第12話 彼らに言える人間はいない

 ――K県警 捜査本部


『君たちの報告は、分かった……。座りたまえ』

「「ハッ!」」


 上座にある長机で、横に並んでいる幹部は、誰もが難しい顔。


 現場に行ってきた男女は、ガタガタと座る。


 上座の1人が、全体に告げる。


室矢むろや重遠しげとおは、Y機関の「警部」待遇だ……。静粛に! 平たく言えば、公安のようなもの。残念ながら我々のOBはお飾りにすぎず、どのような活動を行っているのかは不明だ! Y機関は四大流派の1つ真牙しんが流において、悠月ゆづき家の組織。うかつに触れば、異能者への差別として問題になりかねん。話を聞くか協力をお願いする分には構わんが、別件逮捕などの軽率な真似はくれぐれも慎むように!』


 資料を見た幹部が、改めて告げる。


りょう有亜ありあも真牙流の魔法師マギクスで、陸上防衛軍の准尉じゅんいだ。それも、防諜ぼうちょうを担当している中央データ保全隊のな? 女子大生と考えず、慎重に対応しろ! 彼女の母親は梁愛澄あすみ。陸防の准将じゅんしょうで、現在は防衛省の統合幕僚本部に出向中。おまけに、魔法技術特務隊の指揮官だ』


 この母娘をつついても、防衛省との全面対決だ。


 ざわつく、捜査本部。


 それをとがめずに、幹部が今後の方針を示す。


『現状では、明示めいじ法律大学の理工学部キャンパスで行方不明になった学生、教授の発見を急ぐと共に、食堂で遭遇した女子、「梁あかり」と名乗った人物に対する事情聴取を目指す! 「梁あかり」は赤と黄色のオッドアイだから、目立つはずだ。カラコンで偽装している可能性を考慮しつつも、この捜査の鍵を握る彼女の身元を明らかにすることが第一歩だ。なお、書類上で梁家に該当する女子はいなかったことを伝えておく』


 高度な柔軟性を維持しつつも、迅速な解決を!


 幹部は、報告したばかりの男女を見た。


『刑事部の捜査一課にいる吉見よしみ警部補と八代やしろ巡査部長は、この怪しい女子を再発見するよう努めたまえ。直接話した君らが、頼りだ』


「「ハッ!」」


『本庁は、両名に監視システムとデータベースを閲覧する許可を与え、専門のスタッフに協力させます』


『警視庁も、両名に必要な支援を行います。室矢家は東京で暮らしているため、担当者にいつでもお問い合わせください』



 ◇



 場所は、県警本部の内廊下。


 壁に自販機があって、ベンチも並ぶ。


 柔道をやっていそうな雰囲気――潰れた耳を見れば、一目瞭然――の吉見は、片手で紙コップを持ったまま、ため息を吐いた。


「まいったな……」


「すみません、班長……。私が彼女を押さえていれば」


 スーツを着た女、八代沙矢さやは、紙コップを持ったまま、謝罪した。


「いきなり消えたんだろ? 監視カメラでも、その通りだったし……。『梁あかり』は失踪した学生や教授について、同じように消した犯人か、詳しい事情を知っている重要参考人。いつもなら、家族や友人から連絡してもらい、任意で同行してもらうが……」


 捜査本部でしつこく言われたように、それをやれば、国内の異能者が騒ぐし、下手すればクーデターだ。


 何よりも、梁家は防衛省の中枢にいる。


 強引に事情聴取をすれば、そちらを激怒させるだけ。


 沙矢は、捜査のパートナーである吉見に聞く。


「室矢くんのほうは、どうでした?」


「ん? IDをチェックして、すぐに別れた。梁有亜とは、高校時代からの友人だそうだ。あっちは白だな!」


「その室矢くんに協力してもらうことは?」


 吉見は、首を横に振った。


「やめておけ! あいつは、数年前に本庁のキャリアをまとめて辞めさせたんだぞ?」


「え?」


「ほら! 都内の特別緊急配備で大騒ぎのうえ、多国籍軍の艦隊が攻めてきたネイブル・アーチャー作戦やら、東京エメンダーリ・タワーの事件やらで、大変だったろ?」


「ああ……。本庁と警視庁が、どちらも大騒ぎだったらしいですね?」


「特別緊急配備で追われたのが、その室矢だぞ?」


「はあっ? どういうことですか!?」


 紙コップを落としかけた沙矢の大声に、吉見は周りを見た後で、端的に言う。


「詳細は省くが、冤罪えんざいだった」


「そうですか……。警察に協力する気はないでしょうね」


 いくら隣接していても、他人事で数年もたっていれば、こんなものだ。


 日本が吹っ飛ぶか、植民地になりかけたとは、夢にも思わない。



 吉見は、沙矢に告げる。


「とにかく、室矢はダメだ! 思っていたより話が通じたものの、どういう展開になってもおかしくない。例の『梁あかり』を見つけて、そいつの身元を確認――」

 ピロロロ


「はい、吉見です! ……はい。……分かりました。すぐに現場へ急行します! ご協力ありがとうございました」


 紙コップを捨てながら、走り出した男。


 察した沙矢も、後を追う。


「梁あかりは、どこで?」


明大めいだいの理工学部キャンパスから近い市街地だ! 今、本庁と警視庁のチームが見張っていて、逐一こちらに教えてくれる」


 捜査車両に向かいつつ、沙矢は呆れた。


「そっちで接触しなさいよ……」


「話したのはお前で、直接見たのは俺たち2人だ! よそに持っていかれないことを喜べ!」


 言いながらも、それぞれにドアを閉めて、シートベルトを下ろした。


 エンジンをかけた沙矢は、ハンドルを回し、県警本部の駐車場から外へ。

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