第11話 厄介な口止め
厄介なところを厄介な人物に見られてしまった。
不本意の極みである。
さあ、何を聞いてやろうかと手ぐすね引いている気配を感じたユージンは、ともかくこの場から離れることを選択したのだった。
「んふふふふ~」
マヤは終始ご機嫌で、疑問も差し込まずに大人しくついてくる。
元々教会付近に人目は少なかったが、さらに用心を重ねて商業区を出て小川を渡る石橋の所まで来たところでようやく立ち止まった。
「……で、なんの話なんだ? 見たとか、古代魔法? とか、俺にはなんのことだかさっぱりだが?」
マヤがなにを知っているのかはっきりとしない。その間は余計なことは言わない方がいい。
しかし、ユージンがとぼけても、マヤは笑みは崩れなかった。
「私、見ちゃいましたよ。ユージンさんが、あのシスターさんの杖を直すと・こ・ろ!」
その言葉は決して当てずっぽうではなく、何らかの確信に満ちていた。
しかし、一般的には星の杖に干渉するような技術は絶えて久しい。どうしてそんな思考になったのか、ユージンにはまるでわからなかった。
一つ関係があるとするなら、マヤが魔法研究者であることぐらいだが……。
「私の研究では、失われた古代魔法は星の杖を作り出した究極の魔法なんです!」
「それが、他の人と折り合いが悪いとかって言う、あんたの学説……?」
「ですっ!」
自信たっぷりに言い放たれたマヤの学説に、ユージンは頭を抱えたくなった。
実のところ、古代魔法などというものは存在しない。
本当に知らない。
なんだそれはというのが偽らざる本音だ。
ただ彼女の学説は、ユージンのような人間の存在を言い当てている。中途半端に虚実が入り交じっているだけに非常にややこしい。
あるいは、ユージンのような能力を持った人間が過去にもいて、その能力が伝聞していくうちに都市伝説のような魔法を生み出したのだろうか。
「古代魔法は、領域枯渇の問題を解決して、星の杖に授けられている魔法を自由に付け替えられるんです! かつての人々は必要に応じて魔法を入れ替えながら生活していたんです!」
古代の人達の生活に思いを馳せ、マヤの言葉に熱がこもっていく。
「星魔法、なんてすばらしいんでしょう! そしてユージンさんは、星魔法を蘇らせることができる唯一の人間なんですよ! 世界の救世主です!」
色々と間違っているが、相変わらず地味に正解をかすめているので面倒くさい。
確かに、この世界の人々が直面している領域枯渇の問題は、ユージンなら対処できるだろう。
もしその気になれば革命的な変化をもたらすことすらたやすい。
何故なら、他人の星の杖にアクセスする管理権限自体は驚異的なものだが、やっていることはただの「キャッシュの消去」だ。
もっと根本的に機能を復旧させたいならオーナー履歴をいじる方法もある。
一般的な星の杖は繰り返し使い回し、使用者が変更している。
しかも、継承の際の仕組みも所有者の変更ではなく、元の所有者からのレンタル扱いになっているものが大半だ。
そのため、元の所有者から現在の使用者に貸与。
その後、貸与者からさらに次の使用者に貸与、と何度も繰り返す継承の度に余分なデータが蓄積しているというのが現状の問題点なのだ。
代々の使用者のログも大量に蓄積されており、これをリセットするだけで領域問題は一気に改善される。
加えて、正統な所有者ではないことために、いくつかの権限にも制限がかかっている。
その気になれば使用者を完全に変更することも可能で、もしその手続きを行えば星の杖は当初の性能を取り戻すことだろう。
だが全員を直して回るような時間もなければ、目的を脇に置いてまでボランティアに勤しむような物好きな気持ちも持ち合わせてはいない。
一人二人に施したところでなにが変わるわけでもない。むしろ、新たな貧富の格差を生むだけだろう。
なによりユージン自身にそこまでする愛着がない。
ユージンはこの世界に無理矢理連れてこられた。
家族や友人、自分のやるべきこと、すべてなく奪われてしまったのである。
いわば人生を台無しにされた忌まわしい世界。
そしてそこに住まう人々。
進んで善行を行うつもりにはなれなかった。
「とにかく、聞こえていたかどうかは知らないが、俺は関係ないね」
ユージンの行ったオプション調整は誰にも見えない。
だから決定的な証拠など握られることはあり得ないのだ。とぼけきるしかない。
「わかってます、わかってますってば」
対してマヤは、まるでわかってなさそうに一人で勝手に納得して頷いている。
「大丈夫ですよ。なにも慈善事業で世界中の人間の杖を直して回れなんて言いませんってば。その代わり、私の研究をちょ~っと手伝ってくださいよ~」
一瞬、案内人を交代してもらおうかと思ったが、思いとどまった。もしクビにしてしまったらマヤが野放しになることになる。
「ひょっとして、領域を完全に回復したりもできるんですか!? 現代の星の杖は、誰もが一つか二つぐらいしか魔法が使えないですけど、モシカシテモシカシテ、最盛期の10個とか20個とか使いこなせるようになったりするんですか!? すごい、すごい、すごすぎる~!」
勝手に盛り上がっていく。
「ああ! そうだ、魔法の付け替えとかはどうですか!? この国でそんなことまでできたりしたらすごいですよ! もう富も名誉も思うまま! 女の子相手に領域解放なんてやったらもう感謝が突き抜けて惚れられまくりですよ!」
「タワゴトに付き合う趣味はないね」
「いやいや、私、オオマジメですよ! さっきのシスターさんだってもう、顔を赤くしちゃってまあ、ちょっと口説けば即オチでしたよ! 即オチ! ユージンさんは、お金より女性ですか!? いいですよ~、お嫁さんたくさん作りましょうよ! 知ってますか? この国ってば一夫多妻制オッケーなんですよ~~!」
さすがに、これを野放しにはできないだろう。
それなら逆に、案内人を続けてもらうことで余計なことを言いふらされないように監視しておく方が安全だ。
「とにかく、なんのことかはわからないが、あちらこちらにでたらめを吹聴して回らないようにしてくれ。誤解で厄介ごとに巻き込まれる趣味はない」
「ガッテン承知~!」
かけ声だけは威勢がいい。
「……それ、元々の出典がどこかは知ってんのか?」
「出典? 知りませんよ。なんとなく景気がいい感じがするでしょ?」
やはり変なスラングだけ広まりやすいらしい。
「古代魔法の使い手が、魔法の遺跡を巡り歩く……ええ、ええ、理由は聞きませんって! でも考えただけでゾクゾクしちゃいますよね!」
同意を求められても困るのだ。
妙なことになってしまったが、こうしてユージンは旅の同行者を得たのである。
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