第二部 6話 出会いと別れと新生活

※第一部で話が重複している部分は内容は端折っております。


 さくらとお姫様と紅葉の交流が始まった。

 さくらは既に人形を受け取ってほしいとの話はしている。紅葉はそのことを母親に話したのか、大変反対された。

 何故人形を受け取ってほしいのかの話もした。さくらの熱意は伝わったのだろうが、何せ量が多いので、せめて一つか二つにしてほしい、という申し出をされた。

 それでもさくらは全て受け取ってほしかった。我儘だとは分かっている。紅葉の方は全て受け取る気でいる。

 三月の春休みの時期、会える時に時間が許す限りあ互いに会い、会話をし、紅葉がどれだけ王子様の人形を大切にしているのかが分かった。

 絶対にこの子なら人形たちを大切にしてくれる。それに、彼女の父親も人形に興味を持っているようで、駄目かもしれないと思っていた事がどんどんと解決に向かっている。そう思えた。

 ただそれ以上に、さくらの精神的な部分が不安定になる。

 離れたくないのに離れなければならない。

 もう会えることもない。

 そう考えるだけで寂しさが勝ってくる。

「時々ね。姫ちゃんが話しかけてくれているような気がするの」

 さくらがそう言えば。

「私もねー、よくユードリッヒ君とお話しするよ。最近お友達が増えたこととか。引っ越して不安だったけどお姉さんと会って楽しいってこととか。お人形さんと話すの楽しいよね」

 紅葉は同意をして返してくれる。

 ここまで人形が大好きで、話に同意してくれて、楽しく話ができる人は初めてだった。

 お洋服を作ってみたい。

 お姉ちゃんみたいなお人形さんを大切にできる人になりたい。

 そう思ってもらえることが初めてなので、どこか嬉しくなった。

 もう社会人になるいい大人がこんなことで一喜一憂することは、人によっては嫌がられることだろうが、それだけ大切にしてきた人形と手作りの洋服が褒められると、全く悪い気はしない。

 紅葉は既に全ての人形を受け取る準備はしてあるという。そして、さくらの部屋のように人形だけの国を創りたいという。

 それを聞いて、さくらの決意は固まった。絶対にこの子に託そう。そうすればきっと、人形たちも幸せだろう。



                 ******



 たった十数日だけでここまで信頼できるのも珍しいだろう。

 母親は最後まで反対だったらしいが、父親の方がアンティークが好きで全ての人形を渡せることになった。

 それだけではない。紅葉はさくらの話に耳を傾けてくれる。

 公園で話をしているときもそうだった。

「寂しいの?」

 紅葉がさくらに尋ねる。

 子供はどうして妙にこうも鋭いのか。表情を見ただけでそう言われた。

「寂しいよ。もう会えないんだから。十七年一緒にいて、お洋服作って、綺麗に大切に扱ってきたんだから」

「そっかー。お姉ちゃんとももう会えなくなっちゃうね」

「そうだね。やっぱり二年間くらいは集中したから」

「でもママに電話番号は置いておいてもらおうね。お電話はいつでもできるよ!」

 紅葉は、大丈夫!というが、あの母親がそれを許可するとは思えない。

「……そうだね」

 いくらそんなことを言っても人形たちはさくらの元には戻っては来ない。

 いつかまた一緒に遊びたいなど、これ以上の迷惑になるようなことは言えなかった。



 世の中こんなにも良いことが続いていいものなのか、と頭を悩ませる。

 引っ越し先へ出発する日。

 紅葉と別れの挨拶をして、お姫様を彼女へ手渡す。

 寂しさと大丈夫だという気持ちを反芻させながら、最後の挨拶を交わした。

「じゃあね、皆」

「うん。……あっ!言いたいことがあったんだ!」

 紅葉はお姫様と王子様を抱きかかえて、さくらに飛び切りの笑顔を向けた。

「お仕事落ち着いたらまた遊んでね!」

 また会えたらいいなという思いを察してくれたのか。それとも紅葉がただ会いたいだけなのか。それは分からないが、そう言ってもらえたのがすごく嬉しかった。

「また遊びたいし、色々と勉強したいし、きっとお姫様たちもお姉ちゃんと一緒にまた遊びたいもん!ね!」

 それはさくらと一緒の思いだった。

 言い出せずにいた言葉をさらっと言えてしまうのは、この子がまだ小学生で幼いからだろうか。

 でも、それでもその言葉に救われた。

 今度は洋服を作って会いに来るという約束を交わして、さくらは車に乗り込んだ。

 背後へ振り返ると、紅葉たちが元気よく腕を振ってくれていた。


『さくら、頑張ってね。今まで努力しているの知ってるから。大丈夫、ずっと応援してるから。わたしには願うことしかできないけれど。きっとまた会えるから、その時はたくさんお話聞かせてね』


 誰かの声が聞こえた。

 それが誰なのかはすぐに分かった。

 それが嬉しくて、これから頑張れる力の源となった。

 またここへ帰ってくると誓った。

 三月の下旬だった。

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