第17話 連れ出す者(前半イングベルト視点・後半オイゲーン視点)
もう一人の王弟、イングベルトはパーティー会場の一角から一部始終を目にしていた。
アルテンブルク伯爵カルリアナとオレンハウアー男爵令嬢ギーナの口論。それに、割り込んだディートシウスがギーナを退散させるさまを。
ギーナが立ち去ったあと、ディートシウスとカルリアナは再び連れ立って人々の間を回り、注目を集めていた。そのほとんどが、若く美しい二人に好意的だった。
(伯爵のあのドレス……わざわざディートシウスが贈ったものか?)
そうでなければ、あれほど二人の服装がぴったり調和することはないだろう。
ディートシウスといえば、その容姿と地位、実績から貴族女性だけでなく、平民女性からも人気が高いのに、ほとんど浮いた噂を聞かないことで有名だった。
そのディートシウスがアルテンブルク伯を専属司書としてスカウトしたうえに、自分の服装とコーディネートした高価なドレスを贈り、夜会のパートナーに選んだ。
伯爵のほうも、途中こそ席を外したものの、あれほどふざけた態度のディートシウスと仲がよさそうだった。
(少し信じられんが……あのディートシウスが女に本気になったというわけか?)
しかも、相手が独身の女伯爵となれば、単なるお遊びの恋ではなく、結婚もあり得る。
「ククッ……」
我知らず笑声が漏れた。
(これは利用できそうだ)
屋敷に帰ったら、カルリアナについて調べさせよう。彼女は去年婚約破棄されたばかりだというし、おもしろい情報が出てくるかもしれない。
イングベルトは上がった口角を元に戻すと、人々と談笑しているディートシウスとカルリアナを尻目に、会場の出入り口へと歩いていった。
***
オイゲーン・フォン・ヒルシュベルガーは今日も今日とて、修行という名の労働をさせられていた。
どこまでも他力本願なオイゲーンは、心の中でぐちぐちと文句を言いながら、今日も修道院の主要産業であるワイン造りを嫌々行っていた。貴族に生まれた自分が、どうしてこんな農民のようなことをしなければならないのだろう。
しかも、カルリアナに出した手紙の返事がいまだに届かない。学生時代までのカルリアナは、オイゲーンが困っているとそれとなく助けてくれるような優しいところがあった。
それなのに、今までで最も困っている自分を助けてくれないとは。
ちゃんと手紙に『君が謝ってくれればいつでもやり直す準備はできている。さあ、わたしをこの地獄から救い出してくれ』と書いたのだが、もしかして詩的な表現を使いすぎて、真意が伝わらなかったのだろうか。
(まったく……誰かわたしをここから救い出してくれないものか……)
そんなことを思っていると、修道士長からの呼び出しを受けた。
怒られるのかと思い、内心ビクビクしながら修道士長のあとをついていくと、意外なことに応接間に通された。
部屋には見知らぬ一人の男性が座っていた。オイゲーンを目にすると立ち上がり、お辞儀をする。〝仕事のできそうな男だな〟とオイゲーンはぼんやりと思った。
「それでは、わたしは席を外しますので、どうぞごゆるりと」
修道士長が立ち去ってしまうと、男性は「お座りください」とオイゲーンに席を勧めてきた。久しぶりに丁寧な対応をされたことに気をよくしたオイゲーンは、どっかりとソファに腰を下ろす。
そのあとで席に着いた男性は、こう名乗った。
「わたしはライヒラント公爵、王弟イングベルト殿下の配下の者です」
「何っ!?」
思わぬ大物の名前が出たことで、オイゲーンはつい大きな声を上げてしまった。
オイゲーンは貴族らしからぬ態度をとってしまったと恥じ入り、咳払いをした。それに、目の前の男性が本当に王弟イングベルトの遣わした者だとすれば、それ相応の地位に就いているはずだから、丁重に接する必要がある。
「……失礼。なぜ、殿下がわたしに使いを? 恐れながら、わたしは殿下にお目にかかった覚えがないのですが」
「あなたに協力していただきたいことがあるのです」
「協力……とは?」
「お答えする前に申し上げておきます。あなたが殿下にお仕えするとお約束していただけるなら、できるだけ早く、ここから出して差し上げましょう」
「!」
願ってもない提案に、オイゲーンは言葉を失った。あまりにも自分にとって都合がよすぎる話を持ち出され、慎重に尋ねる。
「それは大変ありがたいお話ですが……わたしはどのようなことに協力すればよろしいのですか?」
「ある男女の仲を邪魔していただきたい」
あまりにも意外な返答に、オイゲーンは目を瞬いた。
(世の中には「別れさせ屋」というものが存在するらしい、と聞いたことがあるが、なぜ、素人のわたしにそんな話が? しかも、それが王弟殿下のご要望だと?)
使いの男性は軽く笑うと、「実は……」と説明を始めた。
「あなたの元
「なっ! そんなバカな!!」
オイゲーンは思わず叫んだ。
オイゲーンの中では、カルリアナは今でも自分を大切な許嫁だと思いつづけてくれていることになっていた。自分が婚約破棄を申し出たときは、少し怒っていただけで。
それに、顔の作りは悪くないが、地味で本ばかり読んでいる彼女に王族が
使いは深く憂慮しているような顔で続けた。
「ですが、アルテンブルク伯はあなたと婚約解消をしたばかりで、あまりよい噂を聞きません。イングベルト殿下は弟君から伯爵を遠ざけたいと思っていらっしゃるのです。そこで、あなたの出番です、オイゲーン殿」
「つまり、カルリアナとよりを戻せ、と……?」
「そのとおりです」
オイゲーンは考え込んだ。カルリアナに自分以外の男が近づくなど、今の今まで想像すらしたことがなかった。遠い親戚であり幼なじみでもある彼女が、いくら王弟とはいえ他の男に
(……そうだな。カルリアナを取り戻さなければ。彼女はきっと、悪い王弟にだまされているんだ)
それに、王弟からカルリアナを奪い返すのだと思うと、奇妙に心躍った。
「わかりました。お話をお受けしましょう」
オイゲーンはそう答えた。
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