、短い文節の言葉の呪文のことを言う。ほとんど単語と言えるな。その文字の選び方によって魔法の威力が変わってくる。とはいえ、その文字と頭の中のイメージがうまく結びつかないといけないから、ただ短ければいいってものでもない。七言絶句を並べて複雑な術式を組む場合もある。ただそれは戦闘向きじゃない。祈りに近い使い方だ」

 ま、それはともかく、とバイロンは続ける。

「戦闘での魔法使いはとにかく速さが大事なんだ。魔法使いの速さで場の主導権を握り、祈りや召喚詩を唱えやすくするのが必要だ。

 今回は相手がアンデットだから、解呪という手段が最も有効だ。『解呪』という言葉はシナリテロなんだが、それは魔法と結びつかない。霊を解放するという力が魔力にはなく、祈りにはあるからだ。この辺りのことは少し難しい話だ。興味があるなら、じっくり教えてやるよ。先生の真似事みたいなこともしていたからわかりやすいと思うぜ」


 バイロン、ぶっきらぼうな感じなのかと思ったら、意外とちゃんとお話してくれるんだよね。

「バイロン、ありがとう。わたしは多分そのシナリテロ?の魔法は使えないと思うけれど、すごく興味があるからちゃんと知りたい」


「バイロン、ゼーローゼ、そこまでにしよう。授業はまた街に帰ってからだ。今はレイス討伐の任務をこなさなくてはならない。

 今回は武器による攻撃は二の次だ。宝剣を狙って挑んだ冒険者パーティーの報告をまとめると、レイスは複数体いる。予想よりもかなり多くいると見積もっていいと思う。帰らなかった冒険者もその仲間になっていることだろう。

 まずはバイロンの魔法で足止めをし、なるべく多くの個体を解呪する。解呪し損ねたレイスや他のアンデットを武器による直接攻撃で倒すことにする。フェンリルも無闇に呼び出す必要はない。ダニエルが呼ぶのだからうまく戦ってくれるとは思うが、天井のあるところでの戦闘だ。バイロンが心配している通り、崩落の危険もある。それに、まあ、そんなことはないと思うが、フェンリルが閉塞感から我々に向かってこられたら元も子もない。ゼーローゼの水の魔法の効力が絶大なことはもう知っているから、うまく援護して欲しい。

 では、探索の開始だ」

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