‐X――もしくはcross 其の弐

 エジソン研究所に着物の男と、巫女の女――それに姫子という娘が揃った。

 この三人は、家族だという。それに手伝いの女を入れて、一つの宗教のようなことを行っているらしい。

 しかし、その本質は、宗教という枠とは一線を画している。

 生き方を説くというよりも、世界の在り方を教えているという。

 世界と生き物の死には、水が強く関わっていると語る。



 

「で、どうしたいんですか?」

 と僕が話を始める。

 彼らの意図を先に組んでおきたいと思ったからだ。


「いえ、偉大なるエジソン先生の御力になれるよう、こちらも協力したいと思っているんですよ。我々の培ってきた知識で」

「ちょっと申し訳ない。そもそもどういう由来があるんです? そもそもこんな国で」

「それは違いますね。我々も新たな知識を取り入れるべく、旅をし、この地に来たというだけで、アメリカ在住というわけではありません。日本の沖縄にルーツを持つ、純粋な日本人ですよ」

「日本人!」


 エジソン先生は、言葉の中から単語を切り取って喜んでいる。

 彼は、この国では珍しくも、かなりの日本びいきだから。


「沖縄人であれば、知っている知識なんです?」

「いえ、それはありません。この知識は、星空月海セイクウゲッカイ様を助けた我が一族にのみ知っている秘密……いえ、真実というべき事柄ですので」

「はあ」


 私は、彼の言葉をすべて訳して告げるべきかどうか悩む。

 世界の真実が、エジソン先生の発明を助けてくれるのだろうか。

 繋がりうるのかは、分からないのだから。


「ちなみに、せいくう……なんでしたっけ?」

「星空月海様です。あなたも見たでしょう、クラゲの御姿をされていたと思うのですが」

「あれが……いえ、あれは失礼なんですかね?」

「まあ、皆様はまだ信じられていない様ですし、しかたないのかもしれませんね」


 そう言いながら、男は懐から巻物を取り出す。

 目の前のテーブルの上へと広げる。

 紙は変色し、ところどころ破れかけていた。かなり古い紙のようだ。


「おお!」

 エジソン先生がまた目を輝かせる。


「これが星空月海様発見から、彼が仰ったという言葉の記録です」

「クラゲは言葉を話しませんし、なにより長生きがすぎます。その子孫――いや、何か騙すおつもりですか? それならば、出て行っていただくしか」

「いえ、これが真実なのです。あの星空月海は、永い時を生き、以前は言葉を離したのです。最近は、この娘だけにしか、お話になられないみたいですが」


 私の目と姫子の目が合った。

 向こうは、ただただジッとこちらを見ている。


「あの、お嬢ちゃん、聞いてもいい?」

「は、はい……」

「さっき海岸であったのは、どうして」

「にがしてほしいって」

「そう言われたから、バケツで?」


 姫子はこくりと頷いた。

 なら、こんなことをしているのは、ただただ彼女を傷つけているだけではないか?

 私は、彼女の小さく震えている頭を撫でる。


「ならば、なおさら君は――」

「ちがうの」


 帰るべきだと言おうとした言葉が遮られる。

 姫子は、言葉を続ける。


「家を出る前、言われたの。協力してあげなさいって」

「どうして?」

「知らないけど、協力したいって言ってたの。戻って、ここに来る前に。オカベさんとエジソンさんに協力してあげなさいって」

「そうらしいのです」


 男が言葉をつなぐ。


「娘の口からオカベという名前が出て、我々も驚いたのです。先ほど、お名前を聞いたのは私だけでしたし……」


 たしかに研究所の受付を通してもらう都合上、教えた方がいいと思い、彼にだけ名乗ったのだ。その時、姫子は近くにはおらず、海風のせいで彼女のところまで聞こえたとは考えにくい。


「おい、あれを」


 男は妻に向かって、声をかけた。

 女は、立ち上がって部屋を出ていくと、一つの風呂敷包みを持って戻ってきた。

 テーブルに置くときに、ちゃぷりと水音を奏でる。


「ふろしき!」


 またエジソン先生がはしゃいでいる。

 もう少し落ち着いてくれないものだろうか。


「こちらとこの紙をお納めいただきたい」

「なんですか」

「設計図だとのことです、姫子によると」

「設計図?」


 紙を開いてみれば、不思議なものが描かれている。


「姫子が星空月海様から聞いたというものを、私が清書をしたものです。これこそが空中線になるものだと」


 ――この人は、なんと?

 私は、先生にアンテナになるパーツの作り方だと説明した。

 先生は紙をマジマジと見て、ダンッと机を叩いた。


「そうか、それがあったのか。なんで気づかなかった、答えはずっとあったじゃないか」

 と叫びながら、部屋を出ていった。


 まあ、その方が話をしやすい。


「ところで、こっちの風呂敷包みは?」

「これが肝心要めの材料の中心となるものでして……おや?」


 男は風呂敷を開けながら、首を捻った。

 捻り過ぎて、折れるかと思ったほどに。


「どうしたんだ?」

「いえ、確かに入れてきたはずなんです、星空月海様が切り落とされた足を数本。でも、ここには――どういうことでしょう」


 ビンに入れられた水の中には、何も入っていない。

 いや、よく見れば何かが漂っている。


「ちょっとお借りします」

 ビンを透かして見る。


 中には、多数の小さなクラゲが浮かんでいる。

 だが、たしかに先ほど見た巨大なクラゲの縮小版のようにも見えた。


「たしかに、足だったんですよ、持ってくるときは」

「いや、しかし、これをどうするんです」


 男は、説明する。

 環状のガラス管にビンの水を入れて再び蓋をしたもの、これこそが通信機のアンテナになるのだと。

 アンテナとは、金属や炭素で生み出されるべきだ。

 だが、水とガラス?

 そんなものでアンテナになるものか?

 どういうことなのだ、世界の不思議とは……

 姫子は、黙ってこちらを見ていた。

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