第8話 移住のススメ
最初の予想に反し、シェルの街にはちゃんと……おそらくこの国を訪れた商人が利用するのだろう宿が複数存在していた。
食事が終わるとすっかり日が暮れていたため、マヤに紹介してもらって適当な宿を取り、授与所に足を運んだのは次の日のことである。
「ここがこの街の授与所です」
街の中心地からは少し離れた場所にある建物がそうであるらしい。
石造りの、歴史を感じさせる重厚な館だった。
個人の家屋にしては大きすぎるが、宿屋という風でもない。イメージ的に近いのは集会場のように不特定多数が使う施設だろうか。
出入り口は大きく、両開きの分厚い扉が来訪者を出迎えている。今は大きく開け放たれたそこから何人かの人間が出入りしていた。
「毎日やってるのか?」
「いえ、月に二回ですね。今日はたまたま授与日になります。集まってきているのは今月5歳の誕生日を迎える子供達ですね~」
親に連れられ、小さな子供達が集まっていた。
服装などはまるで違うが、どこか七五三の趣がある。
「他はよくわかりませんが、うちの国では持ち主が亡くなるなどして教会に返納された星の杖を再利用するにあたって、この施設で希望者の適正をチェックするんです」
「適正?」
どうやらこの建物がこの国の教会であるらしい。たしかに周囲の静かさと相まって厳粛な雰囲気が醸し出されていた。
「詳しくはわかってないのですが、ユージンさんも領域枯渇問題はご存じですよね?」
「……大昔は、今よりもっと魔法が強かったって話だろ?」
「はい、威力もですが個人で複数の系統の魔法を習得したり、自分の欲しい魔法を自由に身につけられたりできたという話ですよね」
「魔法大国として有名なエスターシアでも同じか?」
「はい。口伝にあるかつての魔法の姿なんて、おとぎ話だと思っている人も少なくないと思います」
かつての星魔法。
それは、ユージンから見れば完全にスマホのアプリで、神殿や教会など魔法にかかわる施設で手続きすれば気楽に付け替えられるものだったらしい。
一人でいくつもの魔法を操り、自由自在に使いこなす。
ストレージに空きがなくなれば不要な魔法を取り除いて別の物と取り替える。
魔法を使うリソースはセフィロトから無限にもたらされ、天空人は我が世の春を謳歌していた。
だがマヤ達は自由自在どころか、適正がある魔法を一つか二つ使うのがやっと。
彼女が行使したように、音声による入力など高等技術で、魔法の付け替えも事実上不可能になっていた。
星の杖を新しく作る方法は失われ、残された星の杖は使い回してようやく魔法を維持している。
そうした星の杖もいつかは壊れるので、設備的な意味でも徐々に各地の魔法は衰退する運命にあったのだ。
「そんな魔法でも、ないよりましってことか」
魂喰領域をはじめ、厳しい世界では魔法の力を放棄することはありない。
一人一人、使える魔法が限られるなら自分にできないことは他人の補ってもらう。逆に自分は自身が使える魔法を社会に役立てて社会を維持する。
つまり、水の魔法しか使えない人間がいたら、飲み水や農業用水を生成する役割を割り当てられる。
土の魔法しか使えない人間は建築関係の仕事があるだろう。
このように、それぞれにこれしかできない能力を活かして互いに足りない部分を補い合う極端な相互扶助の社会を形成することになったのだ。
そういう奇妙な相互扶助社会が形成されていた。
エスターシアは教会が魔法の杖を管理し、誰に再授与するかを差配しているのだろう。
「俗に言う魔法ガチャってやつですね~」
貴族などはもっと幼い頃から星の杖を授与されるが、一般人はこうやって5歳の誕生日に授与所を訪れる。
現在では星の杖から魔法を付け替えする技術は失われており、こうして授与された瞬間にどんな魔法が使えるか決定されてしまうのである。
資質の選定を受けてみるまでどんな魔法が使えるかわからない。
人によってはその後の人生を左右するような魔法を授かるため、一生にかかわる大イベントなのだ。
このやってみるまでどんな魔法が授かるかわからないところからガチャなどと言われていた。
時々変な言葉が定着している。
やはりユージン以外にも日本から召喚された人間がいるのだろう。
「……そういえばガチャって、なんなんですかね?」
ネットミームがそのまま定着しているわけだから語源がたどれるはずもない。ユージンは苦笑しながら「さあな」とだけ答えておいた。
そうしていると、最初の方に教会へと入っていった親子が弾んだ笑顔を浮かべながら出てきた。
手には、授与所の中で手に入れたらしい星の杖が大切そうに握られている。
子供は、さっそく目の前に生えていた樹木に向かって魔法を放つ。
どうやら初級の氷魔法のようだ。
生成された吹雪が瞬く間に樹木の表面を凍らせて……そして即座に母親に怒られていた。
「どうやら、攻撃魔法が授かったようですね。これであの子の人生は変わりますよ」
「そんなものなのか?」
「エスターシアでは魔法騎士団を組織しているので、そこに入れたら一生安泰ですよ。羨ましい」
「いや、あんたも使えるんだろ? 攻撃魔法」
「はい、以前勧誘されたんですけど、蹴ったんですよね」
「だったら羨ましがるなよ」
「いやぁ、研究の道に進みたかったのもあったんですが、審査を担当した採用官が嫌な奴で、尻を触られたんで思わず蹴っちゃったんですよ」
「蹴るって、物理か」
私も若かった、とカラカラと笑うマヤだが、今だってまだ二十代の中程だろうから、勧誘されたのは十代の頃か。
「私ってば、美少女天才魔法士って名高かったんですよ。ユージンさん、いい案内人引き当てましたね」
「……嘘はついてないんだろうけど、自分から言われるとなぁ」
素直に承服しがたい。
「そういえば、音声入力なんて使いこなしてたしな……」
普通、スマホ型の星の杖を使うなら表面に表示されるサムネイルを指で選択して魔法を起動する。
その後、範囲や対象の指定が必要であれば備わっているカメラを通じて行う。
ところが星の杖との相性がよく、一定以上の力量を備えた人間は意識の一部を星の杖と同期して音声で制御することができる。
範囲指定なども意識下で行われるため、よりスムーズな制御が可能になるのだ。
特に戦闘用の魔法を行使する際、音声入力が可能であればどれほど有利かは考えるまでもないだろう。
昨日も、ひったくりの目の前というピンポイントに炎を生み出した技量に住人達が驚いていたのはそんな理由だったのだ。
「ユージンさん、どうです? 国籍取得されませんか?」
「やけに積極的だな。紹介者にはいくらか払い戻される仕組みだったりするのか?」
「えへへ」
「いい性格してるな……」
「お褒めにあずかり光栄至極」
褒めてないって、と突っ込もうとしたが、無限ループしそうなので自重する。
「しかし、ここは国外との接点になる街なんだろ? 普通、こういう授与所はもっと中心地にあるんじゃないのか?」
国によってまちまちで、複数保有していることもあるが、こんな国境の街にあることは稀だ。
基本的に、この世界では子供が一定の年齢に達したところで洗礼を受け、魔法を授かる。つまり授与所には多くの国民が押しかけることになるのだ。
エスターシアは鎖国状態なのだから、一般の国民が国外の人間と接することは望ましくないのではないだろうか。
「あ、ユージンさん、それは誤解なんですよ」
「誤解?」
「はい。授与所、基本的に各街に設置されてるんですよ」
「各街?」
「ええ、小さな村なんかはさすがに無理ですけど……」
「いや、それでもかなりの数になるな……。でもその場合、魔法の選別はどうしてるんだ?」
マヤの言うところの「魔法ガチャ」だが、そんなに多くの授与所が存在するとなると自分に最適な魔法を見つけるまでに何ヵ所も巡り歩かなければならなくなりそうだ。
「この国では、魔法通信網が生きてるんですよ」
「通信網が? それはまた、すごいな」
かつての魔法文明の遺産の一つだ。
「万全の状態なら、離れた場所とも会話できたりしたそうなんですが、エスターシアで生きているのは適性診断の結果を参照する機能だけですね」
「つまり、どこで適性審査を受けても、国の中にあるものの中で最適な星の杖を見つけることができるってことか」
なるほど、わざわざユージンを案内しようとするのも納得だ。
先程の親子は、たまたまこの授与所に適した星の杖が保管されていたためその場での受け渡しになったのだろう。
「ユージンさんが国籍取得されないとなると、次の場所に向かった方がよさそうですね」
安定のたくましさを見せるマヤに対し、小さく肩をすくめながら次の場所へと移動しようとしたユージンの耳が、切迫した声を拾った。
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