7人の英雄候補生と冴えない教官

第1章 英雄候補生特殊訓練施設

第1話 英雄候補生の教官へ

 2037年。

 突如世界の各地に魔界と人間界を繋ぐゲートが出現。

 魔族の襲来で人類は多くの命を落とし、土地を奪われた。

 あれから7年。

 人類は安全区域を築き上げ、生存圏の確保に成功したが未だゲートの封鎖には至っていない。


—1—


「奈津隊員、前線の防衛任務で忙しいところ呼び出してすまない。お詫びと言ってはなんだが甘い物は好きかな?」


「自分から好んで口にはしませんが休日に妹の亜紀に付き合わされて喫茶店巡りをしているので食べる機会は増えました」


「そうか。兄妹仲睦まじくて何より」


 柔和な笑みを見せる30半ばの男——魔族討伐部隊クリムゾンを指揮する那由他蒼月なゆたそうげつが長方形の箱から羊羹を取り出すとナイフで丁寧に切り分けて小皿に乗せ替えた。

 革張りのソファーに浅く腰掛けていたオレは那由他さんから小皿を受け取りテーブルに置く。


「それで今日はどのような要件で?」


「こうやって君と2人で話す機会もそうそうないからもう少し世間話に花を咲かせたいところだが、そうだね、本題に入ろうか」


 那由他さんは黒文字で羊羹を一口サイズに切るとそれを口に運ぶことなく灰色に覆われた窓の外に目を向けた。

 魔族が行き交うゲート発生付近ではこの霧も一層黒く濃くなる。

 本来交わるはずのない魔族が住む『魔界』と人類が住む『人間界』の境界線が曖昧になったことで空間に歪みができたのか、霧が侵食する範囲は日に日に広がってきている。


「世界に初めてゲートが出現してから7年。5年前の第一次魔族大戦当時『魔族七将』の座についていた不敗のチェインによると世界がリセットされるまで残り3年を切ったわけだ」


「そうでしたね」


「加えて魔族七将との大戦で我が国最大の戦力『神能十傑』の半分が犠牲になった」


 生まれながらに異能を宿し、役目を果たすその時の為に陰で鍛錬を積んできた一族。

 その中でも特に戦闘能力に優れた上位十名が神能十傑と呼ばれている。

 神能とは神から授かった奇跡・異能力のことだ。

 火、水、風などの属性を操るものから身体能力を強化したり精神を操ったりと多岐に渡る。


「彼等を失った責任はオレにもあります」


「そう自分を責めるな。奈津隊員、君は当時15歳。まだ子供だった」


「戦場に出た以上年齢は関係ありません。何歳だろうと一人の戦士です」


「そうだったな。すまない、今の発言は訂正させてくれ」


 那由他さんが片手を上げて謝罪の意を示した。

 それに軽く頷くと再び那由他さんが口を開いた。


「その一人の勇敢な戦士は後方支援として配属されたにも関わらず魔族七将の一将を討ち取った。君がいなければ我々は生きてこの地に帰ってくることは叶わなかっただろう」


「そんなことは……」


 当時の記憶が蘇る。

 足元には二度と動くことのない仲間達。最後の瞬間が訪れるまで自身の役割を全うし、体には無数の切り傷が刻まれていた。

 同じ釜の飯を食べ、家族よりも愛情を注いでくれた彼等が。無惨な姿で転がっていた。


 その時だ。オレの中にある何かが壊れたのは。

 あらゆる感情が消え、ただ目の前の敵を屠る。その一点だけが脳内を支配した。

 そこからはあまり記憶がない。

 気が付いたら生き残った神能十傑の仲間や那由他さんに抱き締められていた。


「第一次魔族大戦の功績と前線の防衛任務の経験がある君に頼みがある」


 ゴクリと生唾を飲み、次に繋がれるであろう那由他さんの言葉に耳を傾ける。


「魔族を討ち滅ぼす可能性を秘めた7人の英雄候補生の教官となって1年間鍛え上げて欲しい」


「オレが教官ですか……?」


 予想の斜め上の発言に声の力が抜ける。


「世界のリセットまで残り3年。これから魔族軍も本腰を入れてくるはずだ。神能十傑を半数欠いた状態ではとてもじゃないが太刀打ちできない」


「だからと言ってどうしてオレなんですか? 教官なら御影みかげさんとか大和やまとさんとかもっと適任がいると思います」


 思い浮かんだ神能十傑の名前を挙げていく。


「彼等には引き続き前線の防衛任務に当たってもらう。奈津隊員が抜けた穴は私が埋めるから心配いらないよ」


 どうやらオレが教官になることは確定事項で断る選択肢は残されていないらしい。

 世界のリセットから逆算して3年以内に魔族と人類の生存を懸けた最後の戦の火蓋は切って落とされる。

 第二次魔族大戦を見据えて上も戦力の増強に本腰を入れてきたということか。

 冷静に考えても少し遅いぐらいだけどな。


「分かりました。引き受けます」


「そう言ってもらえて助かるよ」


「——ただ、1つだけ条件があります」


 那由他さんの言葉に被せてオレは人差し指を突き立てる。


「いくら英雄候補生とはいえ戦場に出たことのない素人に変わりありません。それを1年で実践レベルまで引き上げるとなるとやり方に拘っていては間に合いません」


「無茶を言っているのは百も承知さ。やり方は君に任せるよ」


「ありがとうございます」


 一から十まで言わずともこちらの言いたいことを汲み取ってくれるあたり那由他さんの理解力の高さが伺える。


「それと最後に先日捕獲した魔狼ですが、持ち出しの許可を頂きたいのですが」


「構わないよ。十分データは取れてる。自由に使ってくれ。初回の講義は3日後。それまでにこのリストに目を通しておくことをオススメする」


 話がまとまり正式に英雄候補生の教官になることが決まったオレに那由他さんが1冊のノートを差し出した。

 『英雄候補生名簿』と見出しが書かれている。

 初講義まで3日もあればどこかで読めるだろう。


「では、失礼します」


「期待してるよ」


 扉の前で一礼し、オレは部屋を後にした。


—2—


 奈津を見送った那由他は厚く切り分けた羊羹を口に運び頬を緩ませていた。

 一仕事終えた後の甘味は格別だ。

 人類最強と呼ばれる男にも苦労は多い。

 だがそれももう直ぐ終わりを迎える。

 駒の配置が完了し、後は盤上を動かすだけ。


 那由他は羊羹を切り分ける際に使用した小型のナイフを持ち上げ、壁に投げつけた。

 手首のスナップだけで放たれたナイフは物凄い速さで日本地図が描かれた壁紙に突き刺さった。

 東北の宮城県、ナイフの先端はその辺りを指していた。


「集え、世界のリセットに抗う者たちよ」


 日本地図を見つめて呟かれた那由他の言葉は静かに部屋に吸い込まれていくのだった。

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