第14話 (君塚澪視点)

 わたくしの初ダンジョンは、順調だった。

 遭遇する敵は弱いし、『英雄ハクア』を召喚すればまるで相手にならなかった。


 慈雨さんと一ノ瀬くんを連れて、あっという間に2層へ到達してからも、それは変わらず。


 もしかしたら、100層もあっという間に辿り着いてしまうかもしれない。

 そう考えると、複雑な気持ちになった。


 せっかく生まれ変わった高校生活。

 それも迷宮学園は7年制……できるなら、充実な高校生活を送りたいと思う。


 地球に戻って、社会人になって、誰かに嫁いで……そんな人生に魅力を感じない。

 この世界は地球より女性の権利が低い……それでも、カードという権力を可視化させてくれる絶対値がある。


 四辻くんにはクラスメイトの前で屈辱を与えられたけど、彼を仮想敵とすることで、わたくしを中心に1組はまとまろうとしている。

 この調子で、頑張りたい。

 そんな希望に満ち溢れていたはず、だったのに――――




「ふう、ちょっと休もうぜ」

「ええ……そうね。慈雨さんも、それでいいかしら?」

「……はい」


 慈雨さんの顔色はいつにも増して悪い。

 わたくしは心配しながら、携帯していた水筒を取り出して渡す。


 しばらくすれば、『学内商店』で『カードデッキ』を購入し、保存したアイテムとして簡単に持ち運べるようになるだろうけど、今はまだポシェットに入れて持ち込んでいた。


「それにしても、ダンジョンの中って疲れるのね」

「だな。原作小説とは偉い違いだ」

「…………え?」


 ちょっとした雑談のつもりだった。

 しかし、一ノ瀬くんから告げられた言葉に、わたくしは戸惑いを覚える。


「2人とも、転生者だろ? 俺もそうだ」

「それは……ええ、そうよ」


 わたくしは素直に答える。

 こちらから何人か相手に、転生者かどうか尋ねるような質問をしたこともあったし、バレてしまうのは時間の問題だと思っていた。


 しかし――慈雨さんもそうなのだろうか。

 彼女の方へと顔を向けると、コクリと頷いてくれた。


「私も……そうです。それで――」

「言わなくていい。慈雨の事情はわかってっから。何とかするから、安心しな」

「そう……ですか……」


 わたくしには、何にもわからない。

 しかし、2人の間では少ない言葉のキャッチボールで会話が成立していた。

 だけど、わたくしにはそれより気になることがあった。


「一ノ瀬くん……訊いていいかしら」

「何でも聞いてくれ」

「あなたの前世は、誰?」


 信頼できる相手なのかどうか。

 前世のクラスメイトの中に、一ノ瀬くんのように自信に溢れた人が当てはまる生徒は1人しか浮かばない。


 四宮誠司……わたくしの初恋で、告白できなかった人――彼かもしれない。

 そんな淡い想いが、こんな時にも胸を熱くさせてくれる。

 しかし――――


「悪いけど、言いたくない」

「ど、どうして……?」

「前世を忘れたい奴も、いるってこった」


 ならどうして……自ら転生者であることを明かしたのか。

 お互いの前世を知って、団結しようという話ではなかったのか。


「それに白い空間で言われたろ? 少し経ったら転生者同士連絡を取れるようにしてくれるって。それでいいじゃん」

「…………そうね」


 そんな話もあった気がする。

 7年もあるなら、いずれ四宮くんとも再会できる……かもしれない。

 気長に待つことも、大切だと割り切ることにした。


「で、話したいのは1組の話だ。この世界の主人公……二宮双真が、このクラスを引っ張る鍵だと思ってる」

「しゅ、主人公って……?」

「ここは小説の世界なんだ。主人公がいるに決まってるだろ。それが二宮なんだ」


 二宮くん……確か、★3装備カードを2枚出していたクラスメイトだったことを思い出す。

 そういえば、一ノ瀬くんは彼の友人に思えたけれど、知っていて近づいていたのだろうか。


「代表は、1組をクラスとして強くしたいんだよな?」

「ええ、その通り。一ノ瀬くんも、同じだったのね」

「ああ」


 同じ志を持つ同郷の人がいると、不思議と心強くなる……彼が前世で何者であっても、だ。

 そして情報を得た『主人公』の話。

 1組代表として、二宮双真を成長させることができれば、わたくしの良い右腕になってくれるかもしれない。


「転生者3人で、彼をサポートしましょうって話よね?」

「ああ。慈雨も、帰れたらそれでいいよな?」

「……はい」

「うしっ! じゃあ決まりだ。充分休んだし、そろそろ活動再開しようぜ」


 そう言って立ち上がる一ノ瀬くん。

 一応わたくしが代表なのだから、わたくしに仕切られて欲しかったけれど、有益な情報をもらったので言葉にしないでおく。


 しかし――少し歩いたところで、アナウンスが表示された。



【特殊ステージ『帯花の湖沼』】


 特殊ステージ……?

 実家の侯爵家で、ダンジョン専門家の家庭教師から教わったことがある。

 だけど、殆ど幻の存在だから、憶えなくていいとまで言われていたことだ。


「いっ……一ノ瀬くん……君塚……さん……」


 慈雨奏が怯えていた。

 まだステージの種類が戦闘系なのか、ギミック系なのかも判明していないのに、もうすべてを知っているような迫真さを感じ取る。


 そしてわたくしも――その存在を目に捉えた。


『ガーゴイル★★★★』


 そのモンスターが本来生息しているのは、ダンジョン第9層以降……迷宮学園が挑戦を推奨する、最少学年が4年生としている難易度だ。


 それも、わたくし達は来年にも超えるつもりでいるけど、少なくとも今じゃない。


 ランクだけなら『英雄ハクア』と同じ。

 でも、レベルという可視化されない格の差がモンスターには存在していると言われている。

 そして何よりヤバいのは――――


「やっぱり、3体出てきたか」

「やっぱり……?」


 一ノ瀬くんが妙なことを言っているが、それどころではない。

 ★4ランクのモンスターが1体なら、ギリギリ逃げられる算段があった。


 わたくし達の持つモンスターカードは、レベルが低くても精鋭のはずだから。

 けれど、3体だと話が変わる。

 どうすればいいのかわからず……わたくしまで足がすくんでしまう。


「悪いな……慈雨。運命は変えられねぇみたいだ」

「……ッ!」


 身体が硬直している間に、一ノ瀬くんが同じく動けなくなっている慈雨さんの身体を引っ張り、ガーゴイルの前に転ばせる。


「何を……しているの?」

「必要な犠牲ってやつだよ。これで俺と代表は助かる」


 こんな状況だというのに、さっき雑談した頃と変わらない顔で、淡々と話す一ノ瀬くん。

 わたくしの頭は真っ白になって、何も言えなくなってしまった。


「やだっ……いやだ、死にたくない……」


 ガーゴイルが慈雨さんの元へ向かう中、彼女は必死で自分のモンスターカードを召喚する。


『ライトシープ★★★』


 ガーゴイルは水属性のモンスターであり、雷属性との相性に優劣はない。

 だから一撃で倒されることもないけど、だからこそ――――


「はあっ……はあっ……」


 モンスターを盾にしながら、這いつくばって逃げようとしている慈雨さんの姿に、胸が締め付けられるようになる。


「今のうちに、逃げるぞ」

「で、でも……」

「綺麗ごと言って死にたいのか?」

「――――――」


 そうだ……正義感だけでは生きていけないことを、前世でも痛いほど思い知っていたはず。

 覚悟を決めるしか……ないのかもしれない。


「……ざまぁ……みろ」

「ッ!? お、おいやめろ!」


 一ノ瀬くんが声を荒げる。

 何事かと慈雨さんを見ると、彼女は次に驚きの行動へと走っていた。

 彼女は、適当に這いつくばっていた訳じゃない。


 エリアの端にあった……『赤い土』へと移動し、罠を発動させた。

 2層の『赤い土』は有名な即死トラップだ。

 シンプルな落とし穴は、8層にまで落とされてしまうという。


「くそっ、あのアマ……ッ」


 即ち、自分の命を使った強制離脱。

 使用者が一定以上離れたことで、盾になっていた『ライトシープ』は消え、ガーゴイル3体のヘイトは当然こちらへと向き始める。


 慈雨さんは……自分を裏切ったわたくし達に一矢報いたかったのかもしれない。












୨୧┈••┈┈┈┈┈┈┈目録┈┈┈┈┈┈┈••┈୨୧


・『属性バード』

 ランク:★★

 属性:基礎5種類

 生息地:ダンジョン3~5層


・『属性フロッグ』

 ランク:★★

 属性:基礎5種類

 生息地:ダンジョン3~5層


・『ライトシープ』

 ランク:★★★

 属性:雷

 生息地:ダンジョン6・7層

 スキル:《静電気》


୨୧┈••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••┈୨୧

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