第19話 ひとりよりふたりのほうが

 響弥とふたりで見た映画はコメディメインだという前評判の通りわくわくドキドキがありつつも笑っていない時間などないぐらいに楽しいものだった。


「おもしろかったね」

「はい! すごくおもしろかったです!」


 他の鑑賞者と同じように響弥と彩楓も笑顔で映画館を出る。今見た映画の感想を話したくて、でもロビーでのネタバレはマナー違反。取り留めのないことしか話せないのがもどかしい。


「カフェに入る?」

「はい!」


 だから響弥がカフェへと誘ってくれたときは勢いよく頷いてしまった。話したかったのもあったし、響弥がどのシーンでどんなことを思ったのかを聞きたかった。

 響弥はブラックコーヒーを、彩楓はカフェモカを注文すると空いていたふたりがけの席に腰を下ろす。


「ふふ」


 アイスコーヒーに口をつけながら、響弥は可笑しそうに笑った。


「彩楓ちゃん、早く話したくてしかたないって顔をしてる」

「え、あ、ホントですか? 恥ずかしい……」


 人と映画に行き慣れていないことに気づかれてしまったかもしれない。響弥の感想を早く聞きたいと思っていることに感づかれてしまっているのかもしれない。


「そういうところすごく可愛い」

「かっ……可愛く、なんて……私なんか……」

「私なんか、なんて言わないで。彩楓ちゃんは可愛いよ。少なくとも俺にとってはとっても可愛い」


 照れくささと恥ずかしさで頬が熱くなるのを感じる。でも、それと同時にどこか言い慣れてそうな言葉に胸の奥がチクリと痛む。今までたくさんの可愛かったり美人だったりした人と付き合ってきたと聞いた。きっとこういう言葉を他の人にも言ってきたのだろうと想像しただけで胸が締め付けられるように苦しい。


「彩楓ちゃん? どうかした?」


 黙ってしまった彩楓を心配そうな眼差しで響弥が見つめる。彩楓は慌てて笑顔を浮かべてストローに口をつけた。一気に吸い込むと、口の中にカフェモカの甘さと苦さが拡がっていく。


「映画のこと思い出してたらボーッとしちゃいました!」

「そっか。ね、彩楓ちゃんはどのシーンが一番好きだった?」

「私は――」


 響弥の表情が柔らかくなったことに安堵しながら、彩楓は先ほど見た映画のことを語る。響弥は彩楓の笑っているところが好きになったと言ってくれていた。それなら変に勘ぐってしょんぼりするよりも、今の響弥と向き合って笑い合う方がいい。

 彩楓が付き合っているのは過去ではなく、目の前にいる響弥で。彩楓を好きだと言ってくれたのも彩楓が好きになったのも、今の響弥なのだから。



 響弥とふたりで過ごす時間はあっという間に過ぎていく。これまでだって一緒にいる時間はあったけれど、自分の中で響弥への気持ちに名前がつく前と後では時の流れが変わってしまったのではと思ってしまうぐらいだ。

 映画のあと、カフェで一時間ぐらい喋ると平日ならそろそろ学校から帰ろうかという時間になっていた。もう少し一緒にいたいけれど、響弥はどう思っているのだろう。


「彩楓ちゃん、このあとなんだけど」


 なんと切り出そうかと悩んでいると、彩楓より先に響弥が口を開いた。


「どこか行きたいところとかある?」

「えっと、特にはないんですけど……」


 もっと気の利いたことを言えないのかと自分が自分で嫌になる。可愛らしく「買い物に行きたいです」とか――とか……。買い物以外に何も思い浮かばない自分が情けない。


「もう少し一緒にいたいって素直に言えたらいいのに……」

「え?」

「え?」


 心の中で自分自身にため息を吐いた、はずだった。なのに、なぜか目の前の響弥が驚いたように目を丸くして彩楓のことを見ていた。どうして。なんで。まさか。


「私、今……口に出して、ましたか……?」

「あ、いや、その……うん」

「……っ!!!!」


 恥ずかしさで顔から火を噴き出してしまいそうだ。穴があったら入りたいと言った先人の気持ちが今ならよくわかる。いや、言ったかどうかなんてわかんないけど。でも、とりあえず今すぐこの場所から逃げ出してしまいたかった。

 へへっと引きつったような笑みを浮かべながら、彩楓は心の中で慌てふためいていた。そんな彩楓の前で響弥は握りこぶしで口元を押さえながら「えーっと……」と呟いた。


「あの、彩楓ちゃん」

「え、あ、その」


 何を言われるのかが怖くて、彩楓は両手を顔の前で振りながら必死に言い訳をする。


「違うんです、そのもう少し一緒にいたいというかまだ帰りたくないというか。あれ? 私何言ってるんだろ。そうじゃなくて、なんかせっかくこうやって響弥先輩と一緒にお出かけできたのに思ったよりも一瞬で時間が過ぎ去っちゃって寂しいというか、えっと、その、だから……」

「ストップ! わかった、わかったから」


 響弥の手が彩楓の口元を押さえる。すぐ目の前にある響弥の顔は、彩楓に負けず劣らず赤く染まっていた。


「顔、赤い、です」

「……当たり前でしょ」

「照れてるんですか?」

「彩楓ちゃんは俺のことをなんだと思ってるの」


 彩楓から手を離すと、響弥は再び口元を拳で隠す。もしかしてこれは照れたときの響弥の癖、なのだろうか。


「響弥先輩、可愛いですね」


 思わずついて出た言葉に響弥は呆れたように笑った。


「彩楓ちゃんには負けるよ」


 それから彩楓の手を取るとカフェの席を立つ。


「え、あ、あの」

「まだ帰りたくないんでしょ? じゃあ少しだけエメラルドモールの中、見て回ろっか」

「……っ、はい!」


 隣に並んで響弥と一緒に歩く。ふと見上げた頬がまだ少し赤くて、頬が緩んだのを響弥にバレないように必死で隠した。

 

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