第4話 兄貴って呼ばせてくれ

 影から飛び出してきたのは、全長五メートルほどの漆黒の狼だった。

 全身から黒い靄のようなものが立ち昇っている。


「ワオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!」


 祠のボス、シャドウウルフ。

 その名の通り影に身を潜めることが可能な、狼の魔物である。


 ここに来るまで遭遇した雑魚敵とは違って、多彩な攻撃パターンを持ち、動きは俊敏。しかも攻撃力も段違いに高い。


 中でも一番厄介なのが、先ほど男が餌食になりかけていた攻撃、ファントムシャドウだ。

 三つの影が同時にこちらに迫ってきて、そのうちのどこからボスが飛び出してくるか分からないのである。


「ま、まただっ!? この攻撃、どうしようもねぇんだよぉっ!」


 男が情けない悲鳴を上げる。

 再びボスが影に身を潜め、それが三つに分裂して襲い掛かってきた。


 どれか一つがボス自身の本体で、残り二つが偽物だが、見た目ではまったく区別がつかない。

 しかも猛スピードで飛び出してくるため、ボスの身体が見えた瞬間に動いたとしても、攻撃を回避するのは困難だ。


 ましてや敏捷の低い無職はなおさらである。


 だが次の瞬間、俺を狙って中央の影から飛び出してきたボスは、またしてもその牙が空を噛むだけに終わった。


「躱した!? お、おい、どうなってんだ!? そういや、さっきも攻撃がくる前に〝右に飛べ〟って叫んだよな!? 咄嗟にそれに従ったが……まさか、どれが本体か分かるのか!?」

「まぁそういうことだ」


 驚く男に、俺は種明かしする。


「確かに見た目だけじゃどれが本体の影か区別がつかない。だから影の〝動き〟を見るんだ」

「影の動き……?」

「ああ。実は影の動き方には幾つかのパターンがあって、パターンごとにどこから飛び出してくるかが決まっているんだ」


 絶句する男を余所に、俺はシャドウウルフの攻撃を回避しつつ、隙を見てナイフで反撃していく。

 攻撃力が低いので、かなり時間がかかってしまうが。


「オオオオオオオンッ!?」


 それでも最後までノーダメージのまま、ついにボスのHPを削り切った。

 断末魔の雄叫びを残し、光の粒子となって消えていく。


 あとには一本の黒い牙が残された。


―――――――――

〈影狼の牙〉シャドウウルフの牙。この牙で傷つけられると暗闇に囚われる。

―――――――――


 ドロップアイテムである。

 超初級の祠とはいえ、ボスから手に入れたものなので、売ればそれなりの金額にはなる。


 そしてレベルも上がった。


―――――――――

【レベル】10→12

―――――――――


 ボスなので経験値が多く、一気に二つレベルアップだ。


 だが一番の収穫はやはりこれだろう。


―――――――――

【アビリティ】〈盗みの極意〉

―――――――――


 祠を攻略したことで、アビリティを獲得することができた。


 このアビリティというのは、スキルを得るために必須のものだ。

 レベルアップで手に入るアビリティポイントを使うことで、特定のスキルを覚えることが可能だった。


 俺は早速、アビリティポイントを〈盗みの極意〉に消費した。


―――――――――

【アビリティ】〈盗みの極意〉→〈盗みの極意+1〉

【アビリティポイント】12→11

―――――――――


 ――〈敏捷上昇Ⅰ〉を習得しました。


―――――――――

〈敏捷上昇Ⅰ〉敏捷を常時20%上昇させる。

―――――――――


 この手のステータス上昇系のスキルは、ステータスに難のある無職にとって、かなり重要だった。

 さらに俺はアビリティポイントを消費する。


―――――――――

【アビリティ】〈盗みの極意+1〉→〈盗みの極意+2〉

【アビリティポイント】11→9

―――――――――


 ――〈忍び足〉を習得しました。


―――――――――

〈忍び足〉音を立てずに歩き、敵に見つかりにくくなる。

―――――――――


 敵から発見される可能性を低下させてくれるこのスキルも、無職にとってありがたい。

 使用中は魔物への不意打ちが成功する確率も上がる。


〈盗みの極意〉のスキルは役に立つものが多いため、アビリティポイントを限界まで使うことにした。


―――――――――

【アビリティ】〈盗みの極意+2〉→〈盗みの極意+4〉

【アビリティポイント】9→2

―――――――――


 ――〈投擲〉を習得しました。

 ――〈逃げ足〉を習得しました。


―――――――――

〈投擲〉石やナイフなどを投擲した際、命中率とダメージ上昇。

〈逃げ足〉逃走時、敏捷が50%上昇

―――――――――


 ちなみにアビリティポイントは、レベルが一つ上がるたびに1ずつ手に入る。


「おい、あんた、すげぇな! あんな化け物を一人で倒しちまうなんて……っ!」


 先ほどの野盗風の男が目を輝かせながら近づいてきた。


「いいや、あんたなんかじゃねぇ、兄貴だ、兄貴! 兄貴って呼ばせてくれ!」

「……兄貴?」


 無精ひげが生えているし、若くても二十代の半ばくらいといったところだろうか。

 今の俺は十五歳なので、ずっと年上のはずである。


「兄貴のお陰で助かったよ! 俺はロベイルっていうんだ! 【盗賊】にしか入れねぇって噂の祠があるって聞いてよ、きっと貴重なお宝があるに違いねぇって思って、挑んだのが間違いだったぜ! まさかあんな化け物がいるなんてよぉ」


 ロベイルと名乗る男は、それから驚くべきことを口にした。


「兄貴に拾ってもらったこの命、これから兄貴のために使わせてくれ!」

「は?」

「一生兄貴についていくぜ!」


 おいおい、マジかよ。

 ロベイルの言葉に、俺は思わず絶句してしまう。


 グラワルは基本、一人プレイ用のゲームだ。

 ただ、ゲーム世界には数多くのNPCが暮らしていて、その中には仲間にできるキャラもたくさんいた。


 こちらから操作することはできず、行動はAI任せ。

 総勢百体以上もいる上に出会える場所が毎回違う者も多く、やり込みまくっていた俺でも、コンプリートするまで数年かかってしまったほど。


 だがその中に、ロベイルという名のキャラは存在しない。

 そんな相手から明確な同行の意思を示されて、戸惑ってしまったのである。


 ゲームでは登場しなかった未知のキャラ(?)を連れ歩くことができる。

 現実となったゲームの世界ならではの状況に、俺は興奮を覚えつつ、ロベイルの台詞に返答するのだった。


「断る」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る