Chapter16 : 証拠


 ヘイミッシュの背についていき、レックスもクランハウスに踏み込んだ。


 エントランスは、銀行のそれとは違い文化的な印象はない――つまり、実用性一辺倒で、コンクリートが打ちっぱなしの外観とそれほど大差がなかった。


 ジョー以外の、クランメンバーと思しき武装した数名が、ジロッとこちらに値踏みするような目を向けてくる。


(……なかなか個性的だ)


 スキンヘッドで、筋骨隆々な体躯を見せつけるように上半身裸の男。大振りな戦闘用ナイフをくるくると手の中で弄んでいたが、レックスの視線を感じた途端、ぴたりと動きを止める。ナイフの他には特にこれといって武装は身につけていない。


「しゅるるる……」


 その隣には、縦長の瞳孔を持つ細身の男。頬のあたりが鱗のようなものに覆われており、レックス同様、変異種ミュータントであることは明らかだった。興味深げにしげしげと見つめてくる彼の目には、「お仲間だな」とある種の親近感が浮かんでいる。チロロッと糸のように細い舌が飛び出して、空気を舐め取った。


「ん……?」


 ふと、上から視線を感じたレックスは振り仰いでギョッとする。いかなる原理か、天井に黒髪の女が貼り付いていた。その手には当然のように銃が握られており、狙いはこちらに向けられている。「あら」と意外そうに目を瞬いた女は、気づかれたからには仕方ないとばかりに肩をすくめ、ひらりと落下してきた。


「いでっ。おらの上に降りるのやめておくれよぅ」

「だって床より近いんですもの」


 女が降り立ったのは、床ではなく大柄な男の肩の上だった。熊のようにずんぐりむっくりしており、モサモサのあごひげに顔半分が覆われている。だがその山のような体躯とは裏腹に、おどおどとした態度でレックスにも不安げな目を向けてきていた。その手には無骨な機関銃。ベルト給弾式で、一度火を吹けば百発以上の弾丸をばらまける物騒なシロモノだ。この熊のような男の手に握られていると妙に引き金が軽そうに見え、レックスはさらに落ち着かない気分になった。


 最後にひとり、物々しいこの空間には似つかわしくない、おっとりとした雰囲気の金髪の女性が立っていた。銀行の職員(戦闘要員じゃない方)を思わせるフォーマルな服装で、彼女の周囲だけ整然とした空気が流れている。だが冷静に考えれば、今の緊迫した状況で穏やかに微笑んでるのはそれはそれでおかしいし、何より、その頭に大きなカラスが止まっているという一点で、圧倒的に異様だった。女に代わって無機質で冷たい目を持つカラスは、微動だにせずレックスを睨み続けている――


「…………」


 レックスは、自分が『森の中にいる』と思うことにした。


「カンナ。これ、お返しするね」


 とりあえず、カンナに預けられていた銃を返却する。


「……いいの?」

「うん」


 こくりとうなずいた――『いざというときは手伝う』という宣言がまだ有効なら、すぐに使える武器が彼女の手にあった方がいい。そんなことを考えた。


 自分でも少しひねくれた考え方だとは思った。斜に構えたリアリズムで、ままならない現実に抵抗を試みたのかもしれない。


 あるいは、ひとりでも『味方』がここにいることを確かめたいという、レックスらしからぬ弱気の表れだったのかもしれない――



 エントランスに入って左手に進むと、ほどなくして広めの空間に突き当たった。



 ガレージだ。車両が何台か停まっている。


「ッ!」


 レックスが身を固くしたのも無理はない。見覚えのある軍用車両――装甲車があったからだ。ただし1台のみで、他は輸送車両や二輪車のようだった。


「ほれ、こいつだ」


 クランマスター・ヘイミッシュの呼びかけに、レックスの意識が装甲車から引き剥がされる。


「オレたち全員の写真だ」


 ヘイミッシュが指差すのは、壁の掲示板。カレンダーやメモが雑多にピン留めされている中に、大事そうに、周囲から少し距離を置いて、1枚の大きな写真が貼られていた。


 歩み寄り、じっくりと観察する。


 先ほどエントランスでレックスを出迎えた面々はもちろん、斜に構えたジョーさえも画面の端に写っている。3列に並んだメンバーの中心にはヘイミッシュ。そのすぐ前には、かがみ込んだカンナが笑顔を見せていた。ほぼ全員が両手ないし片手で指を2本立てたポーズを取っているのは、このクランの伝統なのだろうか……


「…………」


 レックスは穴が空くほど写真を見つめた。写り込む人数が人数なだけに、ひとりひとりの顔はそれほど大きくないが、人物を判断するには十分なサイズだった。


「…………」


 レックスを注視していた面々は、その外骨格に包まれた身体から徐々に力が抜けていき、肩が落ちるのを見て取った。


「どうだ? いたか」


 ――クソ野郎どもは。ヘイミッシュが巌のような顔で尋ねてくる。


「いなかった……この中には」


 ゆるゆると頭を振るレックス。ほれ見ろ、と言わんばかりにジョーが歯を剥き出しにした。


 レックスは踵を返し、ガレージの装甲車に歩み寄る。


 記憶にあるものと形状は全く同じだったが、どれだけ観察しても、あの日の傷跡は見当たらなかった。そして装甲板に描かれたエンブレム――パズルのようにところどころが欠けたパンサーのマークが、クランハウスの入口に掲げられていたものと細部が異なることにも気づいた。



 ガラガラガラッ! と急なデカい音に、レックスは少し驚く。



 見れば、すぐそばにパイプ椅子がスライドしてきていた。



「立ち話もなんだ。座りな」


 自身もどっかとパイプ椅子に腰掛けながら、ヘイミッシュが言う。


 壁際にはまとめて数脚が置かれており、ぞろぞろと遅れてガレージに入ってきたクランの面々も、思い思いにパイプ椅子を展開しては腰掛けていく。あるいは壁に寄りかかったり、護衛のようにヘイミッシュのそばに控える者もいた。こんな形で話し合うのは、よくあることなのかもしれない。


 パイプ椅子を引きずってきたカンナが、レックスのかたわらに腰を落ち着けた。皆がレックスと相対する中、唯一、カンナだけがレックスと同じ方向を向いている。


 レックスの味方だと態度で示しているようにも見えたし、あるいは、弁護人のようでもあった。



 しばし、レックスとヘイミッシュが見つめ合う。



「『ウチのクランにクソ野郎はいませんでした。めでたしめでたし』――で、済めばよかったんだが、生憎そういうわけにもいかねえ」


 整えられた灰色のあごひげを擦りながら、ヘイミッシュが口を開く。


、ウチの看板を掲げてふざけた真似をしやがった連中がいるってことになる」


 その『仮定』にはレックスもピクッと反応したが、何も言わなかった。


「ナメられたままってワケにはいかねえんだ。オレたちとしてもな」

「……よくわかります」

「ああ。というわけで、お話といこうじゃねえか」


 ずい、と身を乗り出すヘイミッシュ。ぎらぎらと獰猛な光をたたえた瞳は、レックスのみならず、カンナにも向けられていた。


「…………」


 ちら、とレックスを一瞥したカンナが、こくんとうなずき返す。



「何が起きたのか、詳しく聞かせてくれ。初めから。全てを、だ」



 ヘイミッシュの言葉に、レックスはギリッと膝の上で拳を握りしめた。



 忘れようとしたって、忘れられない話だ。



「……去年の秋の初めです。このままじゃ村が滅ぶってわかったのは――」



 レックスは語り始めた。



 まだ村が存在した豊穣の秋。



 その後に訪れた、絶望の冬の物語を。


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