サムライハート

筆開紙閉

一話

 春の北海道の冷たい風が吹き付けて寒いことを除けばいい天気だ。上着もっと厚くしても良かったな。本州から飛行機で飛び俺たちは旭川東神楽の『ベストム』というスーパーに来ていた。ここの店内の飲食店で昼を食べるために。

「カレーと醬油ラーメン食べたいな」

 斬島亜沙キリシマ・アサがちらちらこっち(俺の隣の奴)の様子を見てくる。

 小六のガキだが、両親と違って気遣いのできる良い奴だ。

 目付きがキリっとしていて可愛いというよりカッコイイ系の顔。将来的には美人になりそうだな。

 亜沙は複雑な事情で預かっている。世間的には俺の実子とか弟子とか非常食とかそういう説明で通している。

「いいぞいいぞ。いっぱい食べろ。どうせ俺の金じゃないし」

 人の金なので俺もスタミナかつ丼二杯くらい食べようかな。

「囃し立てるな」

 俺の隣の奴がそう言って俺に肘を入れてくる。

 コイツは金髪ツインテールでフリルが付いた白のブラウスにハイウエストの黒いスカートをサスペンダーで釣っている。それらと調和を保つような色合いのニーハイソックスに履きなれた革靴が些か似合わない。

「お前が頭下げて泣きついたから俺がここまで来てやっているんだぞ。これくらいいいだろ」

 ここに来ている理由はこの量産型女子ファッションの奴に泣きつかれたからだ。 昼飯代くらいしか受け取るつもりはないが……好きなだけ食べるつもりだ。

 俺は探偵という看板でお祓いみたいな仕事をメインでしている。あと殺しの仕事もたまにくる。今回は殺しの仕事みたいなもんだが、長い付き合いがあるから飯代くらいで付き合ってやっている。移動費も出してくれると嬉しいが、それはまあ別にいい。

「常識的範疇で飲み食いしてくれよ。経費で通りそうな範囲というか」

 量産型女子ファッションからは似合わない低い声だが、それは当然のこと。

 コイツは男だ。趣味で女装している。

「ナオヤ、お前は何を食べるんだ?」

「スタミナかつ丼」

 スタミナかつ丼というのはとんかつととろろと黄身が乗った丼だ。



 頼んだものが出てくるまでの時間、俺は小鉢のスパゲティサラダ食べている。『満旬屋』はセルフで小鉢を選らんだりできるし価格が安いのが良い。旭川周辺くらいにしか展開してないが。

「で、何だっけ?暗殺五課の斥候が二人行方不明だっけ?」

 平成に入り日本の治安が極めて悪化したことにより凶悪犯を"直ちに"抹殺することが重要になった。警視庁暗殺部はそのような理由で発足し、発足時から現在まで定数の人員が居たことがない。すぐに殉職するからだ。

「その通りだ。俺の部下が二人消えた」

 俺の前に座っている土御門ナオヤは女装趣味以外は極めてまともなため、今は暗殺五課第二偵察係の係長やらされている。

 弱くてまともな人間しか部下に回されないナオヤの気苦労はわからなくもないし、土御門の一族とは長い付き合いだから手助けを求められれば貸しで手伝ってやる。俺の貸しは重いぞ。

 店員がスタミナかつ丼ができたと知らせてくる。ナオヤの分だった。

「旭川周辺に潜伏している殺人鬼の居場所を所轄に黙って探していたんだが……まあ死んだんだろ」

 スタミナかつ丼を受け取って戻ってきたナオヤは同じトレーに並ぶ、味噌汁の方から手をつけていく。所轄の警察ではなく本庁のナオヤが出張るのは無駄な死人を増やさないためだ。暗殺五課の斥候を殺せるレベルの殺人鬼相手なら所轄の警官だとダース単位の死者は必要経費になる。

「暗殺部最弱の五課とはいえ、その辺のアマチュア殺人鬼にやられるとは思えない。プロの仕業だな」

 殺人鬼は特に国家資格があるわけでも試験があるわけでもないが、人を殺し続けていくと段々手際が良くなっていく。一般人を殺すのにも飽きてきてヤクザや警察を襲うようになっていく。ここまでレベルが上がると"直ちに"発見し殺さなくちゃいけない。血に飢えた獣をその辺うろつかせるわけにもいかない。

「プロ相手なら僕ついて来ない方が良かったかな?」

 俺やナオヤより先に醬油ラーメン啜っていた亜沙が自分は足手纏いじゃないかというような旨のことを言ってきた。まあ足手纏いだけど。

「殺人鬼の殺意を感じる経験も人生にはいると思うぞ」

 普通に生きるなら不要な経験だろうけど、まともに生きることは絶対できないから最初から経験値積んでおいた方が良い。亜沙は母親が人間社会に介入しまくるタイプの神話生物グレート・オールド・ワンなので、人質としての価値が高すぎる。アイツは人質効くからな。

 そう考えるとアイツとの血縁関係がバレても人質に取られることのない戦闘能力は不可欠だ。




 そういうことでナオヤの部下が消えた地点の近くまで車を走らせた。

 殺人鬼は部下のスマホも破壊したようでGPSでは場所を探れない。

「ここからは棒で占う」

 ナオヤの占いはわりと当たる。

「これ本当に当たるの?」

 亜沙が不安そうな顔をする。

「こういうまじないの名門である土御門の御曹司がやっているんだぞ。安心しろ」

 まあ土御門の祖先と比べたら残りかす程度の才能しかないが。

 棒の倒したところに進む。棒の倒れた先の空は黒く重い雲が広がっていた。雲はこちらに進んでいて雨が降りそうだった。

「百均で雨合羽買ってくるか」

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