カナリアの歌
@Winter86
ep1 出会いは時に突然で―Part.1
鮮やかで鮮烈なメンバーカラーの照明がわたし達を煌びやかに照らし出す。何万人もの観客で埋め尽くされるドーム会場からは、振るわれるメンバーカラーのペンライトが波となって押し寄せる。
わたし達の登場によって高まった歓声は曲が始まるまでの一瞬で静まり返った。
人の視線を浴びることに戸惑いも緊張も感じない。歌うのも、踊るのも嫌いじゃない。
けど今は。このまま曲が始まらなければいいと願う。
自分の鼓動を強く感じる。
練習してきた立ち姿で床に視線を落とし、わたしは目を閉じる。
いつからか、ステージ《ここ》に立つのが嫌になった。何万ものファンから受ける『期待』や『憧れ』の眼差しが痛い。曲の歌詞だって出て来ない。
溺れるような息苦しさは深呼吸しようと治まらない。ステージに立つと逃げ出したくなる。何もかも放って、無責任に逃げ出してしまいたい。
もともと、わたしは勝手な女だ。
だからあの時のわたしの行動も、そんな勝手の延長に過ぎない。
※ ※ ※
日除けレールの隙間から差し込む一筋の陽光が狙ったかのように、ベッドの上で横になるわたしの目元に掛かる。瞼の上からでも分かる陽光の明るさから逃げるように身をよじって、スマホに手を伸ばす。
時刻は十一時を過ぎていた。
画面のロックを解除して、表示されるのはラインのトーク画面。上部に綴られるプロデューサーという相手名と昨日のトーク画面に載る『応答なし』の文字は酷く無機質に感じられた。
スマホを握る指先から力が抜けていく。逆らうことなく手放したスマホは画面からベッドに倒れ込む。
このまま寝てしまってもいい。わたしが何をしようと誰も気にしない。
そう思って瞼を閉じるも腹部の冷えに気付いて眠れる気がしなかった。昨夜は毛布も掛けず、腹部の露出したカットソーにショートパンツ姿のまま寝てしまった。身体が冷えるのも当然で、お風呂にも入っていない。
額に手を当て、小さなため息をこぼす。
額に当てた手を今度はベッド脇の丸テーブルに置かれたライターとタバコの紙箱へ伸ばし、ベッドから降りる。
「んっんっっ…………」
軽く身体をほぐし、紙箱を開ける。
タバコは三本入っていた。一本取って口に咥え、部屋のベランダに出る。
外は晴天だった。雲一つない青空と白く輝く太陽を睨むようにして見上げる。またため息が出そうになるも、タバコを咥えた状態なので無理だった。
ベランダの柵に手を掛ける。視界に映るのは満開に花を咲かせる桜だ。風によって花びらが散る情景は、見る人が見れば趣があるのだろう。小高い山の上から見下ろす住宅街は平日の昼間ということもあってか閑散としている。二階から見下ろせる敷地内に人の気配もしない。
咥えたままだったタバコに火を付ける。吐いた煙は散る花びらと共に掻き消えた。タバコを吸い終わるよりも先に、冷えた身体の方が持たないかもしれない。作業的にタバコを吸い続けていると、ベランダから見える門前にタクシーが停まった。
新しい住人か。
タクシーから降りた男はトランクからスーツケースと旅行用バックを取り出してくれた運転手にお辞儀をする。切り返したタクシーが去ると男は探るような目で門を見る。インターホンでも探しているのなら、門には付いていないので無駄だ。
無いことに気付いてしばらくの間、入るかどうか迷った男は意を決したように門を押し開けた。次いでにだが、門には鍵も掛かっていない。不用心だ。
スーツケースを引き、肩に旅行用バックを掛ける男は不審者のように辺りをキョロキョロと見回している。挙動だけなら通報しても問題ないが、持ち物や身なりからして新たな住人だということは明白だった。
男に気を取られ、離していたタバコを咥え直す。少しはタバコの味もマシになった。吸い殻の積まれた灰皿にタバコを押し付けて捨てる。
「こんにちわ」
タバコを捨てたのと同時に声を掛けられた。
声のした方に目を向ければ男がいた。
眠そうな目だ。それに笑顔で話し掛けたつもりなのだろうが、口元が若干引きつっている。何も言葉は返さず、見下ろし続ける。
「あっ、あの……」
そんなわたしの視線を受け、あからさまに男は動揺を見せる。
「新しく引っ越して来たんですけど……どこかで、会ったことあります……?」
白々しい。
「いやっ、勘違いだっかもです……すみません」
今になって、さっき出なかったため息がこぼれる。さっさとお風呂に入ろう。見下ろしていた男から目を外し、わたしは部屋へ戻った。
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