002 魔石ハック Ⅰ


「うぉおおおおおおおおッッ! やっとだ! やっと来たぜぁ!!」

 城塞都市エグセスの城壁の真下で俺の叫びが響き渡る。「うるせーーーー!! カタツムリ野郎が!!」という他の冒険者の声に俺はすまんすまん、と謝罪しながらようやく手に入ったそれを見てニヤニヤと笑うのだった。


 ――スキル『熔解(幼)』を取得しました。


                ◇◆◇◆◇


 幼馴染のブレイズ率いる『勇者』パーティーから自主的な追放をキメた俺は、まずそれなりのセキュリティのある宿に泊まることした。

 とはいえそれなりの都市の宿屋というのは農村時代の小遣いや様々な手伝い仕事で得た報酬をコツコツと貯めてきた俺にとっても、一泊ごとの出費が痛いものだ。

 具体的には、その日の収入を超える支出になる。

 しかし貯蓄を削ってでも高級な宿屋に泊まる必要がある。俺が贅沢したいからじゃない。宿屋のセキュリティの問題だ。

 元パーティーのリーダーたるブレイズの襲撃を懸念されるからである。

 安宿では預けた荷物を奪われたり、宿の主人などが買収されて、ブレイズに部屋に侵入されて寝ている間に拉致られる危険性があった。

 もっとも、それでなくても程度の低い宿屋は従業員自体が恐ろしいし、他の冒険者だってブレイズと民度は大差がない。

 かつて最高の治安を誇った日本という国で生きてきた前世ではわからなかったことだが、この世界ぐらいの文明度だと外食も命がけだ。

 安い定食屋やその辺の屋台でなにかを食べることはご法度で、それなり以上の値段や、信頼できる店以外では食事などは絶対にしてはならないのだ。

 何を食わされても――例えば毒入りの串焼き、例えば適当にそのへんでとってきたキノコ入りスープ――、何をされても――睡眠薬入りの食事を食べたあとに調理場で解体されてそのまま客に提供される料理にされたりしても――いいなら別だが。

 閑話休題はなしをもどす

 宿を高級宿に変えた俺は、ブレイズたちが拠点とする市南ギルドから離れた市北ギルドに拠点を移し、ひたすら冒険者ギルドの初心者依頼にあった『市壁警備』の依頼を受け続けていた。


 ――依頼『市壁警備』。


 この世界の人類はモンスターの脅威に晒され続けているために、古代中国の都市のように、大きな街は巨大な市壁に守られて存在している。

 なので当然と言えば当然なのだが、そういった市壁を守るために武装した、職業『市民シビリアン』などが警備兵やら門番として存在する。

 しかし平時に市民階級を兵士として雇い続けても金がかかるし、市内の生産力が落ちるということで、都市からの依頼で戦闘補助などを目的として安値で冒険者ギルドに警備の仕事が入っていたりするのだ。

 俺が受けたのがそれである。

 安値で、普通に受けただけなら足が出る依頼。

 ただ警備中にモンスターが出たなら、それを倒すことで討伐報酬に加算され、宿代の足し程度にすることはできる。

 とはいえ城塞都市エグセスには近隣の村々から冒険者志望の農家の次男や三男がやってくるので、所属する冒険者の質は悪くとも数だけは多い。

 そんな彼らが周辺の森や荒野なんかで犠牲を出しつつも常にモンスターを狩って回ってるので、こういった市壁警備依頼で自分が警備しているときにちょうどモンスターが現れる、なんてことは滅多になかった。

 そして幸運にもモンスターが現れても、他の冒険者と取り合いになるので真面目にこの依頼を受け続けると冒険者としては赤字になるので人気のない依頼なのであるが……。

(休憩時間なんかに薬草取りや狩猟依頼こなしてなかったらガチで金なくなってただろうしなぁ)

 そんな市壁警備の、地獄の日々は今日で終わりである。

 今日の昼に目的を果たせた俺は宿屋の自室でニヤニヤと自分の『ステータスデバイス』を見ていた。

「しっかし、この程度のスキルの取得にリアル時間だと一ヶ月かかるのかよ。マジで長かったわ」

 この世界がゲームだった頃はもっと楽だった。モンスターの湧きはもっと多かったし、セキュリティの高い高級宿ではなく低い下級宿で過ごすことも可能だったからだ。なにしろ死んでも運が悪かったで済ませられたので。

 なお俺が今持っている『ステータスデバイス』とは冒険者ギルドで配布される『自己鑑定セルフアナライズ』のスキルが付与された魔道具のことである。

 冒険者証も兼ねていて冒険者のスキルチェックなどを自動でやってくれる代物だ。

 この世界ではステータスと叫んでも自分のステータスを教えてくれる権能は存在しない。何もなくても宙空にいきなりウィンドウが現れて様々なことを教えてくれたり、頭の中に声が響いてなんでも教えてくれるわけでもない。

 きちんと道具を使う必要があるのである。

 そして、ついでに言えば冒険者ギルドもこういった便利道具を無料で貸与してくれている素晴らしい組織ではない。

 『ステータスデバイス』を使うことで俺の情報は機械に抜き取られており、こうしてモンスター・・・・・由来・・のスキルを得たことなんかも知られたりしているのだが、俺もこの世界に生まれて十五年だ。

 今更組織だの貴族だのを警戒したところでどうにもならないことは理解している。

(創作物だと隠蔽スキルを最初に取得するんだろうけど、そんなんやってられっかよマジで)

 俺はモンスターのスキルを取得できるスキルを持っているわけだが、その俺だって隠蔽スキルの取得なんぞ現時点では無理無理無理の絶対無理である。

 まず隠蔽スキルを手に入れるためには隠蔽スキル持ちのモンスターを見つける必要がある。

 そしてそれには『探索』や『発見』『敵感知』、あるいは『看破』や『心眼』なんかの感覚系スキルを高レベルまで鍛え上げてモンスターを発見し、スキルが手に入るまでその隠蔽スキル持ちを殺し続けなければならないのである。

 森を歩いてりゃ敵と遭遇するゲーム世界とは違う。

 リアルとなったこの世界ではモンスターだって生まれるまでそれなりのスパンがあるので生息数の少ない隠蔽スキル持ちなんかそうそうに見つかるわけもなく、そして隠蔽スキルを取得するまで冒険者ギルドに登録しないなんていう選択肢も俺にはなかった。

(そう、俺がこの世界・・・・に転生して十五年だ)

 十五年も使ってしまっている。

 地球、日本、ゲーム……現代知識、科学、日本語。

 かつての記憶が色褪せてもおかしくないぐらいには、この世界で俺は日常を過ごしていた。

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