俺の婚約者を殺した奴の正体は親友だった。しかも、親友は母親違いの兄で俺たちの本当の父親は魔王という事実。婚約者は女神の生まれ変わりで魔王の血を受け継いだ俺を殺そうとしていたとか信じられるかよ

下垣

第1話 事件発生

 みんなは経験あるだろうか。いつまでも続くと思っていた幸せ。これから一緒に人生を歩んでいこうと思っていた信頼できる相手。


 それを何の前触れもなく失ってしまうことを――


「サラ!」


 俺は婚約者の名を叫んでいた。白く透き通るような肌だったサラの顔色が土気色になっている。亜麻色の髪は乱れているものの、安らかに目を閉じていて、その表情はまるで穏やかであった。


 彼女が着ている象牙色のワンピース。それが胸に突き刺さったナイフによって真っ赤に染められていた。


 そのナイフを見れば、サラの目はもう開かないことが十分に予想できた。


 床に垂れている乾いた血。ピクリとも動かないサラ。俺はサラに駆け寄って彼女の髪をかきわけて首に触れてみた。サラの盆の窪の周辺である。サラはそこに十字型のアザがあり、それが見える。小さいころからあるらしい。


 冷たい。明らかに人間の体温のそれではない。サラの体温は温かかった。冬場に俺と手を繋いで俺の手を温めてくれたことを思い出す。


 俺はこの冷たさを感じた時に、せき止めていた涙が一気に溢れてきた。この体温がサラのものだと信じたくなかった。


「どうした!? なにがあった?」


 俺が叫び声を聞いて、誰かが駆けつけてきた。親友のカストルだった。カストルは俺と同じ赤い瞳で現場の状況を見つめていた。


「これは一体……どうしてサラが……死んでいるのか?」


 ここはサラの家。サラがここにいることは不自然ではない。しかし、その状況が明らかに異質である。


 胸に突き刺さったナイフ。サラの傍に駆け寄り涙を流している俺。カストルもわけがわからなかったと思う。でも、俺はそれ以上に冷静さを欠いていた。


「サラが……一体誰がこんなことを! う、ううっ……あぁああああぁぁあ!」


 俺は無我夢中で叫んでいた。そして、サラの胸に刺さったナイフの柄を掴もうとした。


「お、落ち着け! アイン!」


 カストルが俺の肩を抱き寄せた。俺はカストルの胸で泣いていた。こうしていないと心が壊れてしまいそうだった。


「とにかく……人を呼んできてくれ」


「お、俺がか?」


 カストルは俺に誰かを呼ぶように指示をした。


「お前、ここにいて平気なのか? こんな状態のサラと一緒にいて耐えられるのか?」


 カストルなりに気を利かせてくれてのことだった。確かにここにずっといると俺は一生分の涙を流してしまいそうな勢いだった。


「わかった」


「俺はその間に現場を保存しておく」


 俺はカストルを信じて近くの村人にこの状況を知らせた。



 明後日。サラの葬儀が執り行われた。今でもサラが死んだことを俺は受け入れられなかった。


 ふと、俺の家の玄関を開けて微笑みかけてくれる。そんな妄想を何度もしてしまう。しかし、葬儀をしたことで……俺は完全にサラの死を受け入れた。


 サラはもういない。どれだけ、フラっと蘇って欲しいと願ってもそんなことはありえない。


 幽霊でも良い。サラに会いたい。サラの墓前の前でそう思っていると、カストルがやってきた。普段はとがらせている黒髪もサラの墓前ということで整えてきている。


「アイン。サラを殺した犯人を知りたくないか?」


 カストルがそんなことを言い出す。だが、俺はカストルに怒鳴ってしまう。


「サラの目の前だぞ! 時と場所を考えろ!」


「む、すまない。では場所を移そうか」


 俺とカストルは墓場の近くにある桜の木の下に移動した。


「サラの胸に突き刺さっていたナイフの柄。そこには羽が生えた山羊をかたどった紋章があしらわれていた」


「それがどうしたって言うんだ?」


「山羊は魔族の間で信仰の対象になっている動物だ。そしてこの羽はコウモリの羽。コウモリは魔族にとって高貴な存在であることを示す」


「魔族……?」


「もうわかったな。これは魔族の王家の紋章だ」


 俺の背筋がぞくぞくと震えた。カストルは一体なにを言っているのか。言葉は理解できても意味が理解できなかった。


「どうして魔族の王家に伝わる紋章のナイフがこの村にあるのかわからない。それが考えられるケースは2つある」


「犯人が魔族の王族……」


「そう。それが第1の可能性だ。そして、第2の可能性はその王族からナイフを奪った者が犯人……ということだ」


 俺はカストルの言葉に唾を飲み込んだ。そして、カストルが更に続ける。


「このナイフは少なくとも人間が持つような代物ではない。人間は魔族と対立している。その魔族が信仰している山羊の紋章を入れるのは人間に対する反逆に他ならない」


 カストルは淡々と説明する。俺はその話に耳を傾けることしかできない。


 カストルは俺よりも頭が良い。だから、こういうことも知っている。


「アイン。“真実”を知りたくないか?」


「真実? サラを殺した犯人のことか?」


 カストルは黙っている。その表情は無表情そのもので、カストルが何を考えているのか俺には全く読み取れなかった。


「もちろん。俺はサラを殺した人間を知りたい! サラは誰かに殺された! それは明らかだ! でも、村の誰かがサラを殺すとも思えない」


「アイン。真実を知りたければ、魔族について知ることだ。お前は魔族について知らなさすぎる」


「人類の敵のことなんて知りたくもなかった。でも、どうやらそういうわけにもいかないな」


 俺は桜の木に手を触れてみる。桜には神の力が宿っていると言われている。魔族は神の力が宿っている桜の木が苦手という話もあるようである。


「俺はこの桜の木に誓って、サラを殺した犯人を絶対に見つけてみせる。そして、絶対に償いをさせるんだ」


 俺は桜の木を見上げた。今の時期は桜は開花していない。つぼみがあるだけである。数日もすれば、花を咲かせるはずだ。そして、俺たちは満開の桜の下で結婚式を挙げるはずだった。


「アイン。俺はお前が真実を見つけるというのであれば、それを手伝う」


「ありがとう。カストル。そうだ。カストルもこの桜の木に誓わないか?」


 俺は桜の木をぽんぽんと叩いた。だが、カストルは眉をしかめた。


「いや、俺は遠慮しておく」


「なんでだよ!」


「俺はその……薔薇バラアレルギーなんだ」


「薔薇アレルギー……?」


「あ、ああ。そうだ。桜はバラ科の花だ。だからか……どうも桜が苦手でな」


「そうなんだ。知らなかった」


 カストルとは幼いころからずっと一緒に育ってきた。そういえば、こいつはこの桜の木に寄り付いたところを見たことがない。


 この村で最も立派な桜の木。ご神木として大切にされているだけに、みんなこの桜が大好きであるが。


 アレルギーの問題があるならば仕方ない。強要することはできない。


「とりあえず、アイン。この村を出ないことには魔族のことについて知ることはできない。王都の図書館に行って魔族に関する文献を見ないか?」


「文献か……俺、あんまり本とか好きじゃないんだよな」


「そんなこと言っている場合ではない。魔族の歴史。それについて知れば何かしらの手掛かりが見つかるかもしれない」


「手がかりってなんだよ」


「それはわからない。いや、この事件はわからないことだらけなんだよ。どうして、犯人がサラを狙ったのか。その動機がわからないんだ。サラの家は荒らされてないから物取りという線もない。だったらどうして、こんな辺鄙へんぴな村の住民の1人にしかすぎないサラを狙ったのか」


「魔族について調べればその動機も見えてくるかもしれないってことか?」


「可能性はあるな。動機がわかれば犯人に繋がる手がかりになるかもしれない」


 俺には難しいことはわからない。でも、頭が良いカストルがついてきてくれるなら、それほど心強いことはない。


「よし、わかった。カストルがそう言うなら……まずは王都へと向かおう」


「ああ」


 こうして、俺とカストルは村を出てサラを殺した犯人を見つける手がかりを探すことになった。


 サラを殺した犯人が一体誰なのか。俺は必ずこの手でそれを暴いてみせる!


――発見した手掛かり――

①サラの首の痣

盆の窪(首の後ろ)の周辺に十字型のアザがある。


②凶器のナイフ

ナイフの柄に紋章が彫られている。羽が生えた山羊である。


③山羊とコウモリ

山羊は魔族の信仰の対象。コウモリは高貴な身分であることを象徴している。これらが組み合わさると魔族の王族を意味する。


④桜の木

桜の木には神の力が宿っているという言い伝えがある。魔族は桜の木が嫌い。


⑤カストルは桜に触れない

カストル本人は「薔薇アレルギー」だと言っている。桜はバラ科の植物である。

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