第2話 依頼

 元は工場地帯なのだと聞いていただだっ広い所に、幾つかの航空機ディーラーが並んでいる。

 この辺りは戦争の混乱で荒れてはいたが、最近は少し復興しつつある地域だそうだ。見慣れない風景なので物珍しいけど、あまりにも殺風景よねと嘆息する。

 最寄りの駅から結構な距離を歩いたので、ちょっと疲れを感じて立ち止まり、トランクに軽く腰掛ける。


 ふと飛行機の音が聞こえて来たので上空を見る。抜けるような青空を真っ白な双発の水上機が飛んでいるのが見えた。


(天気が良いから気持ちよさそうね)


 やがて高度を下げスロットルを絞ると何事もないように着水を行った。恐ろしくスムースなその着水は素人の私でも飛行機乗りでなくとも腕前がうかがえるほどだった。あれがお爺様の言うほれぼれする腕前と言うのでしょうか、素晴らしいと嘆息する。


 眺めていると待機スポットに駐機し、飛行機を降りる人影が遠くに見える。やがて先程通ってきた殺風景な通りを、『フォージド・プライド・ワークショップ➡』と書かれた看板を横目にこちらに向かってくる。

 大きくなる人影は熟練の腕とは思えない感じに若かった。容姿は普通、グレイっぽい髪も髭もきちんと手入れされている。粗野な感じもしない。


(見た目で判断するのはのいけない事だけど悪くないわね。それに私の感は良く当たるし大丈夫でしょう)


 ちょっと考えてから決心する。治安が悪い場所では無かったが、こちらを見る下卑た視線を鬱陶しいと思っていたところだったから丁度良かったわ。軟派な人ハズレじゃ無い事を祈りましょう。



 駐機し工房に向かう途中、ふと道端で佇んでいた少女と目が合う。この場所に不釣り合いな品の良い衣装に大きめの旅行用のトランクを持った少女だ。

 見覚えのない少女は白い肌に碧眼とブロンドの髪が見事な、ちょっとびっくりするほどの美人だった。少し幼いが数年したら飛び切りの美人になるのは間違いない。そういう方面は疎い俺でも断言できる程だった。

 俺のストライクゾーンからすると若すぎるなどと個人的感想は置いておいて、これだけ目立つと男どもの視線が大変だろうなと同情する。

 現に数少ない通行人も彼女に不躾な視線を送っていた。同類に見られないように視線を外し、脇を通り過ぎようとするその時だった。


「あの、すみません ちょっといいですか?」


 怪しげな勧誘のようなセリフで声を掛けられる。虚を突かれた格好になった俺は、しどろもどろで答えるのが精いっぱいだった。


「あ、ああ どうした?」」


「フォージド・プライド・ワークショップと言うところに向かっていたのですが、この通りで合っていますか?」


 丁寧な物言いは育ちの良さをうかがわせる。服装と言いこの辺りには縁が無さそうな感じなのだが何用だろう?と思いながら返事をする。


「ああ、こっちで合ってる。俺もこれから行くところなので、よかったら案内しようか?」


「ありがとうございます、不慣れな場所でしたので…助かります」


 少女は『よいしょ』とトランクを持ち上げ歩き始める。


「重そうだな、持とうか?」


「すみません、ありがとうございます。お願いしても?」


「ああ、勿論」


 持ち上げると予想よりもずっしりした感触が伝わってきた。これを持って歩いて来たならそりゃ疲れるだろう。育ちが良さそうだからこれ手伝いを期待していたのだろうな、と思いながら案内をする。ガラの悪い奴らなら持ち逃げされるぞ…とのお節介は飲み込む。

 少女と荷物を受付に送り届けると、丁寧なお礼の言葉に軽く手を振り別れる。

 その足で整備受付の窓口へ行きメンテナンスの内容を打ち合わせた後、俺は事務所に向かった。


「おやっさん、居るか?フィンだ!呼ばれて来たぜ」


 工場を少し歩き年季の入った事務所のドアを開けて、不愛想な頑固おやじに挨拶したはずだった。

 が、しかしそこに居たのは何時もの狸おやじとは違う、似ても似つかぬ若い女性だった。

 つなぎを着た赤髪で長身の女性は見知った顔だ。そして隣にはさっきの少女が並んで立っていた。


「待ってたわ、フィン。予定通りの時間ね。早速仕事の話なんだけど今日はこのを島まで送ってくれない?」


 いきなり単刀直入で話を持ちかけられて、呆れるしかなかった。


「は!?待て待て、着いた早々いきなりこのお嬢さんを島に送り届けろだって?配達の依頼があると聞いて島からやってきたらそれかよ。俺が旅客なんかやっていないのはカリーナも知っているだろ!」


 赤髪の娘はカリーナと言う、愛機の整備を依頼しているこの工房の娘だ。気風の良い性格から、数年来の付き合いで既に言いたい事を言える仲ではあった。

 そろそろ嫁に行く歳を過ぎそうだが、しかし本人は機械の整備が性に合っているのかその気は全く無い。

 言い寄る奴は多いので早く身を固めて欲しいと、頑固親父が何時も愚痴っている。おっとこれは余談だ。


「フィン! 貴方仕事を選べるほど余裕あるの!?私の紹介を断るなら借金耳揃えて返してくれる?夢の為にもお金は必要なんじゃなかったの?」


 捲し立てられるが正鵠を射ているのでそこには反論も出来ない。我が愛しの機体は金食い虫なのだ……

 元々軍用機――正確には偵察・爆撃機――で大戦終了後に武装を外され、民間に払い下げられた機体を無理して借金で購入した物だった。

 特性上航続距離が長く使いやすい機体ではあったが、運送に使える様に大幅に機体を改造した結果、借金がかさみ工房にツケが大分溜まっている。

 借金で頭の上がらないカリーナに言われて、返す言葉が見つからない。

 それに是非ともやりたい夢があるので金はいくらあっても足りないのも事実だ。


「それでもだ、その身なりならすれば正規航路の一等席を余裕で使えるだろう?乗り心地も快適だしトイレだってある。元軍用機上がりの貨物機に乗る身分じゃないだろう。おむつをしてまで移動したいのか?」


「ちょっと訳ありなのよ。貴方に人の運送を頼んでいる時点でそんなの察しなさい!」


 ……こいつ無茶苦茶だ!


「手が後ろに回るような商売はやらないぞ!誘拐や強盗、密輸の片棒なんて御免だからな!?」


「心配しなくても非合法の話じゃないわ。このはこっそり島に行きたいし、貴方はそれで稼げて、私は仲介出来て借金も払ってもらえる。Win-Win-Winで何の問題があるわけ?」


 断り切れないことを悟りつつも反論しようとしたが、言葉が思い浮かばず詰んだ。

 今日の商談は上手くいくなどと思った自分の予感など全く当てにならないという事を実感して、苦虫を噛み潰した顔をする事しかできなかった。


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