第23話 対将棋部決着

「何だ? 今いいところなんだぞ!」

「次は俺の番だぞ」

「はぁ?」


 波佐見は一瞬彼方の言葉が理解できない。


「何を言っている? 今アニメ同好会のオタク女が攻撃したばかりだろうが!」

「誰かオタクでござるか!」


 どさくさにまぎれて失礼なことを言う波佐見に盟子の鋭い声が飛ぶ。


「ほかに誰がいるのかは知らんが……。ま、それはともかく、盟子は俺の仲間じゃないから、あいつが行動しても俺達の手は終わったことにはならないぞ」


「はぁ?」


 再び間抜け顔の波佐見。


「そうでござるな。拙者は協力するとは申したが、仲間になるとは一言も言ってはおらん。言うならば、拙者は第三勢力。ガンダムでいえば、貴殿ら二人がティターンズとエウーゴ。拙者がアクシズのハマーンでござる」


 ござるなどと言っているハマーンもどうかとは思うが、いつもつっこみを入れたがる彼方はそのことにはノータッチ。今の彼方にはほかに考えることがあったから。


「ならば俺はエウーゴのシャアだな。……てなわけで、わかってくれたかな、バスク大佐」


 彼方はシャアを意識した渋めの顔を作りつつ、波佐見の方へ顔を向ける。


「バスクがどんな奴かは知らんが……馬鹿にされていることはなんとなくわかるな」


 アニメをほとんど見たことのない波佐見に理解できない名前が飛び交ったが、話の展開と雰囲気から、バスクという人物が好ましくない人物であろうということくらいは十分理解できた。


「そんなことにより、お前達、卑怯だぞ!」

「お前に言われたくないが……」


 反論しながら彼方は水星から海王星までの八つの惑星を呼び出し、それらを自分達に迫って来ている歩兵達の後ろまで飛ばした。


「どうも俺は性格がいいもんで、ついつい波佐見に合わせてしまって自分の戦いを忘れていたようだ」

「どこが性格いいんだ!」

「うるさいぞ、お前。そういうこと言う奴には……天文部必殺、惑星八連撃!」


 歩兵達の後ろに配置された八つの惑星は、それぞれが九人の歩兵の背後につき一呼吸ずつ置いて順にその後頭部めがけて飛んで行く。


 パコパコパコパコパコパコパコパコパコ


 後頭部に強烈な打撃を食らった歩兵達は順にただの駒へと変化し、彼方の元へと飛んで行く。


「ひ、卑怯な! 飛び道具を使った上、一度に八回攻撃なんて!」

「これは一つの技だから、これで一手なんだよ」


 盟子に続き、彼方にまでコケにされ。波佐見はついに怒り心頭に達した。


「ゆ、許さんぞ! まずは阿仁盟子、お前からだ! 私の番が回って来たからには、お前はこれで終わりだ!」


「さっきやろうとして彼方に邪魔された手段でござるな。どんな手か見せてもらうでござるよ」

「えーい。いでよ、大手品緒! 我が手足となり、こいつらを打ち倒せ」


 その声に従い、今までマスの外でおとなしく座っていた品緒がむっくりと起き上がり、マスの外にいる盟子の隣にまで夢遊病者のようにフラフラと歩いて行く。


「確かに、私の将棋の駒ではマス目の外で戦うなどという野蛮な行為はできんが、この大手品緒は元々部外者。こいつならお前達とも同レベルの戦いができるというわけだ」


 盟子は隣に現れた品緒を見て肩を竦める。


「また貴殿とやり合うことになるとは……。できることなら戦わずにいたかった相手でござったが、こうなっては仕方ないでござるな」


 勝負の決意を固めた盟子が瞳に真剣な光を宿し始めた。しかし、当の品緒は相変わらず闘志の感じられない顔のまま、右手を盟子の前に突き出して待ったをかける。


「ちょっと待って下さい、盟子さん。あなたは今、仲間ではないとしても、少なくとも彼方君とは共同戦線を張っているんでしょ?」

「それはそうでござるが……」


 気勢をそがれた盟子が戸惑いつつ頷く。


「だったら僕とも敵同士ではないってことじゃありませんか。なにしろ、僕と彼方君とは親友なんですから」

「ちょ、ちょっと待て」


 その言葉を聞いて一番慌てたのは波佐見だった。


「お前、何を言っているんだ!? 今やお前は私の手駒なんだぞ!」

「これは妙なことを言いますね。確かに僕は香車にやられはしましたが、あなたの味方になるなんて言った覚えはありませんよ」


「だから! 覚えがあるとかないとかではなく、この将棋フィールドの中では、相手に倒されると無意識のうちに相手の駒になるようになってるんだ!」

「無意識のうちにって言いますけど、僕はしっかりと自分の意志を持っていますよ」


「だから、それがおかしいんだ! そんなことありえないはずなんだぞ!」


 波佐見はもう涙声になっていた。


「相手が悪かったよな、やっぱり」

「拙者もそう思うでござる。この男にかかわるとろくなことにならないでござるからな。……敵味方を問わずに」


 盟子の最後の言葉に、彼方と盟子は二人して一緒に溜息を吐く。


「それじゃあ、波佐見さんの手が終わったので、次は僕の番ですね」


 その波佐見の手により自分が登場したにもかかわらず、平然とそう言い切る品緒。


「あと、僕は第四勢力ってことで、彼方君や盟子さんとは別個に考えてくださいね」

「…………」


 波佐見にはもう反論する気力もなかった。


「それじゃあ、行きますね。マジック同好会必殺、発砲!」


 品緒は懐からいきなり拳銃を取り出した。そして、波佐見の隣に控える銀将(7二)に狙いを定めて引き金を引く。


 パスン


 消音装置が付いているのか、銃からは気の抜けたような音しかしなかったが、その弾丸の方は問答無用で銀の鎧ごと相手の体を貫く。撃ち抜かれた銀将はポンと煙をあげて駒に戻った。その駒は力なくフワフワと品緒の所へ飛んで行くが、よく見ればその駒の真ん中に風穴が空いているのが見て取れる。


「部長、発砲ってマジックなんですか?」

「さあ? しかし、いきなり懐から拳銃を取り出すあたりさすが品緒。訳がわからん」

「──とか言う以前に、銃を所持している時点で犯罪ではないでござるか?」


 品緒の非常識さに慣れたのか、それともすでに諦めているのか、拳銃を見ても平然とそんなコメントを並べる三人。


「それじゃあ、もう一発行きますか。マジック同好会必殺、爆破!」


 今度は、残っているもう一人の金将(6三)の足元が突然爆発した。


「部長、爆破ってマジックなんですか?」

「さあ? しかし、いきなりなんの準備や装置もなく爆発させるあたりさすが品緒。訳がわからん」

「──とか言う以前に、学校の敷地内で許可も取らずに爆薬使ってる時点で犯罪ではないでござるか?」


 爆破を見ても、やっぱりさして驚かずにコメントを連ねる三人。


「な、なんなんだ、その技は? 無茶苦茶すぎるぞ! だいたい、どうしてお前は二回も行動してるんだ!?」

「なーに、簡単なことですよ。マジックを使って二回行動を可能にしただけですから」

「マジックって……そんなマジック聞いたことがないぞ!」

「それだけマジックは奥が深いってことです」

「そんな無茶苦茶な……」


 本当に無茶苦茶である。

 波佐見は呆然となり肩を落とす。

 それを見て、もう必要なしと判断したのか、彼方は星達をいずこかへ帰し、天文フィールドも解除した。そしてゆっくりと波佐見の方へ歩いて行く。


「自慢の囲いも破られ、王が丸裸だな」

「……彼方殿」


 同じようにコスプレを解いた盟子も、波佐見に歩み寄る。


「波佐見将棋、あなたの負けよ」


 彼方、盟子、品緒に三方から囲まれ、もう勝機のない波佐見はがっくりと膝から崩れ折れ、地面に両手を着いた。


「この私が負けるとは……。しかも、あんな目茶苦茶な戦い方に」


 よほど悔しいのか、波佐見は地面の砂をぎゅっと握り込む。


「波佐見、お前の敗因は既存の将棋の形に捕らわれ過ぎたことだ」


 そうだろうか?


「そのために自分の形を縛ってしまい、自らの可能性をも制限してしまった」


 とかいうよりも、非常識な奇人にかかわったのが問題では?


「クラブマスターとなれる程の力を持っているのだから、お前は将棋を越えた将棋を追い求めるべきだったんだよ」


 波佐見の将棋もすでに将棋ではなかった気もするが……。

 だが、万人にはとても説得力のなさそうな彼方のコメントも、気が動転している波佐見には効果があったようだった。


「将棋を越えた将棋……」


 波佐見は地面を見つめながら、ただその言葉を繰り返す。

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