第3話 月海家

「おはよう」

「涼香、ごめんね。キッチンに食パンあるから適当にそれで朝ごはん食べてちょうだい」


 朝、起きてリビングへと向かえば母がリビングから忙しなくやってきた。

 私と目が合うと、そう言いながら靴を履き家を出て行ってしまう。

 リビングでは父がパンを食べていてこちらに気が付くとおはようと言った。


「おはよう。お母さんどうしたの?

あんなに急いで、なんか用事でもあったのかな」

「あぁ。舞香がね、昨日帰ってこなくてさ。

近くの交番に連絡してみたもののどこも舞香っぽい人を見つけられなくってな。

今日になってやっと見つかったそうだ

で、連れ帰ってくるって言ってたぞ」


 舞香は中学のころから夜遅くまで帰ってこないなど素行不良だ。

 警察にも何度も補導されているし父も母も気にしている。けれど朝まで帰ってこないということはなかった。高校に上がったことで彼女のストッパーが少し緩くなったのだろうか。


「父さんはカフェの準備するから涼香も学校行く準備してていいぞ」

「うん、わかった」


 父もリビングからいなくなり、広いリビングには私だけになる。

 トーストを食べ終えて制服に着替えると学校の持ち物を確認して玄関まで向かう。


「……行ってきます」


 誰もいない家に向かってそう言うと、私はドアを開けた。


………

……

「涼香、はよ」

「廉、おはよう。ねむそうだね」


 学校につくと、もう教室にいた廉が近くにやってきた。

 教室には中学のころからの知り合いと話す人たちがいて所々から声が聞こえてくる。よく見れば、降谷さんも三人ほどで固まっていた。


「ねぇ、山口。僕の生徒手帳知らない?」

「え、知らんよ。昨日貰ったばっかなのにもう失くしたのかよ」

「いや、昨日はちゃんと手で持ってたはず」

「手で持ってるから失くすんじゃねーの? 先生に怒られんぞ」


 そんな声が聞こえてふと我に返った。

 そういえば、降谷さんの生徒手帳どこにやったっけ。

 カバンの中をガサゴソと漁ってもそれっぽいものは出てこない。念のため制服のポケットも確認するが、自分の生徒手帳それしかなかった。


「ヤバい」

「どした」

「届けてって言われてたやつ忘れた」

「へぇ、涼香でもそんなことすんだ。ちょっと親近感わく」

「私は廉にとって人間じゃないの?」


 私の言葉に笑いながらわりぃ、と言う廉。反省してなさそうな彼を見てから降谷さんのほうに視線を移す。

 どこだろうと探している彼と時計の針を見て、時間ないし後で言うから今はごめん、と心の中で思った。


………

……

「じゃあ取りに行ってくるから。二人は待ってて」


 降谷さんに生徒手帳が家にあることを伝えると、じゃあ取りに行くよということだったので廉と三人で家まで向かった。

 廉は降谷さんとは話したことがなさそうだったので大丈夫かななんて心配していたけれど降谷さん持ち前のコミュニケーション能力でなんとかなったようだった。

 廉は男の子だから話しやすいっぽいしいつのまにか名前呼びにもなってるし多分と言うか絶対私が気にするほどでもなかったのだろう。


「おぉ、いってら」

「ごめん、ありがとう」


 二人がそう言ったのを聞いて、私は家へと入った。


「おせぇな」

「なんかうまく探せてないのかなぁ。俺も探しに行った方がよかったかな」

「涼香が言ってたろ。二人は待ってて、って。多分大丈夫だ」


 高校で同じクラスになった蒼と二人で玄関前で話していればコツコツと規則正しい足音が聞こえた。音の方を見ると、そこにいたのは舞香だった。


 舞香と涼香は双子とは言え、似ていない。舞香は背が低いけど涼香は背が高いし、舞香は二重で涼香は一重。久しぶりにちゃんと見た舞香は韓国のアイドルみたいだった。


「お前、メイク濃くなった?」

「ちょっと! 廉くん、ひどーい。

メイクが濃くなったんじゃなくて舞香が可愛くなったの!」

「いや、前会った時もっと薄かったろ」

「ずっとこれだもん。舞香が可愛くなったって認めなよ〜」


 舌を出しながら俺に向かって挑発してくる舞香。

 コイツ、ホントに涼香と性格も違う。


「お前、涼香と似て――」

「えっと、廉。こちらは?」

「あぁ、コイツ? 涼香の妹の舞香。

といっても涼香とは色々似てねぇけどな」

「……何さ、悪かったね。優秀なお姉ちゃんとは違って」


 俺の発言に少し顔色を悪くした舞香にちょっとよくなかったか、と思った。

 舞香は涼香以上に双子の姉を敵対視してる。勉強、運動全てにおいて自分が劣っていると思っているのだ。

 あの言い方はちょっと不味かったか。

 そんな風に思って訂正しようとした時、ドアがガチャリと開いた。


「お待たせ、ちょっと探すのに時間かかっちゃって……」

「お姉ちゃん」

「舞香。……朝どうしたの? お母さんたちのこと困らせすぎないでって前言ったよね」

「別に母さんたちだってイヤイヤ私の面倒見てるだけでしょ?

どうせ見られてないんだから困らせるもなにもないと思うけど」


 出てきた途端舞香を叱り始めた涼香に、今まで以上に舞香の顔が暗くなっていく。


「期待されてるお姉ちゃんと私じゃ、違うんだよ。それぐらいわかるでしょ。

じゃあ私、行くね」


 それだけ言うと、舞香はサッサともと来た道を帰って行ってしまった。

 俺の隣で蒼が荷物とかよかったのかな、なんてつぶやいている。涼香は右手で左腕の制服部分を掴み、顔を下にした。


「また言いすぎちゃった」


 小さいその呟きに蒼が反応した。


「あの……妹さんとは仲良くないの?」

「え、あぁうん。小さい頃は結構仲良かったはずなんだけど、大きくなるにつれて。

私、会うとキツイこと言っちゃって。舞香はそれが嫌だって自分でもわかってるつもりなのに、毎回ダメなんだよね。ホント、何でだろ」


 蒼も俺もその問いに答えられるわけがなく、玄関前に数秒の沈黙が訪れた。

 そんな空気を涼香は振り払うかのように蒼に向かって話しかける。


「そうだ。これ、生徒手帳」

「おぉ、俺のだ!」

「良かったな、担任松山先生に怒られなくて」

「ホントに……ありがとう。月海さん」

「ううん、全然大丈夫。それじゃあ、二人とも気をつけて帰ってね」


 帰ってきた生徒手帳を握りしめている蒼と共に涼香が家の中に入るのを見送ってから歩き出した。


「やっぱ、キョウダイって色々思うとこあるもんだよね」

「……舞香は涼香の方がおじさんたちに大事にされてるって言ってるけど、涼香だって舞香に思うところがあるから毎回キツイこと言ってるような気もするし。お互い結構似てるけどな」


 二人とも真正面から見たら似ていない。けれど性格の一部をしっかり見てみれば大体同じだし、喋ってしまえば明らかに違うけれど雰囲気というか空気?は同じ。

 二人とも自分の強みをやいいところをきちんと知れていない、知ろうとしていないのも同じところだな。

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