第14話 2人目の助手
例によって例のごとく、とんでもない女は、恩返しをしたいと来てくれた女性に対して「身も心も捧げればいい」などと言い放った。
しかも言われた女性はいかにも純粋培養といった様子の修道女だったものだから、本当に冗談にならない空気になってしまったのである。
「無茶苦茶にもほどがあるだろう!」
ユージンは仕方なく口を挟むが、マヤは「ちっちっち」と人差し指を左右に動かした。
(それ、どこから輸入された仕草だよ)
妙なことで呆れている隙に、マヤは自信たっぷりに口を開いた。
「どうやら私では色気が足りないご様子なので」
「お前のどこにそんなもんがある!」
「むぅ、心外ですね。これでも脱いだらすごいんですけどね。まあ、男性は気持ちの面の相性も大事だとのことですから、その点、この清楚なオリガさんなら間違いありませんから!」
むしろ間違いしかない気がするのだが……。
「というか、お前は、まずそのとんでもなく断絶した見解がどこから来たのか説明してくれ!」
「えぇ!? こんなにわかりやすい話をしているじゃないですか」
心外です、と口を尖らせながら、マヤは出来の悪い生徒に追試をするように説明を加える。
「つまりです、ユージンさんは魔法にかかわる遺跡について調べていて――」
また余計な情報を……。
ただ、この分だと、一々口止めするより、ある程度しゃべり終わってからオリガを口止めした方が早いだろうと、とりあえず聞きに回る。
「オリガさんはユージンさんに恩返しがしたい」
「そ、そうです! ですけど、そ、その――に、肉、とか……」
後半、よほど恥ずかしいのか消え入りそうな声で不服な部分を指摘する。
聞いていると、ユージンの方が申し訳ない気持ちになってきてしまった。
「心配いりません。オリガさんほど魅力的な女性でしたら、ユージンさんといえどイチコロです!」
そういう心配はしていないと思うのだが、とりあえずマヤをどうこうするのは、もう半分諦めつつあった。
「あんなことを言っていても、ユージンさんも男。オリガさんほどの魅力があれば、ユージンさんをこの地に釘付けにするなどたやすいことです!」
「そ、そうなのですか?」
顔を真っ赤にしたまま、オリガはこちらを見てそう聞いてきた。
「俺に聞かないでくれ」
「ユージンさんはオリガさんほどの、絶世の美女を手にし、オリガさんはユージンさんを釘付けにしている間に存分に恩返しができます!」
「恩返しが、できるんですか!?」
なぜかオリガがマヤの言葉に興味を引かれている。
「ちょっと待て、冷静になれ。この馬鹿の話を真に受けるな。というか、お前の本当の狙いはなんだ!?」
ここまで、マヤは自分にどんな得があるのか一切語っていない。マヤに限って親切心からの助言であるはずがないと確信していた。
「それはもちろん、色香に骨抜きにされたユージンさんに対してですね、この提案をした恩返しとしてオリガさんから古代魔法の秘密を聞き出してもらうぐらいの役得があってもいいと思うんですよ!」
「いいわけないだろ。大体、古代魔法なんて知らない」
「うん、もう、意地悪なんですから。何だったら私も加わって、三人で組んずほぐれつでもいいんですよ!」
「さ、三人!? なんて冒涜的な! ユージン様、さすがにそれは許されません!」
「俺も許してないよ!」
とんでもない濡れ衣に対してさすがにユージンも抗議した。
「とにかく、肉欲云々はこの馬鹿のタワゴトだ。忘れてくれ。恩返しは……本当にいらないんだがな……」
そう言いながら、ここで自分が何かを提案しなければ、またぞろマヤがろくでもない提案をする可能性が高いと思い考え込む。
「いいじゃないですか。こんな美人とイイコトができるんですから」
「で、できません!」
なんだか本当に申し訳ない気持ちで一杯になった。
「だったら、さっき少し話が出てきたが、俺はこの国にある魔法遺跡を見て回るために来たんだ。教会の修道女なら、一般には知られていない遺跡にも詳しいだろ? 噂でもなんでもいいから知っていたら教えてくれ」
仕方ないと諦めて、ユージンはそう提案した。
あまり、ユージンと、この管理者権限と、魔法の遺跡を巡り歩いているという情報が一カ所に集まるのは避けたい。
避けたいが、今はこの話をするのが一番収まりがよさそうだったのだ。
「あと、君も他言はしないと言ってくれていたが、改めて言っておくと、本当に誰にも何も言わないでくれ。詳しくは語れないが、君自身にも迷惑がかかる可能性がある」
「は、はい。私、決して口外しません。でも私達は実務の方が担当ですので、伝説にはあまり詳しくなくて……」
確かに、教会の教義レベルの話ならひと通り知っていても、伝承となると微妙に専門外になるのは無理もないだろう。
「知らないなら構わないさ。あくまで知っていたら教えて欲しいだけだったからな」
明らかな逃げ道を用意されていることに気づき、オリガは肩を落としている。
「でしたら、明日からここで私と一緒に、ユージンさんの助手をしましょうよ!」
ぽん、と手を打ってマヤが提案をする。
「助手、ですか?」
マヤはようやくここで自分のフードとマントを脱ぎ去ってオリガに手渡す。
「ユージンさんは、ここで人助けをするかたわら、情報収集しておられるんですよ」
「ああ、そういうことでしたら!」
などと、勝手に話が盛り上がっていく。
一人がいいとは思う反面、声で女性だとわかる二人がいてくれると、訪れる相手の警戒心が少しはやわらぐ可能性は無視できない。
顔を知られたくないのと、神秘的な雰囲気作りはしたいものの、警戒されたいわけでもない。
特に女性相手だと顕著だった。
「……………わかった。じゃあ、それで」
たっぷり悩んだ末に、ユージンはそこで妥協する。
これまで様々な国を渡り歩いてきたが、こんなにアグレッシブな押しかけ助手ははじめてだった。
(なんなんだこの国は。……いや、あくまでこの女の頭がおかしいだけだ。きっとそうに違いない)
この国に来て以来、ペースを乱されまくりのこの状況を嘆いている目の前で、
「ではがんばって、ユージンさんを籠絡しましょう! オリガさんが首尾よくいい仲になれたら、ぜひ古代魔法の秘密を聞き出して下さいね!」
「え、い、いえ、わ、私はそんな――」
「大丈夫です。ユージンさんはこう見えて真摯ですから、きっと女の扱いなんて手慣れてらっしゃいますから!」
「とんでもない風評被害を広めないでくれっ!」
今更ながら、とんでもない案内人をつけられてしまったのではないかとうなだれるユージンであった。
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